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24:市場の風邪

 フィンとミアの協力もあって、割れ鍋亭と屋台「旅するキッチン」の経営は順調な滑り出しを見せた。

 醤油と味噌を使ったメニューも少しずつ開発中だ。


 お店の役割分担は、私が屋台。ラテは割れ鍋亭。

 ラテは接客はできないけれど、彼がいれば子供たちだけでも安心して店を任せておける。

 フィンとミアは、その時によってお店か屋台かのどちらかのサポートに入る。


「ルシル! 今日はどこに行くの?」


 フィンがウキウキした表情で言った。

 双子はやはりお出かけができる屋台がお気に入りで、旅するキッチンの当番が回ってくるのを楽しみにしている。


「そうだねえ。今日は定番の市場にしようか」


 これまで旅するキッチンは、市場の他に小さな広場とか、城門前とか、王都の中の色んな場所へ行った。

 どの場所でもケバブサンドとたこ焼きは大人気で、すっかり有名になった。

 なにせ私には絶対倉庫がある。屋台ごと格納してしまえば、移動時は楽々。前もってセッティングしておくと、倉庫から取り出して即、営業ができる。

 もうチート最高よ!


 あと、こうして子供たちを連れ歩くのは、もう一つ目的がある。

 私たちが有名になれば、人さらいが手を出しにくくなると思うのだ。私やラテが目を離した隙に危ないことがあっても、「旅するキッチンのあの子だ」と気づく人が増えるだろう。

 いわば人の目に守ってもらう作戦である。


 というわけで、今日の私はフィンを連れて市場へ向かった。

 季節はすっかり春になり、朝晩はまだ冷えるものの、暖かな陽気が漂っている。

 ところが……。


「こんにちは! 今日もよろしくお願いします!」


 元気よく挨拶したのに、返ってくる声が少ない。

 これはどうしたことだろうか。一週間くらい前に市場に来た時は、それはもう人気だったのだが。


「ああ、シスター。今日は市場に来てくれたのか」


 馴染みの警備兵が近づいてきた。でも、何だか顔色が悪い。


「せっかくだから、サンドを一つもらおうかな。……ゲホ、ゲホッ」


 ケバブサンドを渡すと、彼は咳をした。

 周囲を見れば、道行く人は皆どこか元気がない。咳をしている人も見受けられる。

 常連の商人も顔色が悪くて、咳をしながら言った。


「どうにも食欲がなくて、ここのところあまりものを食べていないんだ。体力が落ちちゃって、商売にならないよ。だからシスター、今日は買わないでおく。ごめんな」


「いえ、それはいいんです。でも、施療院には行きましたか?」


 私が聞けば、彼は首を横に振った。


「一度様子を見に行ったが、とても混んでいてね。薬も不足しているそうだし、やめたよ」


 そういえば、ここしばらくナタリーの姿を見ていない。きっと忙しくて、割れ鍋亭まで来る暇がないのだろう。


(なんてこと。気づかなかった)


 今は市場周辺で風邪が流行っているようだが、放っておけば範囲が拡大してしまうかもしれない。

 たかが風邪といえばそれまでだけど、治癒の能力と薬草頼みの医療レベルでは、子供やお年寄りは風邪でもこじらせれば大事になるかもしれない。

 何より、いつも私たちのお店に来てくれるお客さんたちが苦しんでいるのは、見過ごせない。


 私が今、料理人としてできることは何だ?


(そうだ。風邪の弱った胃に優しい、食欲がなくてもしっかり栄養の取れる療養食を作ろう。美味しくて心も体も温まるような、そんな料理を!)


 私は決意を固めた。





 最高の療養食を作るには、滋養あふれる食材が必要になる。

 私は割れ鍋亭に戻って、緊急会議を招集した。


「――というわけで、市場と王都のみんなを元気にできるような、最高の療養食を作りたいの。何かいいアイディアはないかしら?」


 私が口火を切ると、ミアが「はいっ!」と手を挙げた。


「お風邪のときは、熱っぽいから。冷たくてあまいものがいいな。前にルシルが作ってくれた、果物のハチミツ煮を雪で冷やしたやつがいい」


「でも、ハチミツはねだんが高いよ」


 と、フィンが言う。


「王都中の人に食べてもらうなら、安い材料でいっぱい作らないと。おなかにたまるのがいいよね。おいものスープとか」


 ラテは食卓に座って、尻尾を振った。


『フン、病など気の持ちようだ。食欲がないというなら、無理矢理にでも口に詰め込んでやれ。魚屋で一番いい魚を買ってきて、丸ごと煮込んだやつなんかどうだ』


「ラテ。それはあなたがたべたいだけでしょ」


 ミアが鋭いツッコミを入れて、ラテは目を逸らした。

 私は腕を組む。


「うーん。どれも悪くないけど、今ひとつバッチリ来ないのよね。甘いものだけじゃ力が出ないし、お芋だけでは栄養が偏る。店主さんの具沢山スープもいいんだけど、もう少しお腹に溜まった方がいい。……あ、お魚は論外で」


 ラテはがっくりとうなだれた。

 私は彼をさらりと無視して、手持ちの食材や市場で売っている食べ物を思い浮かべる。……駄目だ、どれもピンとこない。


「普通の食材じゃ駄目かもしれない。何かこう、この世界ならではの、まだ誰も価値に気づいていないような特別な食材が必要よ」


「ロックリザードの肉みたいな?」


 フィンが言ったので、私は頷いた。


「そう、そういうやつね。……となると、そういう食材の情報が集まる場所といえば――」


 私はみんなの顔をぐるりと見渡した。


「冒険者ギルドに行ってくる!」


「おー!」


 私の掛け声に、双子たちが拳を突き上げた。





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