29:魔物、出番なし
「わあっ!」
逃げようとしたフィンが、水と泥に足を取られて転んでしまった。
巨大シジミが触手(?)をムチのようにしならせて、フィンを狙う。
「危ないっ!」
私はとっさに彼を抱きしめて、巨大シジミに背を向けた。
その横を何かが疾風のように走り抜けていく。目の端に映るのは、銀色のひとすじ。クラウスだ。
彼は水面を非常な早さで駆け抜けて、瞬時に巨大シジミに肉薄した。
一閃。
目にも留まらぬ速さで繰り出された一撃が、巨大な魔物を両断する。中身ごと貝がらの継ぎ目を切り飛ばされたシジミ貝は、大きな水しぶきを上げて水中に沈んだ。
巨大シジミの方に集まっていった普通のシジミたちが、また浅瀬の方に逃げてくる。
湖の主だっただろう魔物は、一撃で絶命したのである。
「これで静かになった。続けてくれ」
いつの間にか湖畔に戻ったクラウスは、返り血どころか水濡れのあともない。
フィンとミアはあんぐりと口を開いて見とれている。
私も、改めて彼の凄さを実感した。
◇
それ以降は魔物が出ることもなく、私たちはシジミ貝採りを再開した。
着替えもちゃんと持ってきているので、ずぶ濡れになってしまったフィンを着替えさせる。
ところでラテいわく、この小さいシジミ貝もごく弱い魔物なんだそうだ。
魔物と普通の動物の違いは、体の大きさに対してどのくらい魔力を持っているかで決まる。シジミ貝は魔物と動物の境目、やや魔物、くらいなんだとか。
飛び跳ねるアグレッシブさは魔物ならではの動きらしい。まあ、それだけ元気いっぱいなら栄養もたっぷりだろう。
なお、巨大シジミ貝の残骸もしっかりと絶対倉庫に格納してみた。
『そんなものが食えるのか?』
ラテは不審そうだが、私はにっこりと笑った。
「だってこれ、どう見てもシジミ貝が巨大化したやつでしょ。ちょっと大味だとしても、お得よ。見てよこのでっかい貝柱。干物にしたり、焼いて食べたり、夢が広がるわ」
「身は美味そうだったから、なるべく傷つけないように急所を斬った」
と、クラウス。この人もなかなか筋金入りの食いしん坊である。
普通のシジミ貝はバケツ十個分にいっぱいになったので、とりあえず良しとする。まだまだ大丈夫だと思うが、一度に採りすぎて環境を変えるのも良くないし。
夢中でシジミ貝採りをしていたおかげで、辺りはすっかり夕暮れになっている。
「フィン、ミア。そろそろ切り上げてお休みにしようね」
「はぁーい」
バケツいっぱいのシジミ貝を倉庫に格納しようとして、ふと私は思った。
(私の絶対倉庫って、生き物は入れられるんだっけ?)
普通の小倉庫や中倉庫には、生き物は入れられないとされている。実際、能力が進化する前の小倉庫には入れられなかった。
でもねえ。良く考えれば矛盾しているのだ。
だって、たとえ生きた動物や魚ではなくても、物には微生物が付着しているでしょ。だいたい、ラテが作った麹も倉庫に入っている。
「ものは試しよ。格納っと」
シジミ貝のバケツを格納すると、何の問題もなく入った。
「ありゃ。いけちゃった」
『どうした?』
ラテが不思議そうにしているので、事情を説明する。
『なるほど……。おぬしの倉庫が規格外なのか、はたまた何か条件があるのか』
「不思議よね。例えば、私自身は格納できるのかしら? 試してみよう」
『おい、待て!』
――格納!
能力を使った途端、バチンと静電気みたいな痛みと音が走って、私は尻もちをついた。
「いたた……。私自身は無理みたい」
『馬鹿者! 万が一、おぬしが倉庫に入ってしまったらどうするのだ。倉庫の中では時間が止まるのだろう? おぬし自身が停止して、出てこられなくなるぞ』
「あっ」
考えてみれば当たり前の可能性に行き着いて、私は身震いした。
倉庫の出し入れは私だけが行える。その私が時間停止した場合、当然……。
「こわ……。今度から慎重にする……」
『当然だ。この愚か者が!』
ラテがバシッと猫パンチをかましてくる。爪が出ていて普通に痛い。かなり怒っているようだ。
「ごめん。もっと気をつける」
私が平謝りをしていると、ふとクラウスの視線に気づいた。
あああ、しまった。彼の目の前で堂々とラテと会話をしてしまった。フィンとミアにはラテの正体を話してあるけど、クラウスには秘密にしていたのだ。
となると当然、私は猫とお話するやべー女になってしまう。
「あのですね、これは違うんです」
必死に言い訳をしようとするが、クラウスは表情を変えないで言った。
「ルシル。前から思っていたのだが、お前は……猫さんとお話ができるのか?」
「はい?」
予想の斜め下からやってきた質問に、私の目が点になった。
「俺は猫が好きだ。ラテを撫でたいと思っているのだが、いつも避けられてしまう。猫とお話ができるコツがあるなら、教えてくれ」
「……」
なにこれ。
私が返答に困っていると、ラテが呆れた声で(念話だけど)言った。
『もういいわ。クラウスよ、吾輩は猫ではなく偉大な魔獣である。撫でる時は魚の一匹でも貢ぐように』
「……! なんだと、喋れる猫さんだったのか」
ある意味動じていない。なんかすごい。
私は軽率な行いを反省しつつ、クラウスとラテのやり取りに脱力するのだった。
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