04:岩みたいに固い肉
翌朝。スープ配達のお金で安宿を確保して泊まったおかげで、私はホームレスを脱出した。
私は昨日のうちに鍛冶屋で手に入れた、真新しい小刀(包丁としても使える)と数本の鉄串を布に包んで懐へしまった。心なしか、足取りも昨日よりずっと軽い。
(元手と道具は手に入れた。いよいよ本番ね)
向かう先は、王都の冒険者ギルドである。
ギルドの重い扉に手をかけようとした、その時のこと。中から、いかにも新人といった雰囲気の若者パーティが出てくるのが見えた。彼らは興奮した様子で、一枚の依頼書を覗き込んでいる。
「よし、やるぞ! 初めての討伐依頼だ!」
「相手はロックリザードだろ? 楽勝だって!」
(やっぱり。私の読み通りだわ)
私はにやりと笑って、冒険者ギルドに入る。
活気のある昼前のギルドは、酒と汗と熱気でむせ返っていた。
すぐ横に併設された酒場では、屈強な男女の集団がぎゃあぎゃあと騒いでいる。一瞬だけ気圧されそうになったけど、今の私は気弱な少女ではない。
まっすぐ受付カウンターへ向かった。
「すみません。依頼を受けたいのですが」
「あら、シスターが冒険者に? 依頼を受けるには、まず冒険者登録が必要よ。登録料として銅貨が三枚いるけど、大丈夫?」
受付嬢の心配そうな視線に、私はにっこり笑って頷いた。
昨日稼いだ銅貨を差し出すと、簡単な書類手続きのあと、一枚の木札を渡される。私の冒険者としての身分証だ。
駆け出し冒険者は木札だけど、ランクが上がれば銅や銀、金やオリハルコンに変わるらしい。
まあ、私はランク上げとか興味ないけどね。
「よし」
木札を懐にしまって、依頼掲示板へと向かう。目的の依頼書は、目論見通り張り出されたままだった。
『ロックリザードの討伐』
ロックリザードは体長一メートル程度の中型のトカゲである。王都の近くの岩場でよく発生して、道行く人を襲ったり畑を荒らしたりするので、討伐依頼はほぼ常駐で出ている。思った通りだった。
報酬は銅貨五枚。注釈にはこうある。
『※肉は美味だが岩のように固く、商業価値なし』
固くて食べられないほどなのに、美味だと分かっているのが面白い。
きっと誰かが無理に食べてみたんだろう。で、味は美味しかったけど歯を折りそうになって諦めた、と。
私がその古びた依頼書を剥がすと、近くのテーブルで酒を飲んでいた冒険者の一団が、げらげらと笑い出した。
「おい見ろよ、シスターがいるぜ」
「冒険者登録なんかしやがって、本気でトカゲ退治に行く気か?」
「賭けねえか? あのシスターが泣いて戻ってくる方に銀貨一枚だ!」
下品な笑い声がギルドに響く。
私はくるりと振り返り、その大柄な冒険者たちに向かって、天使のように微笑んでみせた。
「その賭け、私も乗せていただけますか? 私が依頼を達成する方に、昨日稼いだ銅貨を全部」
「なっ……!」
予想外の反撃に、冒険者たちの笑いがピタリと止まる。
私は構わず続けた。
「もちろん、あなた方が勝ったら、この銅貨は全て差し上げますわ」
挑発的な私の言葉に、男は顔を真っ赤にしてテーブルを叩いた。
「面白い! その賭け、受けてやるよ!」
(上等よ。あなたのその銀貨、私の開業資金としてありがたく使わせてもらうわ!)
私は内心で舌を出し、意気揚々とギルドを後にした。
◇
王都郊外の岩場地帯は、歩いて数時間程度の距離だった。
私が現場に着くと、狙い通り、新人らしき冒険者パーティがロックリザードを討伐し終えたところだった。
「ちぇっ、骨折り損のくたびれ儲けだ。この肉、どうにかならねえのかよ」
「諦めろって。硬すぎてナイフの刃がこぼれるだけだ。石畳にでも使った方がマシだぜ」
彼らは討伐の証拠品である爪だけを剥ぎ取ると、大きなトカゲの死骸には目もくれず去っていく。
「さて、と」
誰もいなくなったのを確認し、私は腕まくりをして死骸に駆け寄った。
目の前にあるのは、他の冒険者にとってはただのゴミ。でも、今の私にとっては宝の山だ。
懐から真新しい小刀を抜く。
前世の知識を総動員し、硬い鱗の隙間や関節に正確に刃を入れた。岩のように硬い肉も、筋繊維の流れを読み、丁寧に刃を進めればきれいに切り分けることができる。苦労しながらも、私は肉を切り分けた。
ロックリザードは一匹が体長一メートルもある。お肉の確保は十分だった。
(うん、最高の部位が手に入ったわ。とはいえこの肉、本当に固い! 肉を食べられるよう柔らかくするには――筋繊維を分解するには、乳酸菌かタンパク質分解酵素が必要ね……。ヨーグルトか、この世界で手に入るならパパイヤやパイナップルみたいな果物が最適だけど)
次の課題を頭の中で整理しながら、切り出した極上の肉塊を、『絶対倉庫』へ格納していく。討伐証拠の爪も、いくつか残っていたので格納した。
念のため、切り分けるのに苦労して諦めてしまったロックリザードを丸ごと数匹、格納しておく。私の『絶対倉庫』は中に入れたものの時間が経過しない。余裕のある時に捌いてやろう。
無限の容量を持つ倉庫は、大きなトカゲを何匹も入れたのにまだまだへっちゃらだ。どうなってるんだろうね、これ。
私は某猫型ロボットの四次元なポケットを思い浮かべていた。
さあ、これで屋台の看板メニューの材料は確保完了だ。
◇
夕暮れ時。私は、悠然と冒険者ギルドに戻った。
まずは受付でロックリザードの爪を提出し、依頼達成の報酬、銅貨五枚を受け取る。
そして、私を嘲笑した冒険者たちのテーブルへまっすぐ向かった。
私が目の前に立つと、彼らは酒を噴き出しそうになりながら目を見開いている。
私はにっこりと、聖母のような笑み(修道女だけに)を浮かべて手を差し出した。
「賭けは、私の勝ちですね。銀貨、いただけますか?」
男たちは「ば、馬鹿な……!」と呻きながら、悔しそうに銀貨をテーブルに叩きつけた。
ギルド中から、驚きと称賛のどよめきが起こる。
「おい、マジかよ……」
「ロックリザードみたいな初級の魔物とはいえ、あのシスター、本当にやりやがった!」
私はその銀貨をしっかりと握りしめる。
私の知識と度胸がもたらした、大きな勝利の証だった。
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