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25:新しい食材

 王都の冒険者ギルドは、最近の私にはすっかりおなじみの場所だ。

 ロックリザードの肉(というか解体はコツがいるので、まるまる一匹まんま)の回収依頼をちょいちょい出している上に、冒険者たちにもケバブサンドとたこ焼きは人気なのである。

 私はラテを連れて、そこへ向かった。


 受付のお姉さんに軽く挨拶して、私は冒険者たちに聞いて回った。


「安くて栄養があって、体に優しい食材。知りませんか?」


「シスター。また新しい料理の開発かい?」


 中堅冒険者がからかうように言う。


「ええ、そうですよ。今、風邪が流行っているでしょう。風邪の時でも美味しく食べられて、あったまって、栄養のある料理を作ろうと思っているんです」


「ほほう、そういうことか」


 他の冒険者が頷いた。


「あたしの相方も風邪を引いちゃってね。なかなか治らないで困ってるよ」


「うちの妹もだ。咳がしつこくて、眠れないし食欲もないしで、かわいそうで」


 冒険者たちは集まってわいわいと話し始めた。


「滋養強壮といえば、グリフォンの肝だろ」


「馬鹿か。そんなのS級冒険者でもない限り、取ってこれねえよ」


「月露草の花は? 喉の痛みに効くでしょう」


「あれが咲くのは夏だからな……。今は去年のドライフラワーしかないだろ。しかも風邪の流行で在庫が厳しいらしいぞ」


 それぞれの知識を語ってくれるが、なかなかこれぞ! というものがない。

 そんな中、ある新人冒険者がぼやいた。


「腹が減ってるのに金がない時は、そこらの草を食ったよ。たまに食べられない草に当たって腹を下したが」


「あー。新人あるあるだな」


「魔物の肉を口に入れて、固すぎたりマズすぎたりで食えないこともあるよな」


 あっはっは、と笑い声が上がる。新人冒険者はさらに続けた。


「何か食えるものがないか必死で探して、北の湖の小さくて黒い貝を取って食ったこともあった。小さすぎて身が取りにくいし、砂がジャリジャリしてクソマズいけど、とりあえず食えた」


「おいおい、そんなものまで食うのかよ。新人、早く稼げるようになるといいな」


 周囲の冒険者たちは笑っているが、私の頭の中には前世の記憶がスパークしていた。


 砂がジャリジャリ。湖の小さくて黒い貝。


(それってシジミ貝では!? 栄養満点で、最高のダシが出るのに。食べ物として認識されていない上に、砂抜きの方法を知らないんだ)


 特にオルニチンだったかな。二日酔いに効果のあるアミノ酸が豊富に含まれている。

 肝臓の働きをサポートしたり、疲労回復を促進したりする。

 風邪で体が疲れ切った人たちには、とても良い食材だと思う!


「ありがとう! 良いお話が聞けたわ。あなたに神の祝福がありますように」


 新人冒険者の手を取って言うと、彼はびっくりしていた。


「え、シスター? あの貝を取りに行くの? いくらシスターでもあれを料理するのは難しいんじゃ?」


「いいえ、アイディアはあるわ。とりあえず現物を確認しないとね」


「あ、ちょっと……」


 何か言いかけた新人君の言葉を背中に聞きながら、私は冒険者ギルドを飛び出した。





 目標のロックオンはできた。その前に、ナタリーの様子を見てこよう。

 彼女は薬師でもある。シジミ貝と相性が良くて、料理に使える薬草を知っているかもしれない。


 施療院まで行くと、そこにはたくさんの人が並んでいた。誰もが顔色が悪くて、ゲホゲホと咳をしている。

 施療院の中までは見れなかったが、シスターたちが慌ただしく行き来している。


「ナタリー、忙しそう。邪魔しちゃ悪いし、話を聞くのは諦めようか」


 私が言うと、ラテは尻尾を振った。


『おぬしが有用な料理を作れば、ナタリーの負担は軽くなる。吾輩がこっそり行ってきてやろう』


 ラテは人々の足元を縫うようにして、さっさと施療院に入っていった。

 しばらくすると戻って来る。


「どうだった?」


『あの小娘は疲れ果てていたな。治癒の力の使いすぎだ』


 ラテはふんと鼻を鳴らした。


『だが、薬草はいくつか聞いてきた。湖の近くの森に、生えているものもあるそうだ。さっさと療養食を作ってやれ。そうすればこの事態もマシになるであろう』


「……うん!」


 ナタリーは真面目だから、このまま患者さんがあふれた状態が続けば、倒れてしまいかねない。

 早急に湖まで行って、シジミ貝を取って来ないと。


『もう一つ。ナタリーが言うには、修道院長が治療の際の寄付額を増額したそうだ』


「え?」


 施療院の治療は名目上は無料だが、実際は寄付を要求している。元々は治療に感謝した患者たちの自発的なものだったのが、いつの間にか慣例化した形だ。

 とはいえ本来は無料なので、今まで患者たちは自分の財布と相談して無理のない金額を寄付していた。

 それを増額?


「ヴェロニカは、こんな時でもお金儲けをしようとしているの?」


『だろうな。おかげで貧しい人間は施療院に来られなくなったとナタリーが嘆いていた』


 私は施療院の列に並ぶ人々を見渡した。確かに中流程度の人が多く、本当に貧しい身なりの人は見当たらない。

 貧しい人こそ体が資本で、風邪で寝込んだら生活を直撃してしまうだろうに。


「急いでシジミ貝を取りに行こう。おかゆだけで全部解決できるわけじゃないけど、あった方が絶対にいいもの」


 私とラテは足早に割れ鍋亭へ戻った。



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