86:味噌汁作戦会議
バーバラは首を傾げながら味噌汁を飲み、ブハッと噴き出した。
うぉぅ、汚い!
「はぁ!? そこの兄ちゃんが王子様だって? 冗談も休み休み言えよ、おい」
「声が大きい。代官の手の者に聞かれたくないんだ、小さい声で言ってくれ」
バーバラはアルフォンスの言い分を無視して、私に聞いてきた。
「おい、シスター。本当なのか?」
「ええ、残念ながら」
「ルシル、残念ながらとはどういう意味かな」
アルフォンスの笑顔がちょっと怖い。キラキラしているくせに微妙に黒いオーラを出すという器用な真似をやっている。
いや、だって、めんどくさいじゃない。私だって王子様を連れて食材買付の旅に来たくなかったのよ。
「色々気を使って大変だから、という意味ですよ」
「気など使わなくていいと言ったのに」
ここでひょいとギルが口を挟んできた。
「このお方が王子殿下なのは本当だよ。で、僕たちが食材仕入れに来たのも本当。王子殿下とはちょっとご縁があってね、お忍びで旅行気分を味わう予定だったんだよ」
ここでバーバラにウィンクを飛ばす。
「それに、美人さんが困っているのを放っておけるわけがないだろ?」
「はぁ!?」
バーバラはちょっとのけぞった。頬が赤い。
「誰だよ、美人って!」
「もちろんバーバラさんだよ。背が高くて力強くて、実に美しい。惚れ惚れしたね」
「ば……馬鹿野郎!!」
ばちこーん!
バーバラの張り手が炸裂して、ギルは吹っ飛んだ。
漁師たちがヒソヒソしている。
「あの兄ちゃん、怖い物知らずだな」
「頭のネジが飛んでるんじゃねえの。お頭を口説こうとか」
「き……君たち、それは言いすぎだろ。バーバラさんは美しい。これは真実だ!」
吹き飛んだ先でヨレヨレのギルが宣言して、バーバラは顔を真っ赤にした。
まぁ別に口説いているわけではないと思う。ギルはいつもあんな感じだ。レディファーストもここまで徹底するなら、見上げた根性である。
「彼のことはともかく。まさかシートンマスがこのような状態だったとは」
アルフォンスはギルの言動を華麗にスルーして、頭を振った。
「シートンマスの代官バルダスは、私の知る限り、宰相の派閥の役人だ。兄上と宰相は食料ギルドで集めた金を使って、各地の役人を買収している。自分たちの基盤を固め、国政を牛耳るために」
「バルダスが買収されたかどうかは知らねえよ。あいつは昔から悪どかった。態度が悪化したのは、確かに最近だがな」
バーバラが舌打ちする。
私は考えながら言う。
「海が変になってしまったのも、割と最近ですか?」
「そうだな。二、三ヶ月ってとこか」
「何か関係があるんでしょうか……」
「分からん。だいたい、どうして海がこんなことになっちまったのか、分からねえんだ」
「じゃあやっぱり、調査ですね。海の異変の原因を調べるのと、あとは代官に捕まった人がどうなっているか」
私が言えば、アルフォンスは頷いた。
「ああ。代官の不正を裁くにも、しっかりとした証拠を揃える必要がある。今、私が身分を明かして介入しても、言い逃れをされてしまっては意味がない」
「あんたら……」
バーバラが言葉を詰まらせた。
先ほどまでの怒りと憎しみの光はもう消えて、かすかな希望を追う瞳になっている。
「ありがたい……。さっきまでの無礼を許してくれるだけじゃなく、力を貸してくれるなんて。あたしらにできることなら、何でもする。何でも言ってくれ!」
いつの間にか、周囲には漁師たちが集まっていた。口々に言う。
「ありがとう、シスター、王子さん。俺らも何でもやるぜ」
「俺もだ!」
「シスターの鍋を食ったからな。力が出るぜ!」
つい先ほどまでのおどおどとした態度は、すっかり消えている。力強い海の男たちがそこにいた。
私はパンと手を打ち合わせた。
「よーしそれじゃあ、食べながら作戦会議といきましょう。海の異変の原因を見つけて、元通りにできるように。横暴な代官をとっちめて、捕まっていた人々が帰ってくるように。力を尽くします!」
今の段階じゃ「できる」と断言はできない。特に海の異変は未知数だから。
それは漁師たちも分かっているのだろう、それでも頷いてくれた。
「ああ、まずはやらないことには、始まらないからな」
「一歩前進ってやつだ」
みんなで鍋を囲んで、これからの方針を話し合った。
◇
味噌汁作戦会議にて、方針が決まった。
一つ。海の調査と代官の調査は、同時並行で行う。
二つ。海の調査はバーバラと私、ラテ、クラウスがメイン。
三つ。代官の調査は、アルフォンス(と護衛の人)とギルがメインになる。どちらも漁師たちはサポート役だ。
役割が与えられなかったフィンとミアは、不満顔である。
けれども危険が伴う調査に、子供たちを巻き込むわけにはいかない。
「ミアは、食べられるお魚を見分けて取っておいて。また料理するからね。フィンは、そのうち代官の帳簿なんかをゲットできたら確認をお願いするわ」
そう言い聞かせて、港町で留守番を頼んだ。
宿屋に受け入れてもらえたので、そこを拠点にする。港町の人々と、乗ってきた馬車の御者が双子の面倒を見てくれることになった。
といってもあの子たちはしっかり者なので、特に手がかかることはないだろう。
「それじゃあ、行ってくるね!」
味噌汁作戦会議の夜から明けて、翌朝。
私は港に立っていた。
目の前にはバーバラの漁船がある。他の漁師の船よりも一回り大きい、立派な船だ。
『どうして吾輩が海に出なければならんのだ……』
ラテはまだ、ぶちぶちと文句を言っている。
「仕方ないでしょ。ミアを連れていけない以上、ラテの微生物への感覚が頼りなんだから」
海の毒は微生物(プランクトン?)をも蝕んでいる。となれば、プランクトンの命の力を感じ取れば、毒の原因や源流が分かるかもしれない。
「ラテ。心細ければ、俺が抱っこしてやろう」
クラウスは通常運転だ。ラテは背中の毛を逆立てた。
『いらんわ。心細いわけがあるか。揺れるのと水が嫌いなだけだ!』
しょんぼりしたクラウスを尻目に、ラテと私は船に乗り込んだ。
漁船としては大きいとはいえ、前世の大きな船とは比べ物にならない。木製の甲板がゆらゆらと揺れている。ラテは落ち着かない顔になった。
「全員乗ったか? 出発するぞ!」
バーバラが声を張り上げる。
「もやい綱を解け。漕ぎ手、用意! 沖まで出る!」
彼女自身もオールを手にして、漁師たちを力を合わせて漕ぎ始めた。
「ルシルー! 気をつけて行ってきてねー!」
埠頭でフィンとミアが手を振ってくれたので、振り返した。
漁船はだんだん加速して、港町が離れていく。
船の後には白い波の軌跡。目の前に広がるのは青い空と濁った色の海。
私たちの海の冒険が始まった。
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