表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/49

36:アルフォンス

 皿を取り上げられた女の子が突き飛ばされて、転びそうになる。


「あぶない!」


 フィンが叫ぶ。

 私は頭に血が上るのを感じた。屋台の店先を飛び出そうとして――。


「おっと」


 誰かの手が伸びてきて、少女を支えた。

 見ればきれいな金髪の青年が、優しそうな笑みを浮かべて立っている。整った顔立ちに、緑の瞳。簡素だけど質の良い服を着た人だった。

 年齢は十代後半くらいか。成人を迎えたばかりの年頃だ。


「こんなに小さな子から食べ物を奪うとは、感心しないな」


「なんだ、てめえ」


 ゴロツキたちが凄んでみせるが、青年は動じない。

 ゴロツキの一人が掴みかかろうと手を伸ばした時。

 青年の後ろから護衛らしき剣士が進み出て、ゴロツキの腕をねじり上げた。


「いたたた!」


「もっと痛い目に遭いたくなければ、その皿を返しなさい。銅貨一枚が君たちにとって重いのは理解したが、それでも列に並んでいる人は多いのだから」


「クソ! 覚えてろよ!」


 護衛の人が手を離して、女の子から奪った皿を取り返す。

 ゴロツキどもはテンプレ的な捨て台詞を吐いて逃げていった。


「はい、どうぞ」


 護衛から皿を受け取った青年が、女の子に皿を返す。


「ありがとう……」


 女の子は皿を大事に抱えて、走っていった。それを見てラテがするりと屋台を抜け出した。


『あのガキが家にたどり着くまで、見ておく』


 ラテが見張ってくれれば安心だ。私は頷いた。次に青年に向き直る。


「助けてくださって、ありがとうございました」


「いやいや、君がお礼を言う筋ではないだろう。見過ごせなかっただけさ。それよりもいい匂いだね。私も一杯いただこう」


 彼はにっこり微笑んだ。とても感じの良い上品な笑みだった。で、律儀に列の後ろに並んでいる。

 護衛がいるくらいだから、貴族のお忍びとかだろうか。

 その護衛が目を光らせてくれるおかげで、ゴロツキは近づいて来ない。


「おかゆください」


「はい、どうぞ。まずはここで食べちゃってね」


 子供たちが来たら、この場で食べてしまうように促す。食べちゃえば取り上げられることもない。

 やがて例の青年の番がやって来たので、お礼を込めて多めに盛り付けた。


「おや、ありがとう。……これは、美味しいな」


 屋台のすぐ横でおかゆを食べて、目を丸くしている。

 ほほう、シジミの旨味は貴族様をも魅了するか。私はニヤニヤ笑った。

 人の列は途切れず、次々とやって来る。私とフィンがきりきり舞いしていると、青年が言った。


「忙しそうだね。手伝おうか?」


「いえ、そこまでしてもらうわけには」


「いいんだ。貧しい人々のために安くおかゆを売って、しかも子供にはタダで与えている。美しい心に感動したよ」


「ははあ」


 さすがお貴族様はキザなことをおっしゃる。まあそういういことであれば、ということで、お金のやり取りをお願いした。


「任せてくれ。ああ、私はアルフォンスという」


「ルシルです。よろしくお願いします」


 しばらくすると、ラテが戻ってきた。


『戻ったぞ。あのガキは無事に家に帰った』


「良かった」


 アルフォンスに聞こえないよう、小声で話しかけた。ふと思いつく。


「アルフォンスさん。護衛の人をお借りすることはできますか?」


「うん?」


「家族におかゆを持っていってあげたい子が、さっきみたいなことにならないように。送り迎えをしてあげたいんです」


「構わないが、護衛は一人だ。手が足りるかどうか」


「集団下校をすれば大丈夫ですよ」


「集団?」


 下校は言葉のあやだけど、要は何人かまとめておいて、順に帰宅させるやり方だ。それなら見守りの手も少なくて済む。

 説明すると、アルフォンスは頷いた。


「なるほどね、いいアイディアだ。よし、行ってきてくれ」


「はい」


 こうして子供たちの安全も確保された。

 私とフィンはおかゆを売りまくり、アルフォンスは銅貨を受け取りまくって、時間が過ぎていく。


「よし、完売!」


 大鍋の底が尽きて、私は額の汗をぬぐった。


「おかゆ、もうないんですか?」


 食べそこねてしまった人が、残念そうにしている。


「ごめんなさい。でも明日また、屋台で来ますよ。今月中はこの値段です。しっかり栄養を取って、風邪を治しちゃってください」


「ありがたい。施療院の寄付が値上げしてしまって、ここいらの貧しい人間は治療を受けられなくなっていたから」


「……寄付が値上げした?」


 私とお客さんの会話に、アルフォンスが眉を寄せた。


「ええ。何でも、強欲な修道院長が、こんな時までお金儲けを企んだみたいですよ!」


 私はここぞとばかりにヴェロニカの悪口を言いふらす。


「それはひどいな。施療院と孤児院は国から補助予算が出ているし、貴族の寄付も少なくない。そこまでして金儲けに走るとは」


「それはもう、ひどいんです。孤児たちと一般の修道女は絵に描いた清貧なのに、院長だけは贅沢三昧で! というか、贅沢だけじゃ使い切れないくらいのお金を抱え込んでいるはずですよ。何に使っているのやら」


「今の修道院長は、ヴェロニカ・スタンリーだったか……。スタンリー家の娘」


 アルフォンスは何やら考え込んだ。

 私は一瞬、修道院が子供の誘拐に絡んでいる件もぶちまけてやろうかと考える。が、やめておいた。

 このアルフォンスという人がどんな人なのか分からない以上、あまりおかしなことは言えない。

 差し支えない範囲で悪口を言ってやるぜ。


「とにかく、ヴェロニカ院長はめちゃくちゃ性格悪くて! 高価な化粧品で誤魔化してるけど、もういい年なのに若作りで!」


 自分で言っておいて何だが、「もういい年」は微妙に前世の自分がダメージを食らった。

 いいんだ、今のルシルはぴちぴちの十七歳だから!


「分かったよ」


 アルフォンスは苦笑している。私の服装を見て続けた。


「そういえば、ルシルもシスターだろう。こんなところで商売をやっていいのかい?」


「私は修道院を追放された身ですから。生計は自分で立てますよ」


 追放された経緯と、それでヴェロニカへの疑いを深めた話をすれば、アルフォンスはますます考え込んだ。


 そういや私は今でも修道女のつもりなんだけど、正式な破門の権限とかって修道院長にあるんだろうか? もっと上位者じゃないと破門はできないんじゃないかなあ。つまり追放もヴェロニカの勝手である。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