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神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第6章

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93:水銀の使い道

「水銀……。何に使うのかしら」


 私が呟くと、アルフォンスが難しい顔をした。


「いくつか考えられるが、川の水の汚染を見るに、可能性が高いのは金属精製だろう」


「精製ですか?」


「うん。金や銀などの金属と水銀を混ぜて合金を作り、その後に水銀だけ蒸発させて元の金属を取り出す手法だ。錬金術で研究されていて、我が国の鉱山で実用化されている」


 そんな方法があるのか。

 いや待て、そういや前世で歴史の授業の時に豆知識で聞いたような覚えがある。水銀アマルガム法だったっけ?


「でも水銀は毒性の強い金属ですよね。多用してその後の処理はどうしてるんです?」


 前世でも水銀公害は深刻だった。この科学レベルの低い中世世界で大丈夫なのか?

 アルフォンスは眉を曇らせた。


「私も錬金術はそこまで詳しくないが、水銀の完全な無毒化は未だできていないはずだ。他の化合物と混ぜ合わせて固め、地中に埋めるのだとか」


 それは、根本的な解決になっていない。とりあえずの処置をしただけだ。

 だが、そのとりあえずの処置すらしないで垂れ流せば……。


 私の脳裏に、生き物が死に絶えた河口の風景が蘇った。

 見渡す限りの死。

 微生物までも根こそぎ命を奪われた、誰もいない、何もない風景。


「バーバラさん。川の上流に鉱山があるんですか?」


 私は聞くが、バーバラは首を横に振った。


「さあ、聞いたことがない」


「アルフォンスも知らない? 国で管理している鉱山じゃないの?」


「分からない。少なくとも公式に登録されたものではない可能性が高い」


「アマンダ婆さんなら何か知ってるかも」


 バーバラが言ったので、みんなそちらを見た。


「この港町で一番長生きしている婆さんだよ。もう百歳超えてるんじゃないか? 体は弱って歩けないが、頭はしゃっきりしてる」


「じゃあ、その人に話を聞きにいきましょう」


「あー、話してくれるかなぁ。婆さんは気難しいから」


 バーバラは困ったように頭を掻いた。


「でも、何か手がかりが得られるなら行ってみないと」


「そうだな。でも、もう夜だ。年寄りは早寝早起きだから、明日の朝に訪ねようぜ。案内するよ」


 みんな頷く。


「フィン、あなたはこの暗号の帳簿を解読して、数字をまとめておいてくれるかな? 水銀をどこでどれだけ買ったのか、代官の行動の裏付けになるから」


 私が言うと、フィンは張り切って手を挙げた。


「うん、ぼく、やるよ! まかせて」


 目がキラキラしている。頼られて嬉しいのと、大好きな計算がいっぱいできるので楽しみのようだ。


 その日の夜は、宿屋の食堂の料理を楽しんだ。

 ミアが食べられる魚を取り分けておいてくれたので、食堂の料理人がシーフード料理を作ってくれたのだ。

 地元シートンマスの料理に加えて、昨日の残りのタコのやわらか煮も一緒に食べる。

 料理は作るのも楽しいけれど、こうして誰かが作ってくれたものもいいね。


 こうしてたらふく海の幸を味わい、私たちはそれぞれの部屋で眠りについた。





 夢を見ている。

 河口から流れ込んだヘドロの毒が、海の深い部分まで汚染していく。


 深海の底に棲む『彼』も、毒に侵されて苦痛の声を上げた。

 周りにいる海の仲間たちもみんな苦しそうだ。このままでは死んでしまうかもしれない。


『苦しい、苦しい。お願い。毒を止めて……!』


 大きな体の『彼』が、たまらずに海面まで上がっていった。

 行き先の向こう、海の表面に何かが浮いている。あれは人間たちの漁船だ。

『彼』はわらにもすがる思いで、その船に近づいていった――。





 窓から差し込む朝日が目に入って、私は目が覚めた。

 今日の夢もはっきりと覚えている。その前よりも鮮明にヴィジョンが見えた。


 倉庫の中には魔力に満ちたクラーケンの足。

 昨日も食べたタコの柔らか煮。

 そのどちらもが私と『彼』の結び付きを強めている、ような気がする。


「でも、私からの呼びかけは聞こえていないっぽいんだよなぁ」


 ため息一つ。

 まあ、この件は今のところどうしようもない。

 それよりも今日は港町の長老に話を聞きに行かないと。


 身支度を整え、フィンとミア、ラテと一緒に食堂へ行った。

 昨日と同じく男性陣は先に来ている。

 バーバラもいた。


「朝飯食ったら、アマンダ婆さんのところへ行くぞ」


「はい」


 パンとチーズの朝食を手早く済ませて、私たちは宿を出た。

 アマンダは小さなアパートに住んでいるという。あまり大勢で押しかけるわけにはいかない。

 私とバーバラ、ラテ、ギルだけで向かうことにした。


「おっと、花屋さんがあるね」


 道中、ギルは花屋を見かけて足を止めた。

 店員の娘さんに愛想よく笑いかけながら、花を選んでいる。


「バーバラ。アマンダさんという人は、何色が好きかな?」


「あ? 知らねえよそんなもん」


「よく着ている服の色とか、知らないかい?」


「そういや赤をよく着ているな」


「よし。それじゃあ赤い花の花束を作ってもらおう。手土産にね」


「マメだなぁ」


 バーバラが感心したような呆れたような顔をしている。


「アマンダさんという人は、百歳超えのおばあちゃんでしょう? 花束をプレゼントするの?」


「ルシル、何を言うのかな。年齢は関係ないよ。女性なんだから、きれいな花は好きだと思うけど?」


 いやー、それはテンプレすぎじゃないですかね?

 夫婦喧嘩の後に旦那が安易にケーキと花束買っちゃうケースじゃないですかね?


 とはいえ、初対面の人の家を訪問するのだから、手土産はあった方がいい。

 赤いバラに白いカスミソウの小さな花束をつくってもらった。このくらいの大きさなら、そのまま花瓶に活けても邪魔にならないだろう。


 私たちは花束を手に街路を歩き、こじんまりとしたアパートの前で立ち止まった。

 古びているけれどきちんと手入れされた、四階建ての建物だ。

 バーバラは中の階段を登り、二階の一室のドアを叩いた。


「おーい、アマンダ婆さん。いるかい? バーバラだ、ドアを開けてくれ」


「バーバラ? 珍しい奴が来たもんだ」


 中から声がした。ほどなくドアが開く。

 ドアを開けたのは五十歳くらいの女性で、奥のリビングのソファに老婆が座っていた。あれがアマンダだろう。

 五十歳の中年女性は老婆と面影が似ている。娘、いや年齢的に孫かな?


「なんだい、バーバラ。よそ者連れてんのかい」


 アマンダは私たちを見てシワだらけの顔をしかめた。気難しいという評判は本当だったようだ。


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