42:泥団子?
「おいしい! 甘くてしょっぱくて、元気のでるあじ」
兵糧丸を一つ口に放り込んで、フィンがにこにこと笑った。
「ラテのお味噌が、かくしあじにきいてる」
ミアも頷いている。
「風味豊かで、携帯食とは思えん味だな。小さい割に腹に溜まる。遠出の冒険に持っていきたい」
と、クラウス。何気にもう三つも食べている。
私も一つ、口に入れてみた。
蒸した小麦や大豆の香りが、口の中に広がる。ハチミツの甘さとショウガやゴマの風味が加わって、鼻に抜けていく。こんなに小さいのに豊かな味わいだ。
隠し味の味噌の風味としょっぱい味が、何ともクセになる。
蒸した材料は弾力があって、噛み応えも楽しい。
ごくんと飲み下せば、ショウガや薬草類の効果でお腹がぽかぽかと温まった。
なおラテは猫舌なので、まだちょっとだけ熱い兵糧丸を食べて、
『アチッ! うぉアチッ!』
と悶絶していた。
「ラテ、だいじょーぶ?」
ミアが心配して皿に水を入れて差し出している。ラテはぴちゃぴちゃと飲んで、ようやく落ち着いたようだ。
みんなが一通り食べて、満足そうな顔をしている。
「本当は日持ちをさせるために、天日干しにするんだけど。二、三日程度で食べきるなら、このままでいいと思うわ」
三日のローテーションであれば、警備兵の詰め所を回れっていける。
とりあえずこの基本の兵糧丸を持っていって、次は色んな味変したものを作ってみよう。
私はできあがった兵糧丸をカゴに盛って、倉庫に詰め込んだ。
「よーし、完成!」
これはあくまで警備兵への差し入れだ。それに見た目がちょっと変わっているので、とっつきにくいだろう。
最初はタダで配布して、慣れてもらうのを優先することにした。
ケバブサンドもそんなに高いものではないが、こちらはより安価。お財布への負担が少なく、しっかりと栄養を取ってもらえる。
「タダより高いものはない。タダでくばって、心をガッチリつかめ。お父さんのくちぐせ」
「タダだけど、これは投資。小さく種まきして、大きくしゅうかく。お母さんのくちぐせ」
フィンとミアが頷いている。
私も両手を振り上げた。
「これで警備兵さんの士気をガツンと上げて、魔物をきっちり退治してもらおう!」
「おーっ!」
料理で人々を支え、町の問題を解決する。
私の挑戦が、再び始まろうとしていた。
◇
翌日、私は旅するキッチンに兵糧丸をたくさん積んで、警備兵の詰め所へと向かった。今日のお供はミアである。
詰め所は王都の中に何箇所もある。一日だけでは全部回りきれないくらいだ。
とりあえず、昨日も行った城門前を目指した。
「こんにちは! ルシルとミアの旅するキッチンです」
挨拶をすると、昨日よりもさらにくたびれた顔の兵士たちが顔を出した。
「あぁ……助かる。昨日の戦いもけっこう激しくてさ。シスターのケバブサンドを食べていなかったら、倒れるところだったよ」
小隊長は腕を怪我していた。包帯を巻いている。
「いけませんよ。施療院には行きましたか?」
私が聞くと、彼は疲れたように笑った。
「行きたいんだが、暇がなくて。シスターが来ない日はろくな食い物もないし、動くに動けないんだよ」
「……では、これを」
私は倉庫から、ナタリーにもらっていた傷薬の薬草を取り出した。
小隊長の包帯を解けば、生々しい傷が出てくる。きれいな水をかけて洗って、薬草を貼り付けておいた。
「助かる。痛みがマシになった」
「シスター・ルシルが今日も来てくれたのか?」
詰め所から警備兵がわらわらと出てきた。目立った怪我をしている人は小隊長以外にはいなかったが、みんな疲れ果てている様子だ。
そんな彼らに、私は声を張り上げた。
「今日はケバブサンドとたこ焼きじゃなくて、もっといいものを持ってきました。差し入れです!」
「いいもの?」
警備兵らが首を傾げている。
「ケバブサンドよりも日持ちがして、それでいてしっかりお腹に溜まって、栄養もある携帯食です。もちろん味も美味しいですよ! 私は三日に一度はここに来るから、その時に必要な分だけ補充してください」
「おぉ……?」
兵士たちが戸惑いの声を上げている。
「はい、これ。名付けて兵糧丸です!」
どどん!
旅するキッチンの屋台には、カゴに盛られた兵糧丸が所狭しと置いてある。昨日、みんなで手分けしていっぱい作ったのだ。
「……」
ところが警備兵たちの反応は鈍かった。
「なあ、シスター。その茶色っぽい泥団子みたいのが、差し入れなのか?」
小隊長が何とも言えない顔をしている。
泥団子とは失礼な。でも、予備知識がなければそうなるか。
あとはあれかな。食料ギルドのクソマズ携帯食のおかげで、新しい食べ物に挑戦する気力が失せているのかも。
「そうですよ? さあ、食べてみてください」
「いや、しかし」
「さあさあさあ!」
兵糧丸を一つ手に取ってにじり寄ると、小隊長は後ずさった。なんだね、泥団子がそんなに嫌かね?
と。
今度はミアが兵糧丸をひょいと摘んで、ぱくりと食べてみせたのである。
「んっ。おいしーよ。おじさんたちも、食べてみて」
「あ、あんな泥団子を……」
小隊長は絶句したが、若い兵士が決意を固めたような顔で進み出た。
「おれ、いただきます。シスターの持ってきたものが、マズいわけがない」
「お、おま、死ぬぞ!?」
「腹を壊してトイレと友だちになるぞ!」
「いえ。いいんです。たとえトイレで死んでも、魔物と戦って死んでも、同じこと。それならおれは、あれを食って死にます」
なにそのノリ……。
なんかもう、兵士たちの疲労がかなり極限までキているのが見て取れる。
あと、トイレで死ぬのと戦いで死ぬのはだいぶ違うと思うんだけど。
とか思っているうちに、若い兵士はミアが差し出した兵糧丸を受け取った。深呼吸してから口に放り込む。
「こ、これは……っ!」
彼はカッと目を見開いた。
2日1度の投稿忘れがちです(汗)
毎日なら忘れないのに困ったものです。お待ちいただいている方がいらっしゃったら、申し訳ありません。
カクヨムで1話先行、予約投稿をしているので、確実な方がよければそちらもどうぞ。




