99:港町再び
残った飛竜の前に立って、バーバラとギルが口を開いた。
「あんたらだけじゃ、見張りの人手が足りねえだろ。あたしもここに残る」
「僕も残るよ。クラウスが戻ってきたら、彼も見張りをしてもらおう」
「では、私とルシル、ラテは飛竜に乗って港町に戻ろう。フィンがデータをまとめてくれているはずだ」
アルフォンスが言って、話はまとまった。
こうして私は港町まで戻ることになった。
◇
飛竜の背中は快適だった。
監察官、アルフォンス、私、ついでにラテが乗ってもそこまで狭苦しくない。
竜の胴体にベルトが巻き付けてあって、それを掴む。
飛竜は大きく羽ばたくと、あっという間に空へと飛び立った。
「……わぁ!」
私は思わず叫んでしまった。
眼下に広がるのは銀鉱山。それが今やちっぽけな岩くれのように小さく見える。
少し遠くを見れば、汚染されてしまった川が流れている。しかしこの距離であれば悪臭は届かず、ただ静かに水をたたえているように見えた。
ラテは船にはさんざん酔ったくせに、空飛ぶ飛竜は平気であるらしい。私の肩にしがみつきながら、楽しそうに風に吹かれていた。
飛竜は羽ばたくたびにぐんぐん加速して、あっという間に港町まで戻ってきた。
徒歩だと三日近くかかったのに、まさに一瞬。午後の太陽は未だ高い位置にある。
飛竜は港町の上空で旋回すると、減速して港の前の広場に着地した。
漁師たちや町の人々が、何事かと遠巻きに眺めている。
「ただいま!」
私が飛竜から飛び降りて手を振ると、どよめきが起きた。
「ルシル! ドラゴンに乗ってきたの?」
「すごい! かっこいい!」
フィンとミアが走り寄ってくる。
二人を抱きしめていると、背後にアルフォンスが歩み寄ってきた。
「フィン。さっそくだけど、頼んでいた暗号の解読はできたかな?」
「うん、バッチリ! ノートにまとめておいたよ」
「お手柄だね。もう一冊同じ暗号があるのだが、それの解読も頼めるかな?」
「いいよ、どれ?」
監察官がやって来て、製錬所にあった冊子をフィンに渡した。
私の言う「暗号解読が得意な仲間」が小さな子供だったので、戸惑っている。
フィンは冊子を受け取って読み始めた。
「んー。こっちも水銀の帳簿だね。……あ、銀の売上もかいてる。えーっと、お金のけんきん先は、サイラス様だって」
「……!」
監察官の目が険しくなった。
サイラスは宰相の名前。食料ギルドの主で、ヴェロニカを手駒としていた人だ。
「少年。それは確かですか?」
「え、はい、これです。ここの文字がアナグラムになっていて、こうすると『サイラス』でしょ?」
「確かに……。これは厳しく尋問する必要がありますね」
監察官はアルフォンスに向き直った。
「殿下。私はもう一度銀山に戻って、代官バルダスの尋問を開始します」
「では私も行こう。フィン、解読したノートを取ってきてくれるかい?」
「うん、いいよ! 宿屋にあるから、ちょっと待ってて」
フィンとミアが連れ立って走っていく。
「ルシル。私は戻るが、君は休んでいてくれ。後はもう心配ない。飛竜を使えば移動はすぐだから、時々戻ってくるよ」
「はい。私はお料理を作っておきますね。銀山の労働者のみなさんに、お腹いっぱい食べてもらわないと!」
『労働者に飯を食わせたら、次は川と海の浄化だ。忘れるなよ』
忘れるわけがない。
水銀毒の流出は止まったとはいえ、既に流れ出た量は膨大。なるべく早く浄化に着手しなければ。
でもその前に、弱りきった労働者たちに温かい食事を作る! 彼らは本当に倒れる寸前だったもの。
張り切っている私に、アルフォンスが微苦笑した。
「夜になったら一度港町に戻るよ。それまでに料理を用意してくれ。フィンに新しい帳簿の解読を頼んでおいて」
「はい、分かりました」
話しているうちにフィンとミアが戻ってきた。
「はい、これ!」
「ありがとう。もう一冊の解読も頼んだぞ」
監察官が受け取って、アルフォンスと二人で飛竜に乗り込んだ。
飛竜が羽ばたく。
空に舞い上がった彼らに手を振って、私はさっそく料理の準備を始めた。
◇
「さーて! 何のお料理を作ろうかしら」
港の広場で腕まくりした私のスカートの裾を、ミアがちょいちょいと引っ張った。
「ルシル。おさかな、たくさんあるの。使って?」
「え?」
見れば市場の方から、木箱を担いだ漁師たちがやって来るのが見えた。
「シスター、この魚を使ってくれ」
降ろされた木箱には、立派な魚が何匹も入っている。
「どうしたんですか、これ? 前は小魚ばかりだったのに」
「毒は北の川から来てたんだろ。なるべく南の方まで漁に出て、獲ってきたんだよ」
「へんな匂い、しない。大丈夫」
ミアが太鼓判を押した。
「なるほど!」
木箱の中を物色してみると、アンコウに似た魚を見つけた。
一メートル近い大きな茶色い体に、強面の顔をしている。
歯は牙みたいにギザギザで、頭には突起がついている。これを疑似餌にして小魚をおびき寄せるんだったっけ。
アンコウの旬は冬のはずだが、今は真夏だ。……まぁ、ここは地球じゃないから生態系も違うのだと思っておこう。
私がアンコウの木箱を手に取ると、漁師は微妙な顔をした。
「それを料理するんですかい? こう言っちゃなんだが、そいつはかなり臭みがありますぜ」
私は笑顔を返す。
「きちんと調理すれば平気ですよ。それにこの魚の肝は、とっても栄養がありますから」
アンコウの肝。あん肝だ。
身は低カロリー高タンパクだが、肝に限ってはハイカロリーで栄養たっぷりなのである。
体が弱ってしまった鉱山の労働者にぴったりの食材ではないか。
レシピはそうだなぁ。定番のアンコウ鍋かな?
今は夏だけど、山の方に行けば朝晩は冷える。弱った胃には温かいものがいいだろう。
「さて、それじゃあ、このアンコウ。捌いちゃいますからね」
愛用の包丁を倉庫から取り出して、私はさっそくアンコウと格闘を始めた。




