聖女なんて呼ばれているけど私はただのアンテナです
私が前世の記憶を思い出したのは、父が畑を耕す傍ら、しゃがみ込んでアリの行列を眺めていた時だった。
それと同時に脳内で声がした。
『貴方は今日から聖女です。拒否権はありません』
……神よ、一体私が何をした。
前世の記憶を思い出すタイミングもおかしいが、拒否権無しで聖女になるってのもどうかしている。
もしかしたらあまりにも長い間日向にいたせいで、密かに暑さにやられた結果の幻聴とかかなとも思ったけれど。
なんでも王都の大教会にも新たな聖女が現れた、という神託が下ったらしい。
神よ、あまりにもフッ軽ではありませんか……?
王都にいた聖女様は既に中々の御年らしく、新たな聖女は王都に来るように……と大教会の偉い人から言われてしまい、私は父と引き離されて一人王都へ向かう事になってしまったのである。
まぁ言うて、父は別にそこまで悲しんだりしてなかったんだけどね。
むしろこの機会にお互い自由に暮らそうぜ! と爽やかに言い放ったくらいだ。
いや、うん。まぁ、仕方ないよね。
だって私、父とは血の繋がりなかったっぽいし。
母がどっかでこさえてきた子で、それを父の子とか言って押し付けて母失踪。
むしろ今まで育ててくれただけでもありがたいわ。
なんかまだ年若い聖女を親元から引き離すのは……とかなんとか御大層な事を言ってた教会からの使者にそれなりのお金を渡されてたけど、まぁ、うん。今までの生活費だと思えば全然。むしろ是非貰っておいてって気持ち。
父だってまだ若い方だからね。自分の子でもないよその娘を虐待もせずに育ててくれたんだから、大金もらったって全然罰はあたらないよ。
なので私も別れ際、父にお達者で! って全力で君に幸あれとばかりだったわ。
次は私の母みたいな悪い女に捕まんじゃねぇぞ!
ところで私はある日突然神様的存在から聖女に認定されてしまったようだけど。
別に、不思議な力が使えるとかではなかった。
えーっ!? 聖女ってくらいなんだからゲームによくある回復職みたいな感じにならないんですかぁ!? って内心で驚いたりガッカリしたり。
じゃあ聖女ってなんなの? となるでしょう。
私はなった。だって特別な力が使えるわけでもないのなら、聖女という肩書は一体何のためにあるの? って話じゃない?
祈ったらなんか結界とか出るのかな? とか、作物がぐんぐん育つのかな? とか。
前世のファンタジー作品にありがちなやつをいくつか想像してみたけれど、どれもが違っていた。
……え、じゃあマジでなんの意味があるの聖女。
私の心の奥底からの疑問に対し、神様は教えてくれました。
寝てる時に脳内に囁いてくれたせいで寝不足になったわ。神様、空気読んで。
曰く、神様の声は普通の人間には届きません。
なので神託をおろすのにもそれなりに苦労するようです。
神の声を届けるために必要なのが聖女、らしいです。
電波の中継局とかそういうやつかな?
聖女が身近にいないところは神の声が届かないけど、聖女がいるところには届くってそれ……
私、携帯とかスマホの電波届けるアンテナみたいな立ち位置って……コト!?
他の場所は山奥なみに電波届かないみたいな感じでも私の周囲は電波が常に三本は立ってるみたいな感じなの!?
聖女という存在を介する事で神様も地上の様子をよりハッキリと感じる事ができるのだとか。
へぇ、そっすか……としか私はリアクションできなかったよ。
だって、ねぇ……?
