84:港町の裏事情
味噌が溶けていくと、具沢山のお味噌汁の良い匂いが漂った。折から潮風が吹いて、町の方へと広がっていく。
魚の旨味がたっぷり溶け出して、味噌のコクのある味と調和している。
「名付けて『特製・漁師鍋風お味噌汁』、完成!」
「わーっ!」
フィンとミアが手を叩いた。
と。
「いい匂いがする……」
「お魚と、何の匂いだろ?」
「おなかすいた。おいしそう」
見ればいつの間にか、町の子供たちが集まってきていた。
みんな貧しい身なりで、継ぎ当てだらけの服を着ている。痩せている子が多い。この町の漁師や平民の子供たちだろう。
彼らは湯気の立つ鍋をじっと見つめて、ごくりと喉を鳴らした。
私はにぱっと笑って、彼らを手招きした。
「みんなおいで! 美味しいスープがあるよ!」
「食べていいの?」
「もちろん。みんなで食べるために、たくさん作ったんだもの」
「わあい!」
子供たちが目を輝かせて、駆け寄ってくる。
ところが。
「待ちな!!」
鋭い叫び声が響いた。声のした方を見ると、漁師たちが血相を変えて走ってくる。
「よそ者から食い物をもらうなんぞ、罠に決まってるだろ!」
「きっと毒が入っている! 殺されるぞ!」
親たちは子供の腕を掴んで、自分たちの方へ引き寄せた。親の剣幕に驚いて、子供たちが泣き出す。
いや、なにこれ。
よそ者が警戒されてるのは知ってたけど、殺されるまで言う? ただの炊き出しですが?
私が戸惑っていると、漁師たちを押しのけて人影が現れた。
「テメェら、まだこの町にいやがったのか!? 勝手をするな!」
昼間の女性――漁師組合長のバーバラが、烈火のような怒りを両目に灯して立っていた。
改めて見ると、やっぱり迫力のある人だ。女性ながらに身長は百八十センチを超えているだろう。
かまどの火とランプの明かりに照らされて、筋肉の陰影がしっかり見える。無造作に束ねた紅色の髪が、炎のように揺れていた。
彼女は味噌汁で満たされた大鍋を睨みつけた。
「今度は毒入りスープで、ガキどもを殺そうってか!? させるかよ、この外道が!!」
バーバラは吠えるように叫ぶと、長い脚を振り上げた。鍋を蹴り倒す気らしい。
待て待て待て! そんなことしたら、あんたが火傷するよ!
しかし私が止める間もなく、蹴りは鋭い動きで振り下ろされた。ぶちまけられる味噌汁と火傷する彼女が脳裏に浮かんで、思わずぎゅっと目を閉じる。
ガキン、と鈍い音が響いた。
おそるおそる目を開いてみると、そこにはバーバラの蹴りを剣の鞘で受け止めるクラウスがいた。
「あいつ、お頭の蹴りを止めたぞ……」
「ありえねえだろ、何者だよ」
漁師たちがざわめいている。
クラウスは眉をしかめた。
「馬鹿力だな、大女。料理を粗末にするな」
「あぁ!? 邪魔すんじゃねえ!」
押し返されたバーバラは、たたらを踏んだ。相変わらず怒りの形相だが、少し気勢を削がれたようだ。
よし、今だ!
「ちょっと待って! 毒入りとか殺されるとか、何の話ですか。私たちはただの料理人ですよ。今日、このシートンマスの町にやって来たばかりで、わけが分かりません!」
私は必死の思いでバーバラの前に立った。この人の蹴りをまともに受ければ、私なんか吹っ飛びそうだけど。それでも話をしないことには始まらない。
フィンとミアが飛び出してきて、私を守るように二人で立った。
「ルシルはいい人だよ! 王都でいっぱい人を助けてきたもん!」
「ルシルの料理はおいしいよ! 食べてみればいいんだよ!」
「……チッ」
バーバラが舌打ちして少し下がる。さしもの彼女も小さな子供相手に暴力を振るう気はないようだ。
「事情を聞かせてください。どうしてここまで、よそ者を敵視するんですか」
私が重ねて問うと、漁師たちがざわざわと声を上げた。
「お頭、どうします」
「話してみますか……?」
バーバラは迷うように視線をさまよわせた。私、フィンとミア、大鍋を順に見る。
そうしてしばし、射殺しそうな目で私を睨みつけた。
「あたしたちはただ、王都に助けを求めようとしただけだ」
「え?」
「少し前の話だ。海がおかしくなって、魚が獲れなくなった。それなのに代官の野郎は、変わらず税を取り立てようとしやがる! だから王都の王様に嘆願書を出して、税の免除を頼むつもりだった」
彼女は背後の漁師たちを振り返った。誰もが不安そうに私たちを見ている。
「そんな時、王都の商人を名乗る奴がシートンマスの町に来た。帰るついでに嘆願書を届けてやると言ってな。あたしたちは信じ切って、嘆願書を渡した。ところがそいつは、代官の手先だったんだよ!」
バーバラの瞳に再び怒りが灯った。
「嘆願書は握りつぶされ、仲間たちが『役人への反逆罪』で何人も捕まった。あたしもそうさ。そこの広場でこっぴどく鞭打ち刑にされた! でも、あたしはいいんだ。こうして帰ってこれたからな。捕まった仲間たちの中には、今でも帰ってこない奴がいる。代官を問い詰めようにも、人質を取られているようなもんだ。どれだけ無茶を言われても、従うしかない!」
「そんな……」
よく見ればバーバラの肩口には傷跡がある。細くて長い傷だ。あれは鞭打ちの跡だったのか。
「これがよそ者を嫌う理由だ。分かったか? あんたらは別に、代官の手先じゃないのかもしれない。だが、そんなの証明できないだろ! もう関わりたくねえんだよ!」
バーバラは吐き捨てるように言った。拳がぎりぎりと音を立てそうに強く握りしめられている。
そういうことだったのか。バーバラはリーダーとして、漁師と町の人々を守らないといけない。素性のはっきりしない私たちを信じるわけにはいかず、追い払うしか選択肢がなかったのだ。




