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神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第6章

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88:戦いのあとで

「す、すげえ」


「伝説の魔物を一撃で……」


 バーバラと漁師たちが呆然としている。


「ルシル、ラテ。怪我はないか」


 クラウスが振り返る。


「は、はい。大丈夫です」


 心臓はまだバクバク言っているが、やっと片付いたのだと実感できた。

 というかこの人、やっぱり規格外に強い。いつものド天然とのギャップがすごい。

 なおラテは激しい揺れにノックアウトされたようで、甲板の隅にうずくまっていた。


「しかし妙だな。あれだけの力を持つ魔物の割に、攻撃がぬるかった」


 クラウスが首を傾げる。


「ぬるいだと!? あたしの船はボロボロだ。マストも折れたぞ!」


 バーバラが食って掛かるが、クラウスは肩をすくめるだけだ。

 私は改めて海を見つめた。墨が徐々に薄まっていく海面に、ふと。あの大きな魔物の目が見えた気がした。


 殺意に満ちた凶暴さというよりも、どこか悲しげな様子。

 船を攻撃したのも、本気であれば一撃で沈められただろうに、どうしてだろう?


 何気なく横を見ると、甲板には戦利品が残されていた。切り落とされたクラーケンの足である。

 太さだけで私の胴体の何倍もある。吸盤も一つが私の顔くらいの大きさだ。長さにいたっては十メートルはあって、まだウネウネと動いていた。


「でっかいなぁ」


 漁師たちが怖がって遠巻きにする中、私はぺちぺちとタコ足を叩いてみた。弾力があって実に瑞々しい。新鮮そのものだ。

 形といい手触りといい、タコそのものである。魔物だけどタコだ、これ。


 私の頭の中にタコのレシピが流れていった。

 タコ飯、お刺身、タコの唐揚げ、カルパッチョ! タコライスは、タコ入ってなかったっけ。


「ねえ、これ」


 私が満面の笑みで振り返ると、バーバラたちはビクッとした。


「せっかくだから、持って帰りましょう」


「はい? 何言ってんだ、あんた?」


「もちろん食べるんですよ! これだけあれば何人分だろう? 今日はタコパーティですね! うふふふふふ」


 ドン引きしている漁師たちを尻目に、私の心はタコ三昧パーティに飛んでいく。


「格納!」


 タコ足に手をかざして念じれば、倉庫にヒュンと格納された。


「おぉ?」


 今までの食材と違い、強大な魔物の魔力がたっぷりと含まれているタコ足は、倉庫の時間停止の中でもなお魔力を放っている。

 湖の巨大シジミは本体を仕留めてから格納した。今回のタコ足は本体がまだ生きている。その違いかもしれない。

 まあ、時間停止はきっちり発動している。新鮮なまま港に持ち帰って、タコパと洒落込もうではないか。





 マストが折れてしまったので、もう帆は張れない。手漕ぎで船を港まで戻すことにした。

 クラウスも漕ぎ手に参加している。


「しっかしあんた、強えな! クラーケンが襲ってきた時は、死ぬのを覚悟したが。見事なもんだ!」


 オールを漕ぎながらバーバラが笑いかけると、彼は首を振った。


「お前も大したものだ。その膂力りょりょく、『能力』だろう? 技術を磨けば一流の戦士になれるぞ」


 この世界には個人が持つ特別な能力がある。私の絶対倉庫とか、ナタリーの小治癒がそうだ。

 バーバラの馬鹿力は能力だったらしい。


「ハハッ、おだてるなよ。あたしはこのままでいいのさ。頑丈な体があれば、みんなを守ってやれる。喧嘩が強い以上の力は必要ない。あたしが戦うのは海の魚や魔物だ。それ以上強くなる必要がないんでね」


 笑いながらオールを漕ぐ彼女の体は、見事に筋肉が盛り上がっている。

 その背中や肩口にいくつもの傷跡を見つけて、私の心は痛んだ。


「バーバラさん、ここの細い傷。代官に鞭打たれた傷ですよね?」


「あん?」


 ところがバーバラはきょとんとした。


「ちげーよ。あんな細っこい鞭であたしの体に傷がつくわけないだろ。その肩の傷は、一角カジキと格闘した時のものだ。で、こっちはノコギリザメ」


 脇腹のぎざぎざの傷を指さしている。


「どいつもきっちり勝って、釣り上げてやったがな!」


「クラーケンでも出ない限り、お頭は海じゃ無敵でよ」


 漁師たちも楽しそうに笑っている。


「おうよ、傷は海の女と男の勲章だぜ。……その力も、代官の野郎には通じないが」


 バーバラが目を伏せる。漁師たちのリーダーとして、みんなを守れなかったのを悔いているんだろう。


「大丈夫ですよ、バーバラさん。これから調査を進めて、代官の悪事を暴いてやりましょう。捕まっていた人たちも解放しなきゃ。海の異変は、まだ何とも言えないけれど……もっと調べれば、何か糸口が掴めるはずです」


「……ありがとよ、シスター。恩に着るぜ」


 強がりかもしれない。でもバーバラはまた顔を上げて、笑顔を見せてくれた。

 話しながらも船は進み、港まで戻って来ることができた。

 出迎えた漁師たちがボロボロの船を見て絶句している。


「お頭、何があったんで?」


 呆然とする漁師たちに、バーバラはニヤリと笑って答えた。


「クラーケンが出た」


「はぁ!? あの伝説の深海魔物ですかい? そんな馬鹿な……」


「これが証拠ですよ!」


 どどん!

 一度は倉庫に格納していたタコ足を、港の埠頭に出す。

 タコ足はまだ元気にウネウネうねっていた。


「ひえっ!」


 漁師たちが腰を抜かす。同じく出迎えに来ていたフィンとミアは、おっかなびっくりタコをつついていた。


「こんなもの持って帰ってきて、どうすんだ! 海に帰さないと、祟りがあるぞ!」


「そうだ、そうだ! 今からでも捨てて来い!」


 元気いっぱいにウネウネする巨大タコ足は、確かにちょっと不気味かもしれない。

 クラーケンは伝説上では、船を一撃で砕いて沈める恐ろしい魔物らしいし。

 でもね。


「捨てるなんてとんでもない。これは天からの、いえ、海からの贈り物です!」


 私はタコ足の前に立って、きっぱりと言いきった。


「でっかいだけで、どう見てもタコ足です。魔物であってもタコはタコ。美味しく食べて供養してあげるのが、人の道ってものです」


 どうよ、シスターが言えば説得力あるでしょ。

 まぁ供養といってもクラーケンはまだ死んでないけど。

 私はドヤ顔をしたが、周囲の反応は鈍かった。


「ルシルよぉ。あんたの言い分は信じたいが、銛を跳ね返すような魔物だぞ。本当に食えるのか?」


 バーバラがウネウネするタコ足を疑問の目で見ている。

 確かに、魔物の肉は固いものが多い。特にタコは全身が筋肉の塊。これだけの巨大な足は、そのままじゃ固くて食べられないだろう。


「ふふん。私を誰だと思っているんですか。固くて有名なロックリザードの肉を柔らかくする達人、割れ鍋亭と旅するキッチンのオーナー、シスター・ルシルですよ!」


「お、おぉ?」


「これから私の特別な調理法で、このタコをとろけるように柔らかくしてみせます」


 私は腕まくりして、倉庫からあるものを取り出した。

 白くてすらりと長いシルエット。青々とした葉っぱ。――大根だった。


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