45:真実のかけら
「宰相と、ヴェロニカ院長……?」
私が思わず呟くと、アルフォンスは首を振った。
「あくまでスタンリー侯爵家が宰相の派閥だというだけだ。何か明確な証拠があるわけではないよ」
「アルフォンスさんは、どうしてそこまで知っているんですか。貴族なら常識?」
「あー。いや、どうかな」
アルフォンスは迷うように視線をさまよわせた。後ろで護衛の人が微妙な目つきをしている。なんじゃ。
結局彼は何も言わず、話を変えた。
「食料ギルドの話はともかく、シスター・ルシルの兵糧丸が警備兵を救ったのは事実だ。風邪の時のおかゆといい、君の料理は、本当に人々を元気にする力があるんだね」
「ありがとうございます。私は私にできることがしたくて」
「自分にできること、か。すごいね、君は」
なんか褒められまくって落ち着かない。
でも……嬉しかった。アルフォンスは私をただの落ちぶれたシスターではなく、料理人として認めてくれている。こうして頑張って起こした行動も褒めてくれた。
「ルシルはすごいんだよ。毎日がんばって、いっぱいお料理つくってる」
ミアが口を挟んだ。
「わたしとフィンをひきとって、おしごとをくれた。だからわたし、お父さんとお母さんがいなくても、さびしくないの」
「ミア……!」
感極まってミアに抱きつくと、だいぶ迷惑そうな顔をされてしまった。
「だっこはいいから、今日の夕ごはんにフルーツのハチミツ漬け、つけて」
「オッケー! いっぱいつけちゃう」
「ちょろい」
「え? 今何か言った?」
そんな私たちのやり取りを、アルフォンスは微笑みながら見ている。
上品な笑みだ。さすがはお貴族様、王子様スマイルが絵になっている。ちょっとまぶしいくらいである。歯とか光りそう。
「それにしても、この兵糧丸はおいしいな。味付けもいくつかあるとか?」
「はい。甘い系ならこっちのフルーツがたくさん入ったやつ。しょっぱい系なら魚粉が入ったこれがおすすめですよ」
「一通りもらおう。後で食べ比べてみる」
えー、お貴族様なのに?
優雅なアフタヌーンティーの皿の上に兵糧丸が乗っているのを想像してみる。シュールである。
アルフォンスは数種類の兵糧丸を受け取って、袋に入れた。銀糸の竜が刺繍がしてある豪華な袋だった。
◇
【アルフォンス視点】
シスター・ルシルの屋台を去って、私はもう一つ、兵糧丸を口に入れた。
ほどよい噛み応えが楽しい。噛むたびに色々な味がして、小さな団子に旨味が凝縮されている。
もぐもぐと噛みながら歩いていると、護衛がため息をついた。
「アルフォンス殿下。食べながら歩くなど、行儀が悪いですよ」
「構うものか。この兵糧丸は、元々そういう食べ物だろう。お前も食べてみろ」
フルーツ入りの兵糧丸を一つ手渡すと、護衛はしばし疑問の眼差しでそれを見つめてから、やっと口に入れた。
「これは……! 見た目の無骨さに反して、優しい味です。フルーツとハチミツの甘さ、それからミルクの風味が合わさって、まるでデザートのようだ」
この護衛は見た目によらず、甘党なのだ。甘い系の兵糧丸が気に入ると思った。
「あのシスターは大したものだよ。おかゆの時といい、今回といい。料理一つで問題を収めてみせた」
「そうですね……」
だが、またもや気になる話を聞いてしまった。食料ギルドの問題だ。
食料ギルドの腐敗は話に聞いていたが、警備兵の支給品まで粗悪品にするとは。
宰相の派閥は、すなわち兄である王太子の後ろ盾。必要経費をケチってまで、政治資金を集めているのだろうか。
これは対処が必要な案件だろう。
表立って兄上の派閥と対立したくないが、父上にきちんと奏上しなければ。
護衛が言う。
「殿下。いっそ、あのシスターを取り込んではいかがでしょう。ヴェロニカ院長のことも、何か知っているかもしれません」
「……いや」
私は首を横に振った。
実はそれは私も考えたのだ。私の勢力は兄上に比べれば小さい。市井の協力者もほしい。
だが、ルシルの明るい笑顔が浮かぶ。子供たちや猫と屈託なく笑って、人々に慕われていた姿。
彼女は私を貴族だと思っているようだが、他の平民がやるような線引きをしなかった。平民は貴族だと知れば、すぐに心を閉ざしてしまうのに。ルシルはまるで、身分差がない国からやって来たような自然さで接してくれる。
だがそれでも、私が第二王子だと知れば態度を変えてしまうだろう。
せっかく出会えた友人に、距離を取られたら悲しい。
「私の事情に巻き込んで、彼女を危険にさらしてはいけない。あくまで私はただのアルフォンスとして、友人づきあいをしたいと考えている」
「は。そういうことであれば。……ところで殿下、さっきの兵糧丸をもう一ついただけませんか」
「駄目だ。これは私のだからな」
「ケチですね!」
「うるさいぞ」
私たちはそんなことを話しながら、王城へ戻っていった。
◇
【ルシル視点】
その日の夕方、屋台の店じまいをする私の元を、なじみの警備兵が訪ねてきた。
「あ、ごめんなさい。今日はもう売り切れで」
私が言うと、警備兵は首を振る。声を潜めて言った。
「ルシルさん、少し気をつけた方がいい」
「え?」
「君の兵糧丸のせいで、食料ギルドの連中がカンカンになってるらしい。『俺たちの顔に泥を塗りやがって』って、君の店のことを嗅ぎまわっている連中がいるそうだ」
食料ギルド。
どうやら、彼らと対決する羽目になるかもしれない。
(望むところよ。美味しい料理で人を笑顔にすることの、何が悪いの!)
ただ、うちの店にはフィンとミアがいる。あの子たちに危険が及ばないよう、注意しなければ。
もしも本当に妨害が入るなら、冒険者を用心棒で雇ってもいい。
とにかく、引き下がるつもりなんてない。
ふと見ると、ラテが散歩から戻っていた。夕焼け空を見上げている。
「ラテ。今日はもう帰るよ」
返事がない。
彼はぐるりと首をめぐらせて、王城のある方角をじっと見つめた。
「ラテ?」
『……まただ。この町の淀み、確実に濃くなっている』
「でも兵士さんたちは、魔物の討伐はもう終わると言っていたよ」
『……』
ラテは答えない。たぶん彼にも、はっきり何があるとは言えないんだろう。
見えない敵と、食料ギルド。
それらを前にして、私のやることは一つだ。
店に帰ったら、また料理をしよう。フィンとミアとラテと、あとついでにクラウスを巻き込んで、楽しくクッキング!
今はそれだけが、私のできることだから。
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