とりあえず私は大教会に引き取られ、おばあちゃん聖女様にここでの生活を教わりながら暮らし始めた。
他にも聖女と呼ばれる人はいるらしいけど、世界各地に点在してるらしいので私が自分の目で見る事ができた聖女はこのおばあちゃんだけだ。
一応、王都から離れた他の領地とかにもいるらしいんだけど、あんまり聖女が一か所に集まりすぎるのもよくないんだって。
まぁ、神様が聖女を介して地上の様子を確認してるっていうのなら、確かに一か所に集められても困るよね。
ピンポイントにそこだけ重点的にチェックしたいとかならまだしも、そうじゃなかったらもっと散れ! ってなるわ。
聖女って一言で言っても他の皆が別々の能力を持ってるならまだしも、同じならそうなる。
コンビニだって近所に乱立してても、〇ーソンとファ〇マとセ〇ンって種類が異なるならいいけど、徒歩三分圏内にあるコンビニ五店舗全部同じ系列だとフランチャイズ店潰そうとしてます? としか思えんしな。
他の聖女たちはそれぞれいい感じにバラけてるらしいけれど、おばあちゃん聖女様もボチボチ神様のとこに旅立つ日が近づいてるらしくてですね、そうなると王都に聖女がいなくなっちゃうみたいでして。
他から連れてこようにも、他の聖女様たちって既にそっちでの生活基盤が整ってるらしくて。
私が住んでたド田舎村の近所にも実は他の聖女様がいたらしくて。
そうなると私が王都に来るのが一番いいよねってなったらしくて……
ちなみに私が住んでた村の近くにいるらしき聖女様は、どうやら領主様の奥さんらしい。
そりゃ確かに奥さんだけこっちに、ってのは問題よね。
そっか、領主様の奥さんが聖女だったのか、そっか……
私が小さい時に一回だけ会った事あるんだよね。小さいながらにお父さんの手伝いしてたら褒めてもらっちゃったし飴玉くれたんだよね……甘くて美味しかったです。
まぁそれはさておき。
聖女といっても神様の声を届けやすくするためのアンテナなわけで。
それってつまりは、神様の声はアンテナがあれば聖女以外の人にも聞こえるって事なんですよ。
おかげで教会で働く他の人たちも神様の声が聞こえるっていうね。
神託捏造とかできそうになくていいですね。神罰とかきたら怖いもんな……
神の存在を感じ取れなかったらそういう感じのやつ捏造して私腹を肥やす奴とか出たんだろうな。
アンテナ以外の役割は特にないので、私も他の人たちのように教会でお仕事をしたりもするけど、ハードワークではないので中々にここはホワイトな職場なのでは……?
特殊な力がなくたって、聖女相手になんか悪い事やらかしたらそれって直に神様に伝わっちゃうから、いびってやろうみたいな事をする奴がそもそもいない。
いた場合まず色んな意味で終わるからね。神託という形でそいつの悪事大々的にばらされるとかありそうだからね。普通に接していれば問題ないというのは既に周知の事実。
――そう、思っていた時期が私にもありました。
ある日の事。
「お前が新しい聖女か」
「えっ? はい、そうですけど貴方は?」
突然知らん人に声を掛けられて驚いてそちらを見れば、そこにいたのはどこからどう見ても甘やかされて育った坊ちゃん。パッと見高貴なお猫様みたいな雰囲気だったけど、お猫様みたいな可愛げはない。もっとお猫様を見習え? もしくは犬さんの愛嬌を見習え。
「新しい聖女だというからどんなものかと見に来てみれば……こんなちんくしゃが聖女だと!?」
「そうですね」
聖女ですね。ちんくしゃだろうとなんだろうと神様から言われたから聖女ですよ。
なんで私は初手でいきなり喧嘩吹っ掛けられてるんだろ?
「はぁ、まぁ、お前みたいなのでも聖女は聖女だしな。仕方ない、嫁にしてやる喜べ」
「きっしょ!」
「なんだと!?」
いや確かにこやつのツラは良い方なのかもしれないけれど、生憎私の好みではないのでノーサンキュー。
しかも嫁にしてやるってなんでウエメセなんですかね?
