96:毒の源
『話ができたようだな』
振り返ればラテとクラウスがいる。少し向こうにはアルフォンスたちの姿もあった。
「ええ。それから、すごいものを預かったわ」
光のゼリーをそっと両手ですくいあげた。
『それは……!? 初めて見る微生物だ。なんと、こんなにも強い生命力の生き物がいるとは』
ラテが金色の目をまんまるにして驚いている。
「この子たちがたくさんいれば、水銀の毒を浄化できるの。ラテ、できるよね?」
『ああ、任せろ。変わり種ではあるが、こやつらも我が「腐敗」の能力の範疇にある。ヨールグルトの種菌や麹菌のように、活発に増やしてみせるとも』
「うん! 頼りにしてる」
これで水銀毒の問題も解決の光が見えてきた。
あとは汚染の大元、銀鉱山の不正を暴いて採掘を止めさせるだけだ。
私は光を内包するゼリーを手に取った。ひんやりとした不思議な触感。かすかに潮の匂いがする。どうやら海水を固めたもののようだ。
ゼリーを倉庫に格納する。
小さな命の鼓動は、時間が停止しているはずの倉庫の中でも確かに感じられた。
「みんな、行きましょう。鉱山へ!」
私の宣言に、仲間たちは力強く頷いた。
◇
アルフォンスの書状は護衛の人に託された。
港町シートンマスと王都の距離は、馬車なら約五日。
早馬を乗り継いでいけば、二~三日でたどり着けるだろう。
アルフォンスが言う。
「国王陛下の裁決を仰いだ後は、飛竜で監察官を派遣してもらえ。それならば数時間で着く」
「はっ。かしこまりました」
「くれぐれも宰相と兄上に勘付かれるな。この作戦は迅速さが命だ」
「肝に銘じます」
護衛は一礼した。
「護衛さん。兵糧丸をどうぞ」
私は彼が好きな、甘い系の兵糧丸を三日分差し出した。
馬を乗り継いで休憩もなしに走っていくのは、相当な重労働になる。せめて栄養はちゃんと取ってほしかった。
「ありがとう、シスター。では行ってきます」
護衛はにっこり微笑んで、厩舎の方へと走っていった。
「監察官の到着まで丸三日というところか。バルダスは最近姿が見えないが、鉱山にいるのかもしれないな」
アルフォンスの呟きに、私は口を挟んだ。
「このままじっとしていられません。三日間を放置すれば、それだけ汚染が広がってしまいます」
「それに、バルダスの野郎が逃げるかもな。証拠隠滅してよ」
バーバラも吐き捨てる。
アルフォンスは頷いた。
「そうだね。この時間を生かして、私たちも動こう。鉱山まで赴いて証拠を押さえ、水銀毒の流出を止める」
「バーバラさんの仲間の漁師がいたら、助け出す!」
ギルが続けた。
どれも放置はできない問題だ。全員一致で鉱山へ向かうことになった。
今は既に午後だが、時間が惜しい。すぐに出発することにする。
「ルシル。君は留守番をしてくれ。鉱山では間違いなく代官の手勢と争うことになるから、危険だ」
アルフォンスが言うが、私は首を横に振った。
「いいえ、私だって役に立ちますよ。鉱山まで丸二日の行程は不眠不休じゃきついでしょ。私の絶対倉庫にはテントが入っています。みなさんの荷物も入れておけるし、私がいれば食事の心配がありません。ついていきますから!」
『ルシルの身の安全程度、吾輩とクラウスで保証できる。小僧よ、心配するな』
ラテも言う。ラテに認められたクラウスは、ちょっと感極まったような顔をしていた。
アルフォンスはそれでも少し迷うような素振りを見せたが、吹っ切ったようだ。
「分かった。私も可能な限り君を守る。……では行こう!」
「おおーっ!」
湿地帯になっている川岸をさかのぼっていくので、馬は使えない。
私、ラテ、クラウス、アルフォンス、ギル、それからバーバラ。全員が徒歩で進むことになった。
◇
北の川を上流に向かって進めば、だんだんと水銀毒が濃くなっていく。
水だけではなく空気までもが汚れているようで、私は吐き気をこらえながら歩いた。
途中で夜になったので、川から少し離れた場所でテントを張る。
周囲に魔物の気配はなかったが、既に銀山が近い。代官の手勢と鉢合わせてはいけない。交代で不寝番を立てた。
川岸は立ち枯れた葦のような植物が数多く生えていて、いい目隠しになってくれた。
翌日もひたすらに歩く。
この日の午後になると、地面に車輪のあとが見られるようになった。車輪跡は上流に続いている。
「やはり銀山で活動しているようですね」
「うん」
何かしらの物資を運んでいるのだろう。周囲に集落などは見当たらないので、遠くから秘密裏に運んでいるのだと思われた。
そうしているうちに夜になった。気持ちは焦るが、暗い中で泥炭地を進むのはリスクだ。
翌朝、東の空が白むのと同時に行動を再開する。
午前中のうちに、銀鉱山と思われる山は目星がついた。川のさらに北側に山があり、川付近から多くの車輪跡がそちらに伸びている。
川の汚染はいよいよひどくなっている。
水銀毒は気化すると猛毒だったはずだ。
誰もがハンカチで作ったマスクを顔に当てていた。
水銀は匂いはそんなにしないはずだが、鼻の良いラテは半死半生の様子で、フラフラしていた。魔獣である彼は嗅覚で感じるものがあるのだろう。
「ラテ、大丈夫? 抱っこしようか?」
『いらん。このような毒を撒き散らした輩、吾輩が必ずこの手で罰してくれる』
山に向かって進むと、ほどなく岩がちの地形になった。
切り立った山道を登る。その先に、人工的に切り開かれた場所があった。
「あれだな」
先頭に立っていたクラウスが、岩陰に身を隠しながら様子をうかがっている。
「廃墟ではない。入口は補修されていて、武装した見張りが三人いる。他にも全部で十人以上いるな」
『音もする。カンカンと何かを叩く音や、複数の人間の声だ』
ラテが耳をぴんと立てた。
私もそっと、岩陰から覗いてみた。
木の枠で補修された入口からは、線路が伸びている。ちょうどトロッコが鉱石を山盛りにして出てくるところだった。
トロッコが止まった先には建物がある。臭気を含んだ煙が煙突からもくもくと出ていた。
あれが水銀と銀の製錬所なのだろう。
と。
製錬所と思しき建物から、荷車が出てきた。荷車にはいくつもの壺が載せられている。
『臭い、臭い、臭い! 間違いない、あれが川と海を汚す毒だ!!』
ラテが唸り声を上げた。
つまり壺の中身が銀を取り出した後の水銀か。
荷車はそのまま山道を下っていく。たぶん、川にそのまま中身を垂れ流すんだろう。
最低限の処理、その手間とコストを惜しんで流される毒。それがあの大量死の光景を生んだ。
私は拳を握りしめた。




