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神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第6章

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82:海の毒

「待つんだ、王子様」


 ギルが小声で制した。アルフォンスは振り返らずに答える。


「あれを見過ごせと言うのか?」


「今、王子様が出ても、話がうやむやになるだけだ。まずは何が起きているのか、把握しないといけない。状況が分からないまま首を突っ込めば、漁師たちの立場が悪くなるかもしれないだろ」


 ギルは冷静だった。ここでアルフォンスが身分を明かしても、役人たちは都合のいいことしか言わないだろう。騒ぎの責任を漁師たちに押し付けるかもしれない。

 アルフォンスも察したらしい。ぐっと奥歯を噛んで引き下がった。


 役人たちは漁の網を船から引き剥がし、さらに他の漁師たちから有り金を巻き上げて去っていった。


「これが今のシートンマスだよ」


 バーバラが吐き捨てるように言う。


「港町、漁港なんざ名ばかりだ。魚はいねえ、金もねえ、前みたいな活気は消えた。あるのは濁った海と、腐った代官だけだ。てめぇらに構ってる余裕はないんだよ。さっさと消えな!」


「……」


 答える言葉が見つからない。

 私たちは追い立てられるように、市場を後にした。





 港の隅の、人気の少ない防波堤。私たちはそこに集まっていた。

 潮風は相変わらず生臭さい。どこか甘ったるいような、吐き気をもよおす臭いだ。すぐそばに見える海は鉛色に濁っている。


「ひどい話だね。あんな横暴が許されているなんて」


 ギルがため息をついた。

 アルフォンスは無言で海を睨んでいる。

 私も先ほどの出来事が目に焼き付いて離れない。どうしてあんなことになってしまったのか。


「ルシル」


 ミアが私の修道服の裾を引っ張った。ずっと鼻をつまんでいるから、鼻声だ。


「くさいよ」


「うん、臭いね。生臭くて……ヘドロかな、これ」


「ううん、ちがう」


 ミアは眉をぎゅっと寄せて首を振った。


「くさったにおいじゃない。なんか、薬っぽい? ピリピリしたにおいがする」


「薬っぽい?」


 海を覗き込んでみるが、悪臭がするだけだ。私には違いがよく分からない。

 ラテがひょいと横にやってきて、ヒクヒクと鼻を動かした。


『……ふむ。ミアの言う通りかもしれん』


 ラテの背中の毛が少し立っている。


『何らかの毒だな、これは。魚だけではない。海の中に住む微細な命たちが、悲鳴を上げている』


「毒!? 誰かが海に毒を撒いたっていうの?」


 この広い海に、それも漁師たちの口ぶりでは魚が獲れなくなるほどの範囲に毒を撒くなんて。

 単なる不漁や天候不順などではなかったのか。

 でも、誰が何のためにやっているの? 海が死んでしまえば漁師たちはもちろん、あの悪どい役人たちだって困るだろうに。


「何が起きているのか、調べないと」


 シーフードラーメンどころではなくなってきた。港町の存亡に関わる。

 いやそもそもの話、海と港町が健やかでなければシーフードラーメンが作れない。どっちも大事だ。

 しかしあの頑なな様子の漁師たちが、素直に事情を教えてくれるだろうか。


「とにかく、今日は宿を探さないか。そろそろ日が落ちる」


「そうですね」


 クラウスの言葉に、私たちは市街地へ戻った。

 だが。


「悪いが満室だ」


「今は臨時休業中でして」


 いくつかの宿を訪ねても、全て断られてしまった。人通りの少ない中、部屋が埋まっているとは思えない。

 たぶん、さっきの市場での騒ぎの話が回っているのだろう。私たちは漁師組合と喧嘩寸前だったよそ者。関わりたくないと顔に書いてある。


 そうしているうちに、夕暮れ時になってしまった。茜色の空と長く伸びる影が、今は何だか不安になる。


「野宿か? 馬車があるから、問題はないだろう」


 クラウスが肩をすくめた。

 冒険者である彼はどうということもないだろうが、今はフィンとミアがいる。夏とはいえ幌馬車で寝泊まりしたら、風邪を引いてしまうかもしれない。

 それにお腹が空いてきた。新鮮な魚介をたっぷり食べるつもりだったのに、夕食抜きで馬車に泊まるなんて悲しすぎる!


「……いいえ」


 私は顔を上げた。

 予想外? 上等じゃない。

 私は料理人。ご飯がないなら、作るまでよ!


「みんな、市場に戻るわよ」


「え? 今から?」


 ギルが目を見開く。私はニヤリと笑った。


「だってお腹空いたでしょ? 宿はどこも断られたし、食堂もクローズしてる。だったら私が作ればいい!」


 みんなの顔をぐるっと見渡す。


「それに、あんなに困っている漁師さんたちを見て、黙って帰るなんてできないよね?」


 私の心に火がついた。

 美味しいもので、みんなを笑顔にする。それは前世も今生も変わらない、私の目標だったはずだ。


「どうせ野宿するなら、楽しくやっちゃいましょう! 野宿宴会をやって、あの頑固な漁師さんたちを笑顔にするのよ!」


 私が両手を広げると、フィンとミアがぱあっと笑顔になった。


「さんせい!」


「ぼく、おなかすいた!」


『ふん。まあ、品揃えはしょぼかったが、探せば食える魚もあるだろう』


 ラテが口ではそんな事を言いながら、尻尾を嬉しそうに揺らしている。

 クラウスとアルフォンス、護衛の人も頷いてくれた。


 そうして夕暮れの中を早速、市場に向かって歩き始めた。

 問題は山積みだけど、港町での仕入れ大作戦はまだ始まったばかり。腕の見せ所はこれからだ。


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