03:熱々のスープ・デリバリー
夜が明け、王都に朝の活気が戻り始める。
私は『絶対倉庫』に保存しておいた黒パンをかじりながら、これからの計画を練っていた。昨日のうちに雨に変わった雪は止み、冬の終わりの湿った冷気が肌を刺す。
(よし、やる気は満タン! ……だけど、お財布は空っぽどころか、そもそも持ってない)
心の中で景気の良いことを考えても、現実は厳しい。
修道院では清貧が基本とされていて、修道女は自分自身の財産というものを一切持っていなかった。
それでも実家からの仕送りとか、手仕事で稼いだお金を貯めている人はいたが、私はそれもない。
屋台を始めるには、まず元手、運転資金が必要不可欠だ。日雇いの仕事でチマチマ稼ぐのは時間がかかりすぎる。
(何か、元手ゼロで始められて、私の能力が活かせる商売は……)
考えを巡らせながら、活気あふれる朝の市場へと向かった。目的は買い物じゃない。情報収集だ。
吹き抜ける風はまだ冬の厳しさを残していて、道行く人の吐く息が白い。市場で働く商人や警備の兵士たちは、寒そうに体をさすりながら仕事をしている。
(寒いから、みんな温かいものが食べたいはず。でも、持ち場は離れられないみたいね)
観察していると、一人の商人が市場の隅にある屋台でスープを買い、自分の店先へと戻っていった。でも、ほんの数分歩いただけなのに、器から立ち上っていたはずの湯気はすっかり消えてしまっている。
どうやら火を使った屋台と、それ以外の店はエリア分けされているようだ。おかげでそれなりの距離になってしまっている。
「まあ、ないよりはマシか……」
残念そうに呟きながら、商人はぬるくなったスープをすすっている。
それを見た瞬間、私の頭にピコンと電球が灯った。
(冷める? ……待てよ、私の『絶対倉庫』なら時間は止まる。つまり、スープを熱々のまま届けられる!)
そうだ、デリバリーサービスよ!
この足で商品を届けて、なおかつ「出来立ての温度」を維持できる。私にしかできない商売だ。
問題は、売るためのスープをどうやって手に入れるか。
答えはもう、目の前にあった。
◇
「……という訳なんです。私に、あなたのスープを市場で売り歩かせてはいただけませんか?」
私が声をかけたのは、市場の隅で細々と営んでいるスープ屋台だった。店主は人の良さそうな、腰の曲がったおじいさんだ。味は悪くなさそうなのに、人通りの少ない立地のせいで、客足はまばらだった。
「出前かい? お嬢ちゃん、ありがたい話だがね。運んでる間に冷めちまうだけだよ」
店主は困ったように眉を下げた。私は満面の笑みで首を横に振る。
「いいえ。私は、このスープを一杯たりとも冷ますことなく、お客様にお届けできます」
「そんな馬鹿な。たとえそれが本当だとしても、うちは小さい店だ。人を雇う余裕はないんだよ」
「給金は要りません。代わりに、売上から手数料を少しだけいただければ結構です。それと今日の私のお昼ご飯に、スープを一杯だけいただけませんか?」
私の提案に、店主は目をぱちくりさせている。
彼にとって、この話にリスクはない。売れ残るよりはずっといいし、もし本当に売れたら儲けものだ。
「……ふっ、はっはっは! 面白いことを言うお嬢ちゃんだ。わかった、やってみな!」
店主は半信半疑ながらも、笑って頷いてくれた。
◇
「熱々のスープはいかがですか! お店の出来立ての味を、そのままお届けします!」
店主から受け取った鍋入りの熱々のスープを『絶対倉庫』に格納し、市場の中心部で声を張り上げた。
最初に声をかけたのは、寒そうに腕を組んでいた野菜売りの商人だ。
「どうせ冷めてるんだろ」
興味なさげな商人に、私はにっこり笑って『絶対倉庫』からスープの器を取り出してみせる。
その瞬間、もうもうと立ち上る湯気に、商人はあんぐりと口を開けた。
「なっ……!? なんでそんなに熱々なんだ!?」
「まるで魔法だな!」
驚いた商人たちがスープを買い、その場で一口すする。
「うまい! しかも本当に熱々だ!」
その感動の声が、最高の宣伝になった。
様子を見ていた周りの商人たちから、「おい、俺にも一杯くれ!」「こっちにも!」と次々に注文が殺到する。
私の最初のデリバリーは、あっという間に完売した。
◇
「……信じられん。全部売ってきたのかい」
夕暮れ時。私は空になった容器と、銅貨で膨らんだ小さな革袋を持って屋台に戻った。
店主は目を丸くして、私が稼いできた売上金を受け取る。
もう彼の目に、私をただの哀れな少女と見る色はなかった。
「お嬢ちゃん、あんた、ただもんじゃないな」
「ふふん、どうでしょう?」
約束通り、私は手数料分の銅貨と、今日の食事である一杯の温かいスープを受け取った。
屋台の隅に腰掛け、そのスープを一口すする。
塩気の効いた温かい味が、凍えた体の中にじんと染み渡っていく。追放されてから初めて口にする、心のこもった、温かい料理。
(うん、美味しい。熱々だけじゃなく、お客さんが喜んでくれたのが納得の味だわ)
この国は総じて食への関心が薄い。私がかじっていた黒パンのように、「口に入れば何でもいい」という考えが主流だ。
だからこのスープの美味しさは意外で、何物にも代えがたい「勝利の味」だった。
私は稼いだ銅貨を、ぎゅっと握りしめる。
大金ではない。でもこれはこの世界で、自分の力で稼いだ初めてのお金。私の商売を始めるための、何よりも尊い元手だった。
(よし、元手は稼いだ。これで最低限の道具が買える)
スープを飲み干した私は、力強く立ち上がった。
(――明日こそ、冒険者ギルドへ行こう!)
希望に満ちた足取りで、私は鍛冶屋の並ぶ通りへと向かった。
まずは包丁や串など、屋台で必要になる最低限の器具を手に入れなければならない。
全てはこれからの看板商品開発のためである!
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