34:最初の一杯
「それじゃあ私は、このおかゆを配ってくるね。孤児院の子たちに食べさせて、町を回って。また明日、配達に来るから」
「はい。楽しみにしています。ルシルちゃんに神様の祝福がありますように」
施療院の他のシスターにもおかゆを配ると、とても喜んでもらえた。
そうしているうちに開院の時間になって、患者さんが入ってくる。
「なんだか、いい匂いがするな」
顔色の悪いおじいさんが鼻を動かした。
「食欲はずっとなかったんだが、少し腹が減った気がする」
「よし。じゃあおかゆを食べていってください」
私が一杯差し出すと、おじいさんはあっという間に平らげた。ふうっと満足の息を吐く。
「うまい! こんなうまいおかゆは初めてだよ」
「そうでしょう、そうでしょう。貝の旨味がぎゅっと詰まったおかゆですよ」
「そうなのか。一杯いくらだね?」
「あ、えーっと。タダでいいですよ。薬代わりです」
「いや、それはいかんだろう。こんなにうまいものをタダで配っては、もったいない」
おじいさんはそう言って、何枚かの銅貨を握らせてくれた。おかゆとしてはそこそこのお値段だ。
「こんなにいただけません」
私は銅貨を一枚だけ取って、あとは返した。
「だが……」
「いいんです。さあ、他の方もどうですか? おいしくって元気の出るおかゆ、一杯銅貨一枚ですよ!」
おかゆ一杯が銅貨一枚は、相場の半分以下だと思う。この状況で儲けたいわけじゃないので、これでいい。
「わたしにもください」
「俺にも」
いい匂いに釣られた患者たちが、次々に手を伸ばしてくる。
私はどんどんおかゆを盛って、配っていく。
みんな一杯を食べ終わる頃には、少し元気を取り戻していた。
「食べるのは健康の基本ですからね。このおかゆは、割れ鍋亭と屋台の旅するキッチンで販売します。屋台は広場やあちこちに行く予定ですので、どうぞよろしく!」
私はそう言い残して、次に孤児院へ向かった。
「あっ、ルシルだ!」
「ルシル、いなくなっちゃって心配してたんだよ」
「みんな、心配かけてごめんね。でも私は元気だから」
群がってくる子供たちの頭を撫でてやる。子供たちも風邪を引いている子が多くて、咳をしていた。
「風邪に効くおかゆを持ってきたよ。みんなで食べて!」
「おいしそうなにおい……」
手早くおかゆを配ってやると、みんな美味しそうに食べてくれた。にっこりと笑っている。
そうそう、この笑顔が見たくて頑張ったんだよね。
「また明日来るから。風邪引きさんは、あったかくして寝ててね」
「はーい!」
子供たちに手を振って、私は割れ鍋亭に戻った。
◇
割れ鍋亭へ帰ると、フィンとミア、ラテ、ついでにクラウスも起き出して厨房のシジミのバケツを覗き込んでいる。
「あっ、ルシル!」
「どこ行ってたの?」
私に気づいた双子が駆け寄ってきた。
「施療院まで行って、ナタリーと患者さんたちにおかゆを配ってきたよ」
「おかゆ、もうできたの!?」
フィンとミアがぱっと顔を輝かせた。
「できたよー。よし、みんな、朝ご飯にしようか」
「わあい!」
みんなで食卓に着く。ラテの分も含めて、おかゆの器をテーブルに並べた。
『ほほう、この味。貝柱も美味だったが、貝の身そのものも濃い味で良いな』
テーブルの上で首を伸ばして、ラテがおかゆを舐めている。
「貝の身、噛んだら『くにゅくにゅ』っていう」
「おかゆも味がしみてるよ。おいしーね!」
フィンとミアも笑顔だ。クラウスは無言でスプーンを口に運び続けていた。
「ナタリーに薬草も届けてきたわ。ミアが見分けた方が森ニラで間違いないって」
「そっか。よかった」
ミアは得意げにニコニコしている。
「それで、森ニラはお料理にしてもいいんだって。ネギとか体にいい香味野菜を入れて、雑炊にしてみようかなって」
『このままでも十分美味いが?』
「でもこれ、療養食だから。なるべく栄養たっぷりにしたいでしょ」
というわけで、朝のうちにもう一度試作をすることにした。
鍋で煮られたシジミがパカパカと開いていく様子は、子供たちに大人気だった。
「栄養たっぷりといっても、何でも入れればいいってものじゃないよね……」
何でもかんでも入れたら、闇鍋になってしまう。塩梅が難しいところだ。
「ネギとショウガ、森ニラは外せないとして。タンパク質は、まあ、貝の身でオッケー。じゃああとはお野菜かな」
ネギ、ショウガ、森ニラを小さく刻む。今回の風邪は喉を痛めるタイプなので、するりと喉を通るように食べやすいのも大事だ。
「だいこんはどう? さっぱりしておいしいよ」
ミアが言う。私は頷いた。
「いいね。確か大根は、炎症を押さえる働きがあったはず。喉の痛みにも効くかな?」
「そうなの? ルシルはものしりだね」
フィンが感心している。
この子たちにもそのうち、私の前世の話をした方がいいかもしれないね。
大根は一センチ角の薄切りにして、食べやすくした。
他の具材と合わせて一緒に煮る。塩で味を整えて、いざ味見!
「ん! いい感じ!」
「具がはいったほうが、えいようまんてんって感じがするね」
「森ニラって美味しいんだね~」
私たちがわいわいと試食をする中、ラテはちょっと鼻にシワを寄せている。
『吾輩はあまりそのニラは好かんな。具の入っていないおかゆだけの方が良い』
「まあ、猫は香りの強い野菜は苦手だよね」
『だから吾輩は猫ではないとあれほど!』
「俺はどちらも良いと思う。だが、病人用なら具沢山がいいだろうな」
と、クラウス。
「そうだ、最後の一工夫。痛めた喉に優しいように、とろみをつけよう」
たこ焼き用に作っておいたデンプンを取り出して、水で溶く。
仕上げに回し入れて軽く加熱すれば、とろりとしたとろみがおかゆに加わった。
「ほんとだー。食べやすい。するんってのめちゃう」
ミアがスプーンで口に入れて、こくんと飲み込んだ。
「よーし! これで完成!」
私がぐっと拳を握ると、フィンが言った。
「ルシル。これ、おねだんどうするの? 原価はこのくらいだけど」
さすが数字に強いフィンである。しっかりと原価計算までしてくれていた。私たち自身の人件費まで入れた、ちゃんとしたものだった。
「今は風邪が流行って大変だから、タダで配ろうと思っていたよ」
私が言うが、フィンは首を横に振った。
「だめ。うちは、じぜんじぎょうじゃなくて商売だから。タダで配るのが当たり前になったら、お客さんいなくなっちゃうよ」
「お父さんのくちぐせだね」
ミアも頷いている。




