43:無料配布
「うまい! めちゃくちゃうまいぞ! 歯ごたえは固すぎず柔らかすぎず、甘くてしょっぱくて、色んな味がする! あれ、腹に落ちたら何だかポカポカするし」
「ショウガが入っていますからね。もう春も折り返しだけど、朝晩は冷える時もあるから」
私が言うと、若い兵士は激しく頷いた。
「夜の討伐は冷えるんだ。雨が降ったら最悪でさ。それなのに、食い物といえばカビた黒パンだけで……」
うむ、それは気の毒の一言である。
そうこうしているうちに、他の警備兵たちも兵糧丸に手を伸ばした。
最初はおっかなびっくり、次に口に入れればパアッと顔を輝かせている。
「小さい割に腹に溜まるな。三つ四つ食えば食事代わりになりそうだ!」
「体の底から力が湧いてくるぞ」
「何より、うめぇ~」
みんなが三つ以上食べて、げふぅと満足そうな息を吐いた。
私はにやりと笑った。
「麦をベースに、ハチミツや色んな薬草を入れていますからね。栄養たっぷりで元気が出るでしょ?」
「出る、出る」
「ケバブサンドも美味いが、これはまた違うタイプのうまさだ」
最後まで抵抗していた小隊長も、部下たちに押さえつけられるようにして口に入れられた。
「おぉ……美味い」
口を押さえてもぐもぐしている。早速二つ目に手が伸びていた。
「シスター、これ、兵糧丸か。日持ちがするって言ってたね」
中堅の兵士が言う。
「ええ。三、四日程度なら問題なく食べられますよ。三日後にまた来ますから、必要な分だけ置いていきますね。あ、今、味変してドライフルーツやナッツを入れたバージョンも開発中なんです」
「それはありがたい。お値段はいくらだ?」
「タダでいいですよ!」
「えっ」
兵士たちが絶句した。
「いや……そんなわけにはいかないだろう。これを作るにも、お金がかかるはずだ。シスターの店が潰れてしまったら、申し訳が立たない」
小隊長が言うが、私とミアは首を振った。
「大丈夫です。そこまで原価が高いものではありませんから。それに何より、王都の平和を守っている警備兵のみなさんが、カビた黒パンを食べて倒れてしまったら大変ですもの」
「タダは、今だけだから」
と、ミアも続けた。
「今は、おためしはいふ。気に入ったら、お金だして買ってね」
「もちろんだ。じゃあお言葉に甘えて、今はタダでもらっておくよ」
「どうぞ、どうぞ」
警備兵たちが群がってくる。私とミアは彼らが差し出す小袋に、兵糧丸を入れていった。
「一食三つとして、一日で九個。きりよく十個かな」
「うん」
ミアから袋を受け取った兵士は、ぎゅっと袋を握りながら言った。
「はー、ありがたい。これでまた戦える!」
「でも、くれぐれも無理はしないでくださいね」
「大丈夫。相手の魔物は数がけっこう多いが、そこまで強い奴らじゃないから。俺たちの体力がしっかりしていれば、負けないさ」
小隊長も力強く答えてくれた。
「よし。それじゃあまた討伐に行ってくるよ」
「気をつけて!」
元気を取り戻した警備兵たちは、勇ましい足取りで城門を出て行った。
その後姿を見送りながら、私はミアに言う。
「私たちは、次の詰め所に行こう。兵糧丸を配れるだけ配らないとね」
「うん! またどろだんごって言ったら、むりやり口に入れてあげないとね!」
「あはは! その通り!」
こうして私たちは警備兵の詰め所を片っ端から訪れて、兵糧丸配りを続けた。
◇
その日一日で行けるだけの詰め所に行き、兵糧丸を配布しまくった。
みんな最初は泥団子の見た目にビビっていたが、食べてみれば美味しさが分かる。
配布が終わった後は、割れ鍋亭で次の日の兵糧丸を作った。
「ブルーベリーのドライフルーツ、おいしいよ」
『ヨーグルトを練り込むのはどうだ』
「フルーツやヨーグルトだとデザート系かな? 魚粉やお味噌を多めに入れて、お食事系の味もいいわね」
基本のプレーンなものを量産しつつ、新しい味の開発も余念がない。
「こんにちは、ルシルちゃん。新しいお料理を作っているそうですね」
「あ、ナタリー」
ナタリーもやって来た。
「滋養強壮効果があって、味もそんなにクセがない薬草。選んできましたよ」
「わあ、助かる!」
ナタリーが持ってきてくれたのは、いくつかある。
まず、星ニンジン。輪切りにすると中央部分が星の形になっているニンジンで、疲労回復と滋養強壮に効く。
次に蓮の実。干した蓮の実はほんのり甘くて、疲労回復とリラックス効果があるそうだ。
最後にシナモン。薬草というよりスパイスの一種で、体を温める発汗作用がある。私としては抗菌作用もあると知っている。
「どれもいいものじゃない。ナタリー、こんなに持ってきて大丈夫?」
少し前までの施療院は、薬草の融通に苦労していたのに。
けれどナタリーは明るく笑った。
「大丈夫ですよ。以前、神官長様が施療院にいらっしゃって、ヴェロニカ院長が不当に値上げした寄付の分だけ、薬草を買う予算に還元してくださったのです。これからも民のために働きなさいと仰せでした。警備兵さんたちも、市民のために働いているのですものね。問題ありませんよ」
「そうだったんだ、ありがとう! 今は無償配布だけど、そのうち安価で売ろうと思ってるの。お金取るようになったら、材料もちゃんと買うね」
「ええ、そうしてください」
ナタリーも兵糧丸づくりを手伝ってくれて、ずいぶんとはかどった。持つべきものは友だちだ。
さあ、明日は新作の味を持って行こう。




