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神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第6章

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95/95

95:深海の風景

「お頭! 大変です、化け物が港に現れて!」


「落ち着け。化け物じゃ分からん。どんな奴だ?」


 言いながらバーバラは立ち上がった。漁師の首根っこを捕まえて、港の方へと走り始める。私たちも続いた。


「大ダコです! 見たこともねえくらいのデカさで、あれはきっと伝説のクラーケンですよ!」


「……!」


 私たちは顔を見合わせた。

 海で出くわしたクラーケンが、今度は港までやって来た?


 港は大騒ぎになっていた。

 午後の陽の光が降り注ぐ中、港の埠頭の向こうに巨大な影が浮かんでいる。

 ぬらぬらと光る赤黒い肌に、何本もの触手のような足。間違いなくクラーケンだった。

 しかもよく見れば、足の一本が根本から切断されている。あれは、あの時のクラーケンと同じ個体だ。


「また暴れにきやがったのか!」


「今度こそ追い払ってやる! 銛を持って来い!」


 漁師たちが殺気立っている。

 クラウスは無言で剣に手を掛けて、足を早めた。


 けれど私は気づいた。クラーケンの様子がおかしい。

 巨大な海の魔獣は暴れるでもなく、船を壊すでもなく、ただ波間に漂うようにしている。

 海面下にある大きな金の瞳が、じっと一点を見つめていた。……私だ。私を見ている。


『……』


 頭の中に誰かの意志が流れ込んできた。

 ラテの念話とよく似ているけれど、彼ではない。必死ともいえる悲痛さで、助けを求めている。


「待って!」


 私は大声を張り上げた。漁師たちが何事かと振り返り、クラウスは足を止めた。


「その子を攻撃しないで! 何か話があるみたいなの」


「はぁ!? クラーケンが話を? そんなバカなことが……」


『ないとは言えんな。吾輩とて魔獣だが、人間と会話ができる』


 叫びかけたバーバラを、ラテが制する。バーバラは「確かに」と呟いて、漁師たちに号令をかけた。


「銛を引っ込めろ! まずはシスターが話をする!」


 漁師たちは戸惑いながらも、銛を取り下げて私に道を譲ってくれた。

 私は埠頭の先端まで走った。クラウスとラテがついてくる。


「クラーケン。また会えたわね。何か伝えたいことがあるんでしょう?」


 話しかければ、倉庫の中の魔力が動いた。時間が停止しているはずの倉庫で、クラーケンの足の魔力が本体と共鳴を起こしている。


『よかった。声、届いた』


 聞こえてきたのは、意外なほどに幼くて純真な声だった。もしかしたら彼は、個体として相当に若いのかもしれない。

 若いのにこの巨大さなら、成体はどのくらいだよという話だが。


「……この前はごめんね。足、切り落としちゃって」


 私が言うと、クラーケンはゆらゆらと足を動かした。


『いい。すぐ生えてくるから、平気。それよりも……』


 クラーケンが足の一本を持ち上げる。吸盤に握り込むようにして、何か光るものがあった。

 彼はそれを慎重に、埠頭の地面に置いた。

 青白く光るこぶし大のものだった。ゼリー状でぷるぷるとしている。


「これは……?」


 私は地面に膝をついて、それをよく見てみた。

 透き通ったゼリー状の中に、無数の小さな光が輝いている。

 おそるおそる手を伸ばす。そして、それに触れた瞬間。


 ぶわっと視界が切り替わった。

 ここ何日かの夢で見たような、真っ暗な風景が目の前に広がっている。


『これは、命の結晶。深海に棲むワタシの大事な仲間』


 クラーケンの声が聞こえてくる。

 真っ暗な風景の中に光が瞬いている。とても小さな光が。

 その光に導かれるように周囲を見渡して、私は絶句した。


 そこは海の底だった。

 それも日の光すら届かないような、深い深い海の底。

 不思議な姿の深海魚たちが泳いでいる。暗くて音のない世界の中、生命たちが息づいている。

 少し大きな光があると思えば、それはチョウチンアンコウだった。光に釣られた小魚が寄ってくると、ぱくり。目にも留まらぬ速さで食べてしまう。


 けれどそんな深海の世界にも、異変が起きていた。

 あの水銀のヘドロが海面から沈んできて、毒を撒き散らしているのだ。

 毒が広がっていく。深海魚たちが苦しみ始める。


 しかし、ここで一つの奇跡が起きた。

 ヘドロの毒がさらに広がりかけた時、数え切れないほどの小さな光が集まって、毒を取り囲んだのだ。あのゼリーの中の光と同じものが、非常にたくさん集まっている。

 するとヘドロは徐々に溶け出して、やがて深海の透明な水に変わっていった。


(浄化されている?)


 深海のあちこちで光が瞬いては、毒の広がりを抑えている。

 だが、毒の量が多すぎる。光が浄化する以上の量が降り注いでくる。じわじわと毒が広がっている。


『あの光は、小さな命の光。彼らは毒を浄化してくれる。でももう、追いつかない』


 クラーケンの悲しげな声が響いた。


『だから毒を止めて。命の光のタネを君たちにあげる。毒を止めたら、その子たちの力で浅い海を助けてあげて』


「小さな命の光。この光は生きているのね?」


『そう。砂粒よりも小さいけれど、生きている。この子たちが増えれば、きっとみんな助かる。でもワタシたちには、もう時間がない』


 クラーケンの訴えに、私の胸は締め付けられた。

 彼はとても賢い魔獣だ。汚染源がそもそも人間だと気づいていると思う。

 それなのに同じ人間を信じて、命の種を――恐らくは水銀の浄化能力を持つプランクトンを託しに来てくれた。


『船を壊してごめんね。必死でしがみついたら、壊れちゃった』


 クラーケンはどこかしょんぼりとして言った。


『ワタシの足をあんなに美味しそうに食べているのを見て、アナタは悪い生き物じゃないと思った。だから、信じてみようと思った。……お願い。毒を止めて、海を助けて!』


「分かったわ。任せなさい!」


 私は言った。ぐっと胸をそらして。


「元はと言えば人間の不始末。同じ人間として、きっちり後始末をするわ。待っていてね」


『うん。ありがとう!』


 さあっと音を立てて視界が晴れていく。

 深海の闇は遠ざかり、地上の陽光が戻って来る。

 気がつけば私は元通り、港の埠頭に膝をついていた。


 クラーケンは、最後に手を振るように触手を動かして海に潜る。

 私も手を振り返した。

 巨大な影は水面から遠ざかり、ゆるやかな波だけを残してやがて見えなくなった。


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