98:空からの使者
改めて建物から出ると、周囲は完全に制圧されていた。
見張りたちは縛り上げられて、ギルや労働者が見張っている。
クラウスはまだ戻っていないが、坑道の入口から労働者たちが逃げ出してきている。解放が進んでいるのだろう。
アルフォンスとバーバラは戦闘を終えて、労働者たちの安全を確認していた。
ラテは元の黒猫の姿に戻っている。辺りに漂う毒の悪臭に顔をしかめていた。
「……これは何事だ!?」
不意に山道の方から声が響いた。
見れば悪趣味な身なりをした男が、三十人ほどの手勢を連れて鉱山の入口にやってきていた。
「バルダスッ!!」
バーバラが吠える。
ではあの男が、悪名高い代官のバルダスか。
「うん? お前はバーバラか。見ない顔も多いが……」
多数の武装した部下に守られているせいだろう、バルダスは余裕の表情を崩さずに私たちを眺めた。
「なんでテメェがここにいるんだ!」
「なんでも何も。ここは私の鉱山だ。視察に来るのが当たり前だろう」
川をさかのぼるルートでなければ、私たちと鉢合わせしなくても不思議ではない。うかつだった。
武装兵たちはじりじりと距離を詰めてくる。クラウスのいない現状、私たちだけで労働者を守りながら勝てるだろうか?
アルフォンスに目配せすると、彼は頷いた。
「控えろ、代官バルダス! 私は第二王子アルフォンス・アーネスト・ミーティス・アステリア。不正な銀鉱山の採掘及び、海の汚染の調査に来た!」
「なっ、王子殿下!?」
バルダスたちに動揺が走る。
「王宮は既にお前たちの行いを把握している。既に監察官が派遣された。大人しく裁きを受けよ!」
アルフォンスは王家の紋章が入ったメダルを掲げ、凛とした声で宣言した。
これで相手が引いてくれればいいけれど……。
だがバルダスは歪んだ笑みを浮かべると、アルフォンスを指さした。
「ククク……。何を言い出すかと思えば。王子殿下がこのような所に、しかもゴロツキのような輩を引き連れているわけがない。どうせ偽物だろう。者ども、かかれ! 王子殿下を名乗る不届き者を殺せ!」
おおお……。なんというテンプレの悪役だろうか。本当にこういうセリフを吐く人がいるなんて。不覚にもちょっと感動してしまった。
思わず「スケさん、カクさん、やってしまいなさい」と言いたくなる。
しかし感動している場合ではない。こうなることを見越して、私は預かりものをしていたのだ。
倉庫からそれを取り出す。長さ二十センチ程度の筒だ。
先端部分をポンポンポンと三回叩くと、最初は弱く、次に勢いよく緑色の煙が吹き出た。
私はそれを空に向かって掲げる。緑の煙が立ち上っていく。
「小賢しい! こけおどしだ!」
バルダスと武装兵は一瞬だけ驚いたが、すぐに気を取り直して向かってきた。
労働者をかばって、バーバラとラテが前に出る。武装兵たちの抜き身の剣がギラリと光った。
「バルダス、てめえ、どうして毒を垂れ流した! 海が死んじまうだろうが!」
バーバラが怒鳴る。しかしバルダスは鼻で笑った。
「海などどうでもいい。ちまちまと漁業で税を取るより、銀を掘る方がよほど金になるのでな! 当たり前だろうが」
「そんな理由で……!」
武装兵たちが距離を詰めてくる。
しかし。
ふと、鉱山の入口に影が差した。
上を見上げた私の目に入ったのは、いくつもの大きな影。滑るように空中を飛んでいる。
「あれは飛竜!?」
そう叫んだのは誰だったか。
鉱山の上空に、三頭の飛竜が舞っていた。
◇
飛竜たちは急降下すると、バルダスらに向かってブレスを吐き出した。たちまち一団は炎に包まれる。
飛竜は竜の中では下位種だが、強靭な体と炎のブレス能力を持っている。通常の人間ではまず勝てない。
そして飛竜はアステリア王国において、王家直属の『飛竜隊』の象徴。
アルフォンスが派遣を要請した彼らが、発煙筒の煙を見て駆けつけてくれたのだ。
「ぎゃああぁぁっ!」
火だるまになった武装兵たちが地面を転がっている。
飛竜は――というか、飛竜の乗り手たちは風向きや地形をきちんと計算に入れたようで、私たちの方へ炎は来ない。
でもあれ、まずいんじゃない?
「バルダスが死んでしまったら、責任の追及ができませんよ!」
「分かっている。彼らもちゃんと対処をするよ」
その言葉と同時に、火だるまになったバルダスらの上に大量の水が降り注いだ。飛竜の乗り手が放った水の魔法だ。
無事に鎮火されたが、バルダスたちはもう動けない。
「殿下! ご無事ですか!」
聞き慣れた声がして、飛竜の一頭から護衛の人が飛び降りてきた。
飛竜たちは次々に着地する。乗り手たちが降りてきた。
その中に、少し立派な身なりの女性がいる。彼女はアルフォンスの前までやって来ると、恭しく一礼した。
「王宮監察官、ご要請に応じて参りました」
「ああ。ご苦労」
「ここが殿下の書状にあった、密採掘の銀山ですか。確かにひどい有様です」
彼女は周囲の様子を見て眉を寄せた。
「労働者への不当な虐待、そもそも労働者の募集も不当だったのでしょうね」
「それだけではない。港町シートンマスの住民への圧力、水銀毒の垂れ流しもある」
アルフォンスと監察官の会話を聞きながら、私は不安になった。
この中世レベルの社会で『公害』という概念はあるのだろうか? 前世でも公害は近年まで放置されていた。罰する法律は存在するだろうか。
その内容を質問してみると、監察官は微笑んだ。
「シスターの言う『公害』は、確かに初めて聞く言葉です。しかしバルダスは私腹を肥やすために毒を撒き散らした。自分の利益のために他人を無差別に傷つける。海の環境を破壊したのも、毒を使った殺人や傷害の拡大解釈で裁けますよ」
「良かった……!」
私はほっとして、一つ思い出した。
「あちらの製錬所の建物に、帳簿らしき冊子がありました。暗号で書いてありますが、港町にいる私の仲間が解読できます」
冊子を差し出すと、監察官は真剣な表情で目を通した。
それから彼女は飛竜と飛竜の乗り手たちに号令をかける。
「これより港町シートンマスに向かう。私の飛竜壱号は、アルフォンス殿下を同乗。弍号はバルダスらの見張りと労働者の保護を。参号はもう一度王都に戻り、犯罪者の連行に足りるだけの人手を連れてくること。以上だ」
「はっ!」
飛竜の乗り手たちはすぐに行動を開始した。
一頭は鉱山の前で伏せをして睨みを利かせ、もう一頭は大空に舞い上がっていった。