なんて思わずカチンときていた、ら――
『仕方ないのはお前の存在じゃたわけ』
『そうじゃの、聖女をなんだと思っておるのか』
『お前みたいなのでも王子は王子だしな、不本意であっても』
『大体ちんくしゃだのと言ってるけど、アンタだって大概でしょ? 頭の中はすっからかんなんだし』
『ほんと、脳みそどこに捨ててきたの? 拾ってきな? 腐って大地に還った後だったらごめんだけど』
『というかお前さんそんなんだから婚約者ができないんだぞ』
『人間性を磨きなおして出直して来い』
私の周辺で、そりゃもう突然色んな声がした。
一斉にガヤガヤと話し出したそれは、まるで私の周囲に誰かが集団でいるかのよう……なんだけど、でも周囲には人はほとんどいない。
離れた場所でシスターが数名と、神官さんが数名。
けれども彼らも驚いたようにこちらを見ていた。
私の脳内で聞こえた声ってわけでもなくて、あの反応だと聞こえてるっぽいな。
それだけなら良かった――いや良くない――のかもしれないけれど、複数の神様たちの声はそこで終わりじゃなかった。
『いいからさっさと城に戻って宿題をやれ』
『あれでも大分数を減らしてもらってるんだぞ。それなのにやらないとか、お前みたいなのがいずれ王になったら国が傾くわい』
『あと、どうでもいいけど外から帰ったらまずはちゃんと手を洗いな? 汚いから』
『そーだそーだ、好き嫌いだって早いとこなおさないと、もうちょっとして年頃になった時に肌がボロボロになるぞー』
『どうでもよくないけど庭師に向かってカエル投げつけるのもやめな。そんな事ばっかやってるとお前をカエルにしちゃいますよ』
『魔女の呪いなら解けるけど神の呪いって解くの相当だかんね? 愛する者の口付けで解除されるとか童話の中だけだから』
『愛しててもカエルにちゅーはイヤかも。なんかぬるっとしてそうだし』
『ギリ頑張ってトカゲならどう?』
『それもキツイかなー』
なんだこの偉そうなクソガキンチョは、と思ってたけど、神様がさらっと王子だと暴露してくれたのでそっか王子か……とか私が思う間もないうちに、更に神様たちは好き好きに喋っていた。
こんなところで油売ってないで戻って勉強しろ、とお前はおかんか? みたいな感じの事を言う神様や、好き嫌いはよくないとこれまたやっぱりおかんみたいな事を言う神様。
今のうちにその性格矯正しないと年取ってからキツイよ? とダウナーな雰囲気ながらも注意するお姉さまみたいな神様。
おじいちゃんやおばあちゃんみたいな話し方の神様。
愉快犯みたいな雰囲気の神様。
一体どれだけの神様がいるというのか。
私の周囲でわいわいがやがや実に騒がしい限りである。
というか人類卒業させようとしてる神様もいるな。
ただの人間なら冗談だってわかるけど、相手が神様だとそれ実行できちゃうのが怖いわ。
とにかく、そんな大勢の神様が王子に向けて好き勝手言っているのである。
えー、私これどうすればいいの?
私の周囲だから神様の声が直によく聞こえるって事なんだから、私が離れてあげた方がいいのかなぁ……?
でもなー、不敬だのなんだのと言いがかりつけられるのも困るしなー。
困ったなー、どうしようかなー、という気持ちでしばらく神様に好き放題言われまくってる王子様を見ていたら、どうやら神官様の一人がお城にダッシュで向かってくれたらしく、王子様の教育係らしき男の人がこれまたダッシュでやって来た。
「城を抜け出してどこに行ったかと思えばこんなところに! 何やってんですかほら帰りますよ! 宿題も放置どころか提出期限三日前の課題も真っ白だったのが姉上にバレてカンカンなんですから!」
「母上が!? なんとかならんか!?」
「なるわけないでしょう! ただでさえ賢いとは言えないんだから頭はせめて使いなさい宿題やってから遊びにいくなら叱られなかったのにやらずに抜け出した時点で説教は回避不可です! 姉上は昔からそうだ!」
「うわあああああいやだあああああ! 説教はいやだでも宿題を増やされるのはもっといやだああああああ!!」
教育係のお兄さんはどうやら王妃様の弟さんらしい。
遠慮も何もなく王子の襟首をひっつかんで、ずるずると引きずっていく。
「お騒がせして申し訳ありません」
立ち去る前に、一度だけ振り返ってそう言って颯爽と帰っていった。
『ま、あれくらいの年頃の子って勉強よりは遊びたい盛りだからねー』
『でも帰ったらお説教は回避できそうにないねー』
『少しは反省してくれるといいんだけど』
『そだね、このまま成長して悪い方にいっちゃったら目も当てられないよアレ』
王子がいなくなってからも、私の周囲からは神様たちの声がする。
