39:新たな問題
旅するキッチンと割れ鍋亭の評判は、日を追うごとに王都に広まっていった。
やはり、固定の店だけじゃなくて屋台を持っていけるのが大きい。王都は広いから、小さなお店ひとつじゃあなかなか有名になれないのだ。
季節は春も半ばになって、すっかり暖かくなった。市民の風邪はしっかりと治って、元気に仕事に精を出している。
シジミ貝のおかゆはかなり好評だったが、風邪の流行が収まったこと、シジミ貝の在庫が尽きてしまったことで、とりあえずメニューをお休みしている。
なお、巨大シジミの身も出汁を取るのに利用した。身そのものは、砂吐きができなかった上に、味見したらだいぶ大味だったので、食べるのはやめておいた。
出汁はたっぷりと取れたので、シジミ貝の在庫がわずかになった最後の時に役立ってくれたというわけだ。
あとは貝柱を自分たちで楽しみつつ、何か商品化できたらいいなと思っている。
メニューの話だけど、うちのお店の料理人は私だけ。
フィンとミアは高い能力を持っているけれど、まだ小さな子供。これ以上働かせるのもどうかと思うし。
ラテも猫の姿では、料理はできない。本人も『吾輩は発酵と味見専門』と言っている。
クラウス? いや、あの人はスタッフじゃないから。あくまでお客さん、時々用心棒である。
ちなみに彼は報酬として要求した「新料理の一ヶ月無料食事権」をきっちり使っていた。いや正確にはシジミのおかゆが一ヶ月に達する前に材料切れになってしまったので、その後はケバブサンドとたこ焼きを食べていた。よく飽きないものである。
というわけで、あまり手広いメニューをやると手が回らなくなるのだ。絶対倉庫で料理の作り置きができるとはいえ、違う料理を並行して作ったり、売ったりするのはけっこう大変だし。
まあ、時々はメインメニューを入れ替えるのも良いと思う。前世の週替わりランチみたいにね。
そんなわけで、私は今日もケバブサンドとたこ焼き、店長さんの具だくさんスープをメインに、旅するキッチンで王都のあちこちを巡っていた。
倉庫に格納しておけば、重い屋台を引く手間が省ける。身軽なまま、ラテと一緒にあちこちの広場を行き来した。
夕方になって城門へ行くと、何人もの警備兵たちが慌ただしく出入りしているのに出くわした。
「おお、シスター。いいところに来てくれた」
小隊長がやって来て、部下たちに向かって手を振った。
「おーい、みんな! シスター・ルシルの屋台が来たぞ! 飯を済ませろ!」
「やった! 今日は美味いメシにありつける」
「はー、この味だよ、この味。肉たっぷりで、力が出るぜ」
「ラテちゃーん。毎日頑張ってる僕に癒やしをちょうだいー」
兵士たちは口々に言いながら、手早くケバブサンドを頬張っている。何だか急いでいるようだ。
なお、ラテに頬ずりしようとした兵士は猫パンチを食らっていた。
「落ち着かない感じですね。どうしたんですか?」
聞いてみると、小隊長はサンドをもぐもぐ食べながら教えてくれた。
「最近、どうにも魔物たちの動きが活発なんだよ。城外のプチシープやらサンドスネークやら、普段はあまり人を襲わない奴らまで凶暴化している」
「城内でも、下水に住み着いているキバネズミやスライムの類がでかくなったり、人を襲ってきたりするそうっすよ」
若い兵士が口を挟んだ。私は目を丸くする。
「えっ、そうだったんですか。私、何も知らなくて」
「まあ、シスターは知らなくて無理ないだろ。市民に危険が出ないように、俺ら警備兵や冒険者が頑張っているわけだし」
指についたヨーグルトソースをぺろりと舐めて、小隊長が答えた。
よく見れば彼の鎧は、あちこち傷がついて凹みも多い。
「戦いはひっきりなしだし、きついが、それが仕事だ。それはいいんだよ。だがなぁ……」
彼は顔を曇らせた。腰に下げた荷物袋から、小さいパンを取り出す。いかにも固そうな黒パンだ。
「これを見てくれよ。歯が折れそうなほど固い上に、ほらここ、カビてる」
「ほんとだ……」
見せてもらったパンは、小ぶりなくせに管理がいきとどいておらず、端がカビている。指でつついてみたら、見た目に違わぬ硬さだった。
「支給品の携帯食は、これだけなんだ。命がけで戦っているというのに、食い物がこれじゃあ力が出ないよ。シスターが来てくれる日だけが心の支えさ」
小隊長と兵士たちはげっそりしている。
「それが支給品なんですか?」
「そうだよ。食料ギルドが卸している国からの支給品だが、動物の餌と大差ないよな。食えば食うだけ士気が下がる」
「俺、もうこれ食いたくないよ」
「でも食わなきゃ腹が減ってどうにもならんだろ」
「はぁ~~~」
兵士たちはいっせいにため息をついた。
いくら「お腹に入れば何でもいい」のこの国でも、限度というものがあったようだ。
それとも、私のケバブサンドとたこ焼きで、「美味しい」という感覚に目覚めてしまったかな? ふふん。
小隊長が首を振る。
「あー、そろそろ行かねばならん。シスター、ありがとうな。ケバブサンドのおかげで、今日は思いっきり戦えそうだ」
「とんでもない。いつも町を守ってくださって、ありがとうございます。みなさんに神様のご加護がありますように」
お祈りをすると、兵士たちは顔を引き締めて城門から出ていった。
(食料ギルドの支給品、か。そんなギルドもあるのね)
さっきの固いパンは、あんまりだと思う。品質が悪いだけならともかく、カビとかあり得ないでしょ。
王都の治安を守っている警備兵のみなさんが、お腹を壊してしまいかねない。不誠実にもほどがある!
「ひどい話よね、ラテ。私も何か力になれるといいんだけど」
ラテに話しかけると、彼はお城の方向をじっと見ていた。
「ラテ?」
『……妙な魔力を感じる。魔物の凶暴化と何か関係があるやもしれん』
「えっ? どこから、どんな魔力が出ているの?」
『分からん……。ただ何となく、そう感じるのだ』
夕焼けの赤い空を見つめるラテは、いつになく真剣な目をしていた。




