97:鉱山バトル
「おい、サボるな! もっと素早く動け! ノルマを果たせなければ、晩飯抜きだ!」
見張りの一人が怒鳴った。腰に吊るしていた鞭を振るって、トロッコを押していた人を殴っている。
ボロ布をまとってすっかり痩せこけた人を、容赦なく鞭打っている。
「ううっ……」
鞭で打たれた人はとうとう倒れてしまった。
「あいつ!」
バーバラが喉奥で唸るような声を出した。
「間違いない、あたしの仲間だ! やっぱり鉱山に連行されていたのか!」
ガリッ。バーバラが強く掴んだ岩壁が砕けた。
怒りのあまり力加減を忘れている。
「どうする? やるか?」
と、クラウス。剣呑な光が青い瞳に灯っている。
アルフォンスが答えた。
「ああ、やろう。見張りの数はそう多くない。全員制圧して、労働者を解放。証拠探しはその後だ」
「間違っても証拠隠滅されないようにしないと」
私が言うと、アルフォンスは目線で頷いた。
「分かっている。不意打ちで反撃の暇を与えないうちにケリをつける。……ルシルにこれを預けておこう」
私はアルフォンスからあるものを受け取って、倉庫に格納する。
「じゃあ僕が注意を引き付けるよ」
ギルが言えば、軽い打ち合わせの後にみんなはそれぞれ動き始めた。
ギルは岩陰から山道へ戻る。
クラウスは岩陰に身を隠したまま前進。
バーバラとアルフォンスはそれぞれ側面に回る。
そして私とラテは、製錬所の方へ裏手から近づいた。
「やあやあ、こんにちは! みなさん、精が出ますね?」
山道を正面からやって来たギルが、調子外れの明るい声を出した。
すかさず見張りが睨んでくる。
「あぁ? なんだお前は。ここは部外者は立入禁止だ!」
「あれぇ、そうでした? 最近ここで景気のいい話があるって聞いて、一枚噛ませてもらえないかと思ってやって来たんですか」
「ここには何もない。失せろ」
見張りはそう言いながらも、数人がギルを包囲しようと前に出ている。
こんなヤバい現場を見られた以上、無事に帰すつもりはないのだろう。
ギルは一瞬腰が引けたが、すぐに虚勢を張り直した。
「そうはいきません。労働者のみなさんは、痩せちゃってるじゃないですか。ここはどうです? 僕の商品の携帯食を――」
問答無用。見張りの一人が剣を抜いて斬り掛かった。
刃がギルに届く寸前、――キンッ! 銀色の閃光が宙を奔って見張りが吹き飛ばされた。
「君、遅いよ! 死ぬかと思ったじゃないか!」
「うるさい。後は黙って見ていろ」
腰を抜かしたギルを飛び越えて、クラウスが走る。
一閃!
三人の見張りをあっという間に倒し、剣を蹴り飛ばした。
「くそっ! 囲め!」
他の見張りたちが集まってくる。その数、総勢十人を超えている。
しかしクラウスは冷静な表情を崩さず、次々に見張りを倒していった。
銀色の剣閃が走るたび、複数の敵が倒れる。速すぎて何をしているのか見えない。
ものの数分もしないうち、辺りには見張りたちが全員倒れていた。
クラウスはギルにロープを投げた。
「こいつらを縛り上げておけ。逃げられないようにな。武器も集めておくんだ」
「オッケー。そのくらいなら任せて」
クラウスはそのまま坑道の中に駆けていった。内部の敵を倒して、人々を解放するつもりなのだろう。
「おい、大丈夫か。しっかりしろ!」
バーバラが倒れた漁師を抱え起こした。
「お、お頭……?」
「ああ、そうだ。助けに来るのが遅れて悪かったな。だが安心しろ、もう終わる!」
バーバラは言うなり、傍らの一抱えもある岩を持ち上げた。腕の筋肉が盛り上がって血管が浮いている。
「うおおおぉぉっ!」
気合一閃。彼女は岩を投げつけた。岩は残っていた見張りたちの真ん前に落ちて土煙を上げる。
バーバラは拳を握りしめ、間髪入れずに土煙の中に走り込んでいった。
「ぎゃあああっ!?」
見張りの悲鳴が響いた。
土煙の中ではきっと、ムチ打ちなんか目じゃない「おしおき」が繰り広げられていることだろう。
反対側に回り込んだアルフォンスも、順調に敵を倒している。クラウスほどじゃないがけっこう強い。任せておいて大丈夫そうだ。
私は製錬所のドアを開けた。むっとする熱気と毒の臭気が漂っている。
何人もの人が立ち働いているのが見える。
大きな鍋がいくつも並べられていて、中では金属が熱せられていた。あれが水銀と銀の合金だろうか。
というか、水銀って常温に近い温度で蒸発するんじゃなかったっけ。ということは、ここの空気はもろに毒だ。早く済ませなければ。
「みなさん、助けに来ました! ここの空気は毒です。早く外に――!?」
ふと私の顔に影がかかる。振り向く暇もない。
まだ残っていた見張りが剣を振り上げて――。
『馬鹿者が。油断するな』
大きな黒豹の姿に変身したラテが、容赦なく見張りの喉笛を食いちぎった。
血しぶきを上げて見張りが倒れる。あれはもう助からない。
「何も殺さなくても!」
思わず言った私に、ラテはギラリと金の瞳を向けてくる。
『こやつはおぬしを殺そうとした。毒を撒き散らした犯人の一人でもある。全身を腐らせてなぶり殺しにしてもよかったが、一撃で仕留めたのは慈悲だ』
「……」
普段は愛らしい猫の姿でも、ラテは魔獣なのだと実感した。
それに彼は微生物――プランクトンや細菌の主。私には聞こえない小さな命の声に耳を傾ける存在だ。
小さな命が殺されて、彼はどれほど心を痛めたことだろう。
であれば。私に口出しの権利はない。
「みんな、逃げて!」
改めて建物の中の人に声を掛ける。しかし誰も動かない。
「逃げたくても、鎖に繋がれて動けない」
近くの一人が疲れ切った様子で言った。見れば彼らの足は太い鎖が嵌められていて、壁に繋がれていた。
『フン。任せるがいい』
ラテが近づいていくと、人々はぎょっとして体をすくませた。無理もない、今のラテは人より大きい黒豹なのだ。
怯える人々を尻目に、ラテは鎖のつなぎ目に前足で軽く触れる。
すると鎖がみるみるうちに腐食して赤錆を浮かせた。引っ張ると千切れるくらいに脆くなっている。
「さあ、早く」
水銀の毒で弱ってしまった人々を支えながら、私は建物の外に出た。
外では見張りは全員倒されて、縛り上げられていた。
全員が建物から出たか確認するのに、もう一度戻る。
「あれは……」
すると奥のテーブルの上に、冊子が置いてあるのが見えた。
毒を吸い込まないよう素早く駆け寄って手に取ると、フィンが解読した暗号と同じ記号が書いてある。たぶん帳簿だ。
証拠になるかもしれない。倉庫に格納しておく。
他に逃げ遅れた人はいなかった。私も急いで建物を出た。