完全に他所の子を見て好き勝手言ってるだけの会話だけど、時々それとは無関係の言葉がちょこちょこ聞こえてきて何かと思えば他の人へのアドバイスと言う名の神託だった。
どうでもいい話題の中にしれっと重要な情報仕込むのやめてさしあげてもろて……
ちなみに。
後日王妃様の弟さんが先日の件について改めての謝罪にやって来た。
王子はお勉強が嫌いでロクに話を聞いていなかったようで、新しい聖女がやって来た、というのは知っていても聖女がどういう存在かまでわかってなかったらしい。
聖女といえば聖なる力! きっとなんかすげーことができるに違いない! というとても安直な思い込みでもってやってきて、将来自分の嫁にしたら俺が国王で聖女が王妃とか最強じゃん!? となったらしい。
すいませんホント、今姉上がビシバシしごいて鍛えなおしてるんで……
あと別に聖女だからって王子と結婚とか強制じゃないので……
見てるこっちが申し訳ないくらいぺこぺこしてるけど、私がいくら聖女だって言っても私平民なんだけどな。
この人王妃様の弟って事は、確実に貴族なんですがそれは……
せめてものお詫びにこちらを……って言って差し出されたお菓子が美味しかったので私は許した。
バターの香りがとっても良い絶対高級なやつだこれクッキーなんて前世でもそう気軽に食べた事なかったからね。こんなん出されたら許すしかない。サクサクうまうま。
王子の監視が厳しくなるらしく、気軽にこっちに来れないようになるはずだと言ってたけど……
まぁ、仮にまた王子が抜け出してこっちに来たとしても、また神様に好き勝手言われるだけで終わる気しかしない。
そんな私の予想は外れた。
王子はその後、教会にやって来る事はなかった。
けれども成人前の人脈作りの場として通う事が決められてるらしい学校に、私もなんでか通う事になった時、そこで再会を果たすのである。
数年ぶりの再会。
とはいえ、幼い頃のトラウマにでもなったのか、王子様は私の顔を見るなりビクッとなって顔色を悪くさせてそそくさと立ち去っていった。
『相変わらず成績が悪いらしいからな。色々言われるのを避けたんだろう』
ぽそっと小声で囁いた神様のせいで、王子の成績があまり良くない事が数名にバレたんですがそれは……
『お前さんもテストの時にいくつかケアレスミスがあったから、次は気を付けて見直し確認を忘れるでないぞ』
あと私の失敗もバレたんですがそれは……ッ!
『それにしてもバーベキューの時はやっぱビールよな。ワインは微妙じゃった』
「神様たち何してるんですか」
私が思わずそう問えば。
『青春を酒の肴にキャンプしてる』
別の神様の溌溂とした声が返ってきた。
あっ、神様もキャンプとかBBQとかするんだぁ……へぇ……
この陽キャどもがよぉ!
イラッとして思わず中指おっ立てたら、
『はしたないからやめなさい』
これまた別の神様に窘められてしまった。くっ、だって!
「私だってバーベキュー食べたいんだもん……! 肉と野菜、海鮮盛りだくさんのやつ!」
そう嘆いてみせれば、やれやれ……なんて呟きが聞こえて。
『わかったわかった。じゃあとりあえず今年は漁業もいい感じに豊漁になるように祝福しておいてやろうな』
『作物もそれなりに豊作になるようにしておこうな』
『だからバーベキューはもうちょっと我慢せい』
そんな神様たちの声がして。
周辺の生徒がざわついたけど、私は約束されたバーベキューに浮かれてそんな事はこれっぽっちも気付かなかったのである。
後から知ったけど、なんか、去年とか海の方漁が思わしくなかったみたいで……一部の領地も作物の収穫量が微妙だったみたいで……
でも今年はマシになるらしい、って事でなんか……結果的にそういう結果に持ち込んだ私が最終的にMVPだったとかなんとかで、私はクラスの皆に誘われて、夏季休暇に入る直前学園で念願のバーベキューを堪能する事になるのである。
ちなみに今回のケースは私が純粋に神様たちのエンジョイを羨んだからってのが大きい。
上手い事なんか神様利用してやろ、みたいに思って近づいてきた人たちは逆に知られたくない事を暴露されたりして、かつての王子様みたいに私に近づかなくなるのだけれど。
まぁそれは別の話である。
次回短編予告
周囲の令息たちや自分の婚約者が一人の女に現を抜かしている事実に、面白くない気持ちはあった。
なんとかできないかと思う気持ちも確かにあった。
そしてある日、トリスは魔女としての力に目覚めたのである。
よし、じゃあ、呪おう!
次回 彼女がか弱い? ご冗談を(笑)
定期的に妙ちきりんな呪いの話を書かねばならぬ呪いにかかってるんだ作者が(大嘘)




