46:食料ギルドと
【三人称視点】
警備隊の問題が解決してほどなくのこと。
夜の修道院の裏口に、何人かの人間が集まっていた。
一人は修道院長のヴェロニカ。偉そうに腕を組んで胸をそらしている。
他には男が数人。食料ギルドに属する者たちだった。
「この前、さる貴族の方から食材の寄付がありましたの。肉や野菜、果物です。肉は氷の魔法で凍らせてありますが、他はそのままですから、早めに持ってお行きなさい」
ヴェロニカの言葉に、男たちは頭を下げた。
「はい。それでは、こちらの食材を売りさばいた代金は、いつも通りあのお方に納めておきます」
「ええ、頼みましたよ」
「それから、これは院長様へのお礼でございます」
食料ギルドの男が差し出した包みを受け取って、開ける。中にはそれなりの金額の金貨が入っていた。
ヴェロニカはにんまりと笑った。
「あらあら、まあまあ。あたくしはあくまであのお方のお役に立ちたくて、立ち回っているだけですのに」
「とんでもない。院長様のお力添えあってのことだと、我々も理解しております」
「よい心がけですこと」
男たちは一人を残して、食材が入っている倉庫へと向かった。
残された一人に向かい、ヴェロニカは言う。
「最近の食料ギルドの収支はいかがかしら? あのお方の大望を果たすためには、お金はいくらあっても足りませんものね。できる限りお金を集めて、お渡ししなければ」
「……それが」
食料ギルドの男は顔を曇らせた。
「警備隊の携帯食の納品が、我がギルド子飼いの店のパン屋から、得体のしれない新参者に奪われてしまいました」
「なんですって!? 携帯食は需要が必ず発生する、おいしい商売だったでしょう。それがどうして、新参者なんかに!」
ヴェロニカは思わず声を上げる。
「警備隊大隊長の奏上を、国王陛下が目に止めたそうです。その、例の新参者の携帯食を試食までされて、採用を決定されたとか」
「……っ」
国王の言葉であるならば、誰も異議は唱えられない。そもそも、今までの携帯食が劣悪だったのは事実だ。
ヴェロニカは内心で歯噛みした。
(どうして急に、陛下が口出しを。誰か余計なことを吹き込んだ人間がいるわね)
食料ギルドは、彼女の属する派閥――王太子である第一王子と宰相の経済基盤を支える大事なパーツだ。
このアステリア王国の食文化は貧しいが、人間である以上は食べ物を食べないと生きていけない。その食料を一手に担う食料ギルドは、多大な影響力を持っている。
王太子一派はこの巨大な力を使ってお金を吸い上げ、自分たちの地位を盤石なものにした。
ヴェロニカは実家であるスタンリー侯爵家の一員として、修道院の寄付を食料ギルドに横流ししていた。
(宰相様、せっかくの商売を取り上げられてしまって、なんておいたわしい……)
実家が派閥に属するというだけはない。彼女はかつて、他の男性と婚姻中に不倫騒動を起こした。各方面に圧力をかけて巧妙にもみ消されたが、相手は宰相サイラスだったのだ。
ヴェロニカとサイラスの男女の関係は、今でも続いている。好いた男のため、ヴェロニカは高価な化粧品で体を磨き上げ、きらびやかなアクセサリーをまとって密会しに行く。
(修道院長なんてつまらない役目、王太子殿下が即位を確実にしたら、さっさと捨ててやるわ。それまではサイラス様のため、耐え忍ばなくては)
ヴェロニカの主観では、彼女はあくまで愛する男に尽くす悲劇のヒロインである。
高価な化粧品も贅沢な宝石も、民から搾取するのも、全ては愛のためなのだ。
ヴェロニカはわざとらしく頭を振って、ため息をついた。
「まあ、いいでしょう。携帯食の商売は惜しいけれど、それ一つで食料ギルドが揺らぐようなものではありません」
「はい。そのとおりです」
「ただし、その新参者の店には報復を。食料ギルドの領分に土足で足を踏み入れれば、痛い目に遭うとよく教えてやりなさい」
「かしこまりました。我々としても見過ごせないと考えていたところです。早急に手を打ちます。可能であれば、商売を取り戻したいですしね」
話しているうちに、修道院の倉庫から食材が運び出された。
荷車を引いていた男が頭を下げる。
「院長様、いつもありがとうございます。今日の食材も質のいいものばかりで」
「貴族の寄付だもの、当然ですわね。しみったれた孤児どもや、祈るしか能のないシスターたちにくれてやるのは、もったいないわ」
「ごもっともです」
男たちはへらへらと笑って、食材を運んでいく。
ヴェロニカはしばらく彼らの背中を見送った後、肩をすくめて院長室へと戻った。
(まったく、どこの誰かしら。あたくしたちの大事な商売を邪魔するなんて、許されないわ!)
思い出すとムカムカとする。
サイラスへの献金が減れば、彼の愛情も目減りしてしまうかもしれない。ヴェロニカはイライラと爪を噛んだ。
「誰か!」
声を上げると、側仕えの修道女が顔を出した。寝る支度をしていたのだろう、服装が寝間着になっている。
「お呼びですか、院長様?」
「気分が落ち着かないので、今からお風呂に入ります。早急に用意なさい」
「えっ。今からですか」
もう夜も遅い。これから湯を沸かして湯船に運ぶのは、なかなか重労働だ。
だがヴェロニカはじろりと相手をにらんだ。
「何か文句があるのかしら?」
「い、いえ! すぐに用意します!」
修道女が走っていく。
ほどなくして豪華な薔薇風呂が用意され、香り高い湯気に包まれて、ヴェロニカはようやく満足したのだった。
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ちょっと付け足し。今作の悪役は前作と違ってただのクズなので最終的に成敗されますが、それまでしばらく引っ張ります。
また、そこまで激しいざまぁにはならない予定です。因果応報程度。
気長に気軽にお付き合いいただけると嬉しいです。
悪役のストレス展開とざまぁの配分が難しいですね。




