31:でかい貝柱
「ラテとクラウスさんは、お味噌、どう?」
『美味い。吾輩が作った味噌だ。美味い以外にない』
「俺も気に入った。少しクセがあるが、香ばしくていい。これも酒に合いそうだ」
「それはよかった」
私がにっこり笑うと、フィンがトコトコと近寄ってきた。こっそりと耳打ちしてくる。
「あのね、ルシル。ぼく、味噌の匂いもちょっと苦手だけど、見た目が……うんちみたいだよね」
「!!!」
カレーと並ぶアレに見えちゃう食品の双璧。
前世日本人の私は見慣れていて何とも思わなかったが、知らない人が見ればそうなるか……。
「いい? フィン」
だから私は彼の前に屈んで、目線を合わせて言った。
シスターらしい慈愛に満ちた笑みで言う。
「私の知る格言に、『うんこ味のカレーか、カレー味のうんこか、究極の選択である』というのがあるの。どう考えても前者よね。そしてお味噌は見た目は確かにアレだけど、食べても全く問題がないもの。だから今後は、小学生男子みたいなことを言うのはやめよう?」
「え、あ、うん」
フィンは気圧されたようで、こくこくと頷いている。
まあフィンは小学生男子の年齢なんだけど、仮にも食べ物屋さんの子が叫ぶ単語としてはどうかと思うんだ。
いやフィンは叫んでなかったな、叫びそうになったのは私だ。まあいいか。
『ルシルよ。下らないことを言っていないで、次の肉を焼け』
「はいはい」
「俺にも頼む。串焼きがいい」
「はーい」
お肉はどんどんみんなのお腹に消えていく。いい食べっぷりだ。
私はふと思った。
(さっきのでっかいシジミ、焼いたら美味しいんじゃないかな!?)
ホタテのガンガン焼きとかあるじゃない。海辺でとれたての魚介類を缶に入れて、ちょびっとお酒を入れて、蒸し焼きにするやつ。
このシジミはもうトドメを刺してしまったから、砂を吐かせるのはできない。
なら、貝柱だけでも美味しくいただいちゃおう。
「クラウスさん、ちょっといいですか」
「なんだ?」
私はクラウスの目の前に、さっきのでかいシジミをどんと出した。
「これ、貝柱を取り出して、適当な大きさに斬ってもらっていいですか」
「構わんが、食うのか?」
「はい。身の部分は砂がじゃりじゃりで食べにくいけど、貝柱は大丈夫ですから」
クラウスは頷いて串を置き、剣を取り出した。
一閃。
相変わらず抜刀したのが見えないくらいの速さで、人の背丈より大きい貝柱は手のひらサイズに切り分けられた。
「大きさは、このくらいでいいか?」
「んー。今食べる分は、もうちょい小さく。残りはこのまま倉庫に入れておきます」
「承知した」
クラウスは片手いっぱいに貝柱を掴むと、空中に放り投げた。
しゅぱぱぱぱっ!
夕暮れ空に銀色の剣筋がきらめいて、貝柱は一口サイズになって落ちてきた。私はざるを持って、ひょいひょい受け止める。
「ありがとうございます!」
S級冒険者、超便利!
私は倉庫から備品で取っておいた缶を取り出し、貝柱と水、麹で試しに作ってみたお酒を入れて火にかけた。
まずは強火で十分程度。沸騰したお酒がシュウシュウとふたの隙間から湯気を立てる。
次に火から少し離して、中火で五分。
缶のふたを開ければ、お酒の香りがふわっ――と立った。
『食欲をそそる香りだ』
麹菌とお酒の生みの親、ラテが舌なめずりをしながら缶を覗き込んでいる。
「よし、火はちゃんと通ってる。さあどうぞ!」
「いただきまーす!」
「あつつっ!」
皿に取り分けてやれば、フィンとミアはお醤油を垂らして早速食べ始めた。
「うわ……! 味が濃い」
「ふしぎな味。しょっぱいのとも、あまいのともちがう」
「旨味っていうのよ」
私も貝柱を口に放り込んだ。弾力のある噛み応えに、旨味が凝縮された汁がじゅわっと出てくる。
噛めば噛むほど美味しくて、いっそ甘いほどの旨味がある。
「これは……旨いな」
クラウスも目を見開きながら、もぐもぐと噛んでいる。
「あの巨大貝が、こんなに旨いとは。もう二、三匹いないだろうか」
「いやー、あんなのがいっぱいいたら、それはそれで嫌ですよ。貝柱はまだいっぱい残ってるから、帰ったらまた食べましょう」
「うむ。もぐもぐ」
『吾輩の酒の力があってこその味だ。感謝して味わえ。……はふっ、あつっ!』
貝柱は干して酒の肴にしてもいいよね。鉄板のバター焼きも外せない。
お刺身はどうかなぁ。絶対倉庫に入れておけば新鮮なままだけど、食中毒はちょっと怖い。あ、ラテに危険な細菌やウィルスがいないか確かめてもらえば、いけるかな? 後で聞いてみよう。
こうしてバーベキュー大会は続き、とれたて巨大貝柱の他、捌きたてのウサギ肉を含めて、たくさんの食材がみんなのお腹に収まったのだった。
◇
バーベキューの道具を片付ける頃には、もう辺りはとっぷりと暗くなっている。
私たちは焚き火を囲んで、星空を見上げていた。
前世の星座と違う星々が、空一面に瞬いている。森の中は真っ暗で、夜空の星が町よりも近く見える。まるで銀の砂を撒いたようで、とてもきれいだった。
「焚き火と言えばマシュマロ焼きなんだけど。ゼラチンがないから、マシュマロ作れないや」
私が言うと、クラウスは首を傾げた。
「マシュマロとゼラチンとはなんだ?」
「マシュマロはお菓子で、甘くてふにふにした食感なの。ゼラチンはゼリー状に固める材料かな。寒天でもいいけど、これは海藻から作る。どっちも見かけないね」
「ゼリー状か。なら、食用できるスライムで代用できるかもしれんな」
「スライムって食べられるの!?」




