決定的な破滅の引き金と「風評被害対策」
ローナが辺境伯邸への不法侵入という重罪を犯した後、マクナル様はすぐさま王都へ書簡を送り、彼女の行為を正式に告発した。これにより、ローナは公爵家からも見放され、その地位は風前の灯となった。
しかし、ローナの悪意は、最後まで私たちを苦しめようとした。
彼女が辺境伯邸へ侵入した際、周囲の領民たちの間で「辺境伯夫人が、何らかのスキャンダルを隠しているから、ローナ様が乗り込んできたのだ」という、新たな風評被害が広がり始めていた。
(スキャンダルの噂は、事実をどれだけ突き付けても、人々の好奇心と悪意によって消えにくい)
私は、この「風評被害」を完全に根絶する必要があると判断した。辺境伯夫妻の信頼は、領民の団結に直結するからだ。
私は、前世の「危機管理広報」の知識を応用した。危機管理において最も重要なのは、噂を否定するだけでなく、「より大きなポジティブな話題」で上書きすることだ。
私がマクナル様に提案したのは、「辺境伯夫人の主導による、領民のための大規模な慈善事業」の即時実行だった。
「マクナル様。ローナ様の不法侵入は、私という辺境伯夫人の『私的なスキャンダル』という側面で語られています。これに対抗するには、私を『領民の生活に貢献する公的な人物』として再定義する必要があります」
「具体的には、夫の留守中、私が屋敷で確保した食材と予算を使って、領内の貧しい子供たちと老人のための『無料の学校給食と簡易診療所』を、週末限定で開くのです」
このアイデアは、辺境の領民にとっては夢のようなものだった。辺境は常に貧しく、栄養失調や病気が蔓延しがちだ。マクナル様はこの提案に心から賛同してくれた。
「アナスタシア! 君は本当に慈悲深い女性だ。この事業は、領民にとって何よりもありがたいことだろう」
私たちはすぐに準備に取り掛かった。私は、前世の知識を使って、簡易診療所のための基本的な衛生用品を準備し、栄養バランスの取れた献立を作成した。
週末、辺境伯邸の敷地の一部を開放し、無料の給食と診療所が開設された。
その結果は、絶大だった。
領民たちは、ローナの噂など完全に忘れ去り、「アナスタシア様は、私たち領民の命を救ってくれる、真の聖女だ」と口々に称賛した。
スキャンダルの噂は、人々の飢えと病気を癒す「アナスタシア様の慈愛」という、巨大なポジティブなニュースによって、あっという間に打ち消された。
この慈善事業こそが、ローナにとっての決定的な破滅の引き金となった。
慈善事業の成功が王都にも伝わると、ローナの公爵家は、面子を完全に失った。「ローナは、辺境伯夫人が領民を救う慈善事業を行っている最中に、その夫人を誹謗中傷した」という構図が、王都の貴族社会で確定してしまったのだ。ローナは「善行を妨害しようとした悪人」として、決定的に孤立した。
その結果、ローナの公爵家の親族会議が開かれ、彼女のこれまでの全ての悪行、特に辺境伯邸への不法侵入が問題視された。ローナは、公爵家にとって「処理すべき汚点」となり、彼女の結婚は、家門の体面を保つための「罰」として決定されることになった。
その罰こそが、彼女が最も恐れていた、地位も名誉もない、権力も財産も失った、高齢の悪徳貴族との強制的な婚姻だった。
ローナの転落が決まった夜、マクナル様は私を強く抱きしめた。
「これで、ローナの悪意から、私たちは完全に解放された。君は、愛と知恵で、私たち夫婦の幸せを勝ち取ったのだ」
「私の幸せは、マクナル様とこの辺境伯領の平和の中にしかありません」




