30:湖畔のバーベキュー
辺りはそろそろ日が傾き始めている。
「さあ、みんな。暗くなる前にテントを張っちゃおうね」
「はーい!」
私は絶対倉庫から野営道具一式を取り出した。
ポールとなる木材を組み立てて、天幕の布を張る。さらにロープと杭で固定した。
これだけの資材をまともに持ち込もうと思ったら馬車が必要になるが、倉庫バンザイである。
フィンとミアは一生懸命に、クラウスは手早く手伝ってくれた。
『ふと思ったのだが』
一人、優雅に湖畔に座っていたラテが言う。
『いちいち組み立てずとも、組み上がった状態で倉庫に入れればいいのではないか?』
「!」
ラテ賢い。
冬の時期に大きな雪山を格納した時に感じたのだが、私の倉庫はどうも出し入れの大きさも制限がないようなのだ。
だったらテントじゃなく、ログハウスを格納しておけば、どこでも快適生活ができる……!?
「今日はもう地面に固定しちゃったから、明日、撤収する時にやってみようか」
『うむ』
というわけで、次は食事の準備に取り掛かる。
キャンプのごはんといえば、これ一択でしょ!
「バーベキューをやろう!」
「バーベキュウってなあに?」
フィンが不思議そうに首を傾げた。おっと。この国ではそういう言い方はしないのか。
私は人差し指を立てた。
「焼き肉だよ。お家の中で肉を焼くと、煙が出て大変でしょ? お外ならめいっぱい焼けちゃうもんね」
「お肉……いっぱい……」
ミアがよだれを垂らしそうになっている。
「肉は持ってきているのか?」
と、クラウス。
「うん。ロックリザードのヨーグルト漬けと、あとは普通の豚肉も持ってきたけど」
この国ではお肉といえばだいたい鶏肉と豚肉で、牛肉はあまり出回っていない。牛は農耕用とお乳の家畜であるらしい。
あとは時々、変わった魔物肉が冒険者ギルドに出るので、チャレンジしてみたいと思っている。
「そこらの森にはウサギや小さな魔物がいるようだ。必要ならば狩ってくるが?」
「へえぇ? 狩りですか? クラウスさんは弓も使えるの?」
「いや。こうする」
言うと彼は足元の小石を拾い上げた。湖の湖畔の石の中でもごく小さなものだ。同時に手元が閃く。
「キュッ!」
すると少し先の茂みで悲鳴が上がった。見ればウサギが倒れている。
「何したんですか……?」
「指弾だ。小石を指で弾いた」
「あ、はい」
なんか前世のバトル少年漫画で見たやつだ! 何でもありだな、この人。
そのうち気を練って光弾とか撃ち始めるんじゃないか?
「ウサギさん、かわいいね。おいしそーだね」
フィンとミアが息絶えたウサギの耳を持ち上げて笑っている。たくましいわ。
こうしてバーベキューのラインナップに、ウサギ肉も加わった。
◇
鉄の器具に炭を入れ、その上に網を乗せる。
着火は火の魔石でやった。普通の火打ち石よりだいぶ高価だが、今はそのくらいの余裕はある。それに火の魔石は火力が続くので、炭の着火に最適なのだ。
「はい! ではまず、おなじみのロックリザードのお肉を」
「わーい!」
ケバブで毎日のように食べているお肉だが、まだまだ飽きない。今日はバーベキューということで、ヨーグルトソースの配合はあっさり系にしてある。
みんなお醤油をかけたり、たこ焼き用のソースを垂らしたりして好きに食べている。
「次はこれよ!」
取り出したのは、ニンニクとショウガを合わせた醤油ダレに漬け込んだ鶏肉だ。唐揚げ用のお肉の余りを、衣はつけないでとっておいた。
私は一口大の鶏肉に串を刺した。鶏肉、ネギ、鶏肉、の順に交互に刺していく。
熱した網の上で焼けば、脂が滴ってジュウッと音が立った。それと共に肉と醤油の焦げるたまらない匂いが、湖のほとりに広がっていく。
「すっごい、いい匂い……」
フィンがうっとりとしている。ラテもソワソワと尻尾を揺らした。
『おい、ルシル。もういいだろう。その串を寄越せ』
「まだだめ。鶏肉はしっかり焼かないとお腹壊すからね。それに、じっくり焼いた方が外はカリッ、中はジューシィになるの」
煙がもうもうと立つ中、先に焼けたロックリザードの肉をつつきながら、焼き鳥の出来上がりを待った。
そうして焼き上がった焼き鳥を、順に配る。
「んまぁ~」
ミアが片手でほっぺを押さえながら、串の肉をもぐもぐしている。
私も一口食べてみる。ぱりっと焼き上がった外側を噛めば、中はしっとりジューシーでとろけるよう。
「エールが欲しくなる味だ」
クラウスはそう言いながら、既に何本も平らげていた。
「さあ、次は豚肉の味噌漬け!」
味噌ベースに醤油やハチミツを加えて、甘めの味付けにしたものだ。
最初は火から離した場所で弱火で焼いて、中まで火が通れば、仕上げに網の真ん中に持ってくる。味噌の焦げる香ばしい匂いが漂ってきた。こってり濃厚でご飯が恋しくなる味だ。
「おいしー! 甘くてしょっぱくて、サイコー!」
ミアはぱくぱくと食べているが、フィンは一口かじって微妙な顔をした。
「ぼく、ちょっと苦手かも……」
「えー! こんなにおいしいのに」
双子の妹ににらまれて、フィンは小さくなった。
「なんか、匂いがヘンで。食べにくい」
おっと。日本の発酵食品は、それなりにクセが強いから。慣れないフィンが苦手に思っても無理はない。
「無理しなくていいよ。お肉は他にもいっぱいあるからね」
「……うん!」
笑って言えば、フィンも気が楽になったらしい。塩を振っただけの豚肉に手を伸ばしていた。




