嫉妬の暴発と「証拠隠滅」の失敗
王都からの圧力が失敗に終わったことで、ローナの精神状態は限界に達した。彼女は、もはや理性を失い、感情的な衝動のままに辺境伯邸に乗り込んできた。
ローナは、マクナル様が政務で不在の昼下がりを狙い、数人の手下を連れて馬車で辺境伯邸に現れた。
「アナスタシア! 貴女のような素朴で平凡な女が、どうしてマクナル様の隣にいられるの! すべては貴女の小細工でしょう」
ローナは、邸宅の応接室で私と対峙した。彼女の目は充血し、高価なドレスも乱れ、もはや王都の華やかな公爵令嬢の面影はなかった。
「ローナ様。貴方様が何を焦っていらっしゃるのかは分かりかねますが、私と夫の夫婦仲は、貴方様のどんな妨害にも壊れません。貴方様のご帰宅をお勧めいたします」
私が冷静に諭そうとすると、あの女はさらに激高した。
「黙りなさい! 貴女がマクナル様の隣にいることが、この世の不正よ! 私は知っているわ。貴女が王都で秘密の恋人と交わした手紙を、まだ隠し持っていることを」
ローナは、私が過去に不貞の証拠を隠していると主張し、手下たちに私の寝室へ向かうよう命じた。
私は、この状況を、ただの罵り合いで終わらせてはいけないと考えた。これは、あの女の「暴行と侵入」という、決定的な罪を確定させるための、絶好の機会だ。
私は、現代の「法廷ドラマ」の知識を思い出した。証拠を確保し、状況を記録することの重要性だ。
私はすぐに使用人たちに大声で指示した。
「執事! ローナ様とそのご一行を、決して寝室に入れさせないでください! そして、今この瞬間のローナ様の『邸宅への不法な侵入と、夫人の寝室への立ち入りの指示』を、書記官に一字一句正確に記録させなさい」
「警備主任! ローナ様の馬車の御者と、この場にいる手下たちの顔と名前を全員確認し、記録してください! 彼らは、公然と辺境伯邸への侵入を試みています」
私の指示は、非常に具体的かつ冷静だった。単なる感情的な命令ではなく、後の裁判に備えた「証拠保全」の指示だった。
ローナは、私の予想外の冷静な対応と、証拠記録の徹底に、一瞬ひるんだ。
「な、何を馬鹿なことを! 私が公爵令嬢に向かって、何を記録するのよ」
「はい、記録いたします。公爵令嬢ローナ・ド・フィオレンツァは、午後三時、辺境伯邸へ不法に侵入し、夫人の寝室に手下を送り込み、証拠の隠滅と、名誉棄損を目的とした捜索を命じました。この事実は、書記官、執事、警備主任、そしてここにいる全ての使用人によって、証明されます」
私の声は、応接室中に響き渡った。ローナの暴発的な行動は、私によって完璧な「犯罪記録」として固定化されたのだ。
ローナは、自分の行動がもはや取り返しのつかない重罪となっていることを悟り、恐怖に顔を歪ませた。
「そ、そんなはずは。貴女のような女が、こんなことを」
「私は、辺境伯夫人として、この屋敷と夫の名誉を守る義務があります。貴方様の無軌道な行動は、これ以上見過ごすことはできません」
その時、政務を終えたマクナル様が邸宅に戻ってきた。応接室の混乱を見て、彼の顔は瞬時に凍り付いた。
「ローナ嬢。いったい、何を企んでいる」
マクナル様の冷徹な声に、ローナは一歩後ずさり、何も答えられなかった。私がマクナル様に、ローナの侵入と証拠記録の指示について報告すると、マクナル様は静かに頷いた。
「よくやった、アナスタシア。君は、彼女に決定的な敗北を与えた」
マクナル様は、その場ですぐに王都へ書簡を送るよう命じた。ローナは、マクナル様への最後の感情的な抵抗を試みたが、私の現代の知識に基づいた「証拠保全戦略」によって、彼女の破滅は確実なものとなった。




