21:旅するキッチン
「もう少し、お金を貯めたら考えたいね」
「うん」
私が言うと、双子は頷いた。
「じゃあ今日は、お買い物の前に寄り道をしよう。私がお世話になったスープ屋台があるの。とっても美味しいから、フィンとミアにも食べてほしくて」
「美味しいスープ! 何味のスープ?」
ミアが目を輝かせる
「基本はトマトで、色んな具がいっぱい入っているよ」
「わーい!」
二人とも喜び勇んでスキップを始めた。
私も久しぶりにあのスープを飲めると思うと嬉しくなって、一緒にスキップしながら市場を進んでいった。
市場の隅のスープ屋台にたどり着けば、そこには案外お客さんが来ていた。
「お、シスターじゃないか」
スープ・デリバリーをしていた頃の常連さんが何人かいて、声をかけてくれる。
「だいぶ暖かくなってきたが、ここのスープの味が忘れられなくてなあ。ちょっと不便な場所でも、つい食べに来ちゃうんだよ」
そう言って笑っている。
「そうでしょう、そうでしょう。ここのスープは美味しいものね!」
「いやいや、シスターが威張るとこじゃないだろ」
私も得意になっていると、屋台の店主さんが気づいて近づいてきた。
「おお、シスターのお嬢ちゃんじゃないか。よく来たなあ」
「こんにちは、店主さん! ご無沙汰してます。景気はどうですか?」
「まあまあじゃよ。シスターのおかげで常連が増えて、無事に冬を越せたわ」
店主さんは双子に気づいて、首を傾げた。
「おや、この子たちは……?」
「ちょっと理由があって、引き取ることになったんです。フィンとミアといいます」
「おぉ、そうか、そうか」
店主さんはフィンとミアの頭を優しく撫でてくれた。
「さあ、スープを飲んでいきなさい」
そう言って、三人前のスープを器に盛ってくれる。
「わあ、美味しい!」
「おいしー」
フィンとミアはニコニコ笑顔だ。私も久しぶりの味ににっこりとした。
ふと見れば、店主さんはどこか寂しそうにしている。春になったというのに、前よりも老け込んでしまった気がした。
私の視線に気づいたのだろう、彼はぽつりと語り始めた。
「シスター。わしな、もうこの店を畳もうと思うんじゃ」
「え!?」
突然の告白に私は言葉を失った。
「どうしてですか? こんなに美味しくて、人気も出てきたのに!」
「はは、ありがとうよ。だがのう、わしはもう年じゃ。だいぶ前から体はきつかった。それでも数少ない常連のために頑張って来て、決心がつかなんだ」
店主さんは自分の屋台を眺めた。優しい目だった。
「だが、シスターに出会って思った。お前さんになら、後を任せられると」
彼はまっすぐに私を見やる。
「この市場の連中、いや、王都中の人々の腹を、お前さんなら満たしてくれる。腹だけではない、心までだ。そう感じたんじゃよ」
◇
驚いてスープを飲むことしかできない私に、店主さんは続けた。
「だから、頼みがある。この店……屋台を、お前さんに譲りたい。引き受けてくれるか?」
そこでようやく、私は言葉を取り戻した。スープをごくんと飲み込んで答える。
「もちろんです! そういうことであれば、お任せください。お代もしっかり支払います」
貯金をかき集めれば、相場の代金に足りるはずだ。
「いやいや。代金などいらんよ。今年の冬は、シスターの配達でずいぶんと売上があった。十分じゃよ」
「そんな……」
店主さんは穏やかに笑っている。それだけに彼の本気が伝わってきた。
店主さんの屋台は小ぶりで、折りたたんで引いて歩けるようになっている。前世の日本の屋台に似た感じだ。
移動できる店。まさに私が欲しかったもの。
店主さんの長年の思いと信頼が詰まった、大事なお店だ。
「……はい、ありがとうございます! あなたの思い、私がしっかりと受け継ぎます。もっと、もっとたくさんの人を笑顔にしてみせますから!」
私は深々と頭を下げる。フィンとミアも私の横で、小さな頭をぺこりと下げた。
店主さんは微笑んで、秘伝のスープのレシピを私に教えてくれた。
これからは私が、いや、私たちがこの味を受け継いで行くんだ。
◇
それから数日後。
割れ鍋亭の前には、店主さんから正式に譲り受けた屋台が置かれていた。木製の素朴な二輪の荷車で、折りたたんだ木の荷台を広げれば、ちゃんと屋台になる形だ。
私とラテ、フィン、ミア、それから遠巻きに様子を見守るクラウスが、新しい船出を前に、その屋台を囲んでいた。
「見て! 新しいお店の看板よ!」
私は、自分たちで手作りした看板を、屋台の側面に誇らしげに掲げた。
そこに書かれているのは、『旅するキッチン』という名前。
発酵マイスター兼、マスコットのラテをイメージして、猫の耳みたいな三角形の木片を二つくっつけてみた。
前世のキッチンカーのように、あちこち旅して色んな場所に行って、色んな美味しいものを届けられるように。名前には、そんな願いを込めた。
「私たちの新しいお店の名前! これからはこのお店と一緒に、王都中に美味しい笑顔を届けに行くよ!」
「「おー!」」
フィンとミアが、元気よく拳を突き上げる。その横でラテが満足げに尻尾を揺らした。
私の新しい夢が、新しい仲間たちと一緒に走り出そうとしている。
小さな木の屋台が、とっても大事な宝物のように輝いて見えたのだった。
ここで第2章は終了です。
次の章は色々な問題を解決しながら、新しいレシピを作っていくお話。
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