28:北の湖
「さあ、出発!」
春の日の朝、私たちは王都を出た。
必要なものは全て絶対倉庫に放り込んでいるので、みんな手ぶらである。とっても楽ちん。
例外はクラウスで、いつでも抜けるようにと剣を腰に佩いたままでいた。
「シスター、遠出かい? 気をつけてな」
「はい。警備兵のみなさんも、風邪、お大事に」
城門の兵士たちも風邪を引いている人が多くて、大変そうだった。
城門は通常なら商人や旅人で賑わっているのだが、人の行き来が半減している。やはりこれは少しでも早く、おかゆを作って貢献せねばなるまい。
北の湖までは簡素ながらも街道が通っている。
私たちは歩きやすい道を歩いていった。
よく晴れた日で、春の陽気が気持ちいい。
開けた平原は、北の湖が近づくと少しずつ森になっていく。
途中で何度か小さい魔物と出くわしたが、戦う以前にみんなクラウスを見て逃げていった。威圧力が高い。
お昼を過ぎて少しした頃、私たちは北の湖に到着した。
「わあ……!」
ミアが声を上げる。
森に囲まれた湖はそれなりの広さで、青々とした水をたたえていた。
「つめたっ!」
フィンが湖のほとりまで走っていって、手を差し入れている。
もう春になったけれど、水はまだまだ冷たい。夏ならば素足で問題ないだろうが、こんなこともあろうかと、防水性能のある革のブーツを用意してある。
「まずはお弁当を食べちゃおうね」
私が倉庫からお弁当箱を取り出す。布の包を解いてふたを開けると、「うわぁ~!」とフィンとミアが歓声を上げた。
彩りもきれいに詰め込まれたお弁当は、まるでおもちゃ箱のようでもある。
「おいしい! この玉子焼き、甘くてふわふわ」
「このお肉、外はカリカリなのに、中はじゅわっとジューシーだよ!」
双子が夢中で頬張る横で、クラウスも無言でフォークにおかずを突き刺している。
彼は特に唐揚げが気に入ったようだ。一口食べるたびに、青い瞳をわずかに見開いている。
さらにはタコさんウィンナーに手を伸ばした。まじまじと見つめている。
タコさんウィンナーもS級冒険者に見つめられて、心なしか頬を染めている。
クラウスは何度かためらった後、ようやくぱくりと口に入れた。うんうんと頷いている。
「クラウスさん。そんなに見ることありましたか?」
私が聞くと、彼は少し黙った後に答えた。とても真面目な表情だった。
「見た目が可愛くて、食べるのがもったいなかった」
「あ、はい」
なんだこれ。ギャップ男子か? それとも強度の天然……?
「タコさんかわいーよね」
ミアはそう言いながら、ぱくぱく食べている。この子の方がよっぽどたくましい。
『うむ。この唐揚げとやらは、なかなかのものだな』
ラテも唐揚げが気に入って、美味しそうに食べている。
「おにぎりも食べてね。炭水化物を食べておかないと、エネルギーが出ないから」
私がみんなにおにぎりを差し出すと、不思議そうにしながらも受け取ってもらえた。
「ん、おいしい! 塩味だけのも美味しいけど、しょうゆ味も香ばしいね」
フィンが笑顔で二つ目のおにぎりを頬張っている。
「醤油味は焼きおにぎりよ。お醤油ベースのタレをつけて、焼いてるの」
「中にチーズ入ってるよ」
「焼きおにぎりにはチーズが合うと思うんだよねえ。ほら、とろーり」
そんなことをわいわいと話しながら、お弁当を食べた。
青い空の下で、みんなで食べるお弁当。高級な料理ではないけれど、幸せで美味しい味がした。
「さあ、食べたら、お待ちかねのシジミ採りよ!」
私は倉庫からバケツを取り出して、高々と掲げてみせた。
◇
シジミ貝は湖の浅瀬の泥によく住んでいるはずだ。
私たちはそれぞれブーツを履いて、バケツとざるを手に持った。
「泥にざるを入れて、貝をすくってみてね」
「はーい!」
フィンとミアが元気よく返事をして、さっそくざるを泥に突っ込んでいる。
「あっ。いたよ!」
フィンが声を上げる。ざるを水で洗っていくと、小さな黒い貝がいくつも現れた。
(大きさといい、形といい。シジミ貝で間違いなさそう)
新人冒険者君が試食してくれたので、毒がないのも実証済み。ありがとう、新人君。
「貝がらばっかり……」
ミアがしゅんとしている。
彼女のざるは、空の貝がらがたくさん入っていた。
「気長に探してみてね。あ、これは身が入っているよ」
ミアのざるから閉じた貝を一つ取り出すと、彼女はぱっと笑った。
「ほんとだ。いっぱい探すね!」
「ミア、競争しようよ!」
バケツ片手にフィンが手を振っている。二人ともとても楽しそうだ。
貝がらは泥に戻して、生きている貝だけをバケツに入れていく。ここはシジミ貝の群生地らしく、少しの時間でたくさんのシジミ貝が採れた。
「ラテー! あなたもシジミ採り、しない?」
『せんわ。何が楽しくてわざわざ水に入らねばならん』
「あぁ、猫は水が嫌いだもんね」
『我輩は猫ではない! 偉大な魔獣だ』
などとお約束のやり取りをしながら、楽しくシジミ採りを続ける。
クラウスも水に入らず、辺りを警戒していた。護衛の役目をしっかり果たしてくれている。
やがて私と双子のバケツがいっぱいになったので、一度休憩をすることにする。
絶対倉庫があるから、もう少し確保してもいいかな?
などと思った時。
足元の泥が何やらもぞもぞと動き始めた。
なんぞ……? ここは湖で、潮の満ち引きがあるわけでもないのに。
と思ったら、泥からシジミ貝がぴょんぴょんと飛び出してきた!
「えっ、何!?」
シジミ貝ってこんなアグレッシブな生き物だったの? 初耳なんですけど。
唖然とする私の目の前で、シジミ貝たちは泥を飛び出して湖の奥へ走って(?)いく。
するとゴゴゴゴ……と不気味な地鳴りがして、バッシャーン! 湖の奥に大きな水しぶきが立った。
「うわあっ!? 何あれ!」
水を割って現れたのは、小さな家ほどもある巨大なシジミ貝だった!
でかすぎる。あそこまで大きければ味も大味で美味しくないかもしれない。
あ、でも、ダシの取りがいはあるかな?
『ルシル、下がれ! 貝の魔物だ!』
ラテの鋭い念話が飛んできた。




