ローナの最後の抵抗と王都の圧力
ローナは辺境伯邸を追放されたものの、王都に戻った後も、私とマクナル様への復讐心を燃やし続けていた。彼女は、王都の社交界で、辺境伯夫妻に関する悪質な噂を拡散することに専念した。
「辺境伯夫人は、辺境の生活に耐えられず、夜会では奇妙な粗末な布を身にまとう」 「辺境伯は妻に操られ、王都の有力者との取引を蹴った」
噂は巧妙に真実と嘘を混ぜ合わせたもので、辺境の私たちにはすぐに否定することが難しい。特に王都の貴族たちは、辺境の出来事に対して無知であるため、そうした噂を簡単に信じてしまう。
そんな中、王都から一通の厳粛な公的書簡が届いた。差出人は王宮の内務大臣。内容は、リリウス辺境伯マクナルに対し、「辺境伯夫人の振る舞いと、領地経営の合理性について、王都に上申書を提出し、必要であれば夫人の交代も検討せよ」という、実質的な警告だった。
マクナル様は、この書簡を読んで眉間に深い皺を寄せた。
「これは、ローナの差し金だろう。王都での彼女の公爵令嬢という地位を使い、内務大臣に圧力をかけさせたに違いない」
夫は静かにそう言ったが、その瞳には怒りが宿っていた。これは、私たちの私的な問題ではなく、辺境伯領の存続に関わる政治的な問題に発展したことを意味する。
「マクナル様。私が王都へ行き、直接大臣に説明すべきでしょうか」
私が尋ねると、あの方は首を横に振った。
「だめだ、アナスタシア。君を一人で王都に行かせるわけにはいかない。ローナのような悪女が、君に何を仕掛けてくるかわからない。それに、王都の貴族たちは君を『辺境の女』として見下し、正当な議論すら許さないだろう」
マクナル様は、辺境伯として王都に戻るわけにはいかない。辺境の守りを空けることは、領民の安全を脅かすことになるからだ。
(ここで私が立ち往生していては、ローナの思う壺だ)
私は前世の知識、特に「メディアリテラシー」と「情報公開」の戦略を思い出した。現代の感覚からすれば、噂や陰謀を打ち破る最も効果的な方法は、秘密にするのではなく、透明性の高い「公式な情報」を公開することだ。
私がマクナル様に提案したのは、辺境伯領の全ての情報を「公開」することだった。
「王都の貴族たちは、辺境伯領を『未開の地』だと軽蔑していますが、同時に、その『豊かさ』には強い関心を持っています」
私は、領地内の資源、特に私が導入したシンプルな帳簿で管理されている穀物の在庫、そしてアッシュフォード商会との取引で明るみに出たレアメタルの鉱脈の情報を、王都の有力な商会や新聞にリークする戦略を説明した。
「王都の貴族たちは『公爵令嬢ローナの主張』と『辺境伯領の莫大な富』のどちらを信じるでしょうか。彼らの関心は常に利益です。利益につながる情報が溢れれば、彼らは自然と辺境伯領を支持し、ローナ様の噂など、すぐに忘れてしまうでしょう」
これは、ローナの「名誉を傷つける噂」という低レベルな攻撃に対して、「経済的な合理性」という、貴族社会で最も強い武器で対抗する戦略だった。
マクナル様は私の話を聞き終えると、深く息を吐き、そして豪快に笑った。
「アナスタシア! 君の知恵は、本当に恐ろしいな。内務大臣の書簡など、王都の貴族たちの金銭欲の前には、塵も同然だ」
あの方はすぐに執事を呼び、辺境伯領の鉱山資源、穀物生産量、そしてアッシュフォード商会との取引の成功を示す具体的な数値を、王都の有力者たちへ非公式に伝えるよう命じた。
私たちが仕掛けた「経済情報戦」は、数日後、早くも効果を現した。
王都の情報誌の一面は、「リリウス辺境伯、驚異の富を独占か」という見出しで埋め尽くされ、内務大臣への警告など、誰も気にしなくなった。むしろ、辺境伯領に投資をしようと、王都から商会や貴族の使いが押し寄せてきたほどだ。
ローナの最後の抵抗は、私の情報公開戦略によって、完全に無力化された。彼女が操ろうとした内務大臣も、世論が辺境伯領の富に傾いたことで、急速に態度を軟化させた。
マクナル様は、私を抱きしめ、感謝の言葉を述べた。
「そなたは私の妻としてだけでなく、私の領地の、いや、王国の最も優れた経済参謀だ。君の存在が、この辺境伯領の何よりの宝だ」
ローナの企みは、私たち夫婦の地位を危うくするどころか、辺境伯領を王国の中心的な経済圏へと押し上げる、後押しとなってしまったのだ。




