02:不屈の食いしん坊
「……っ!」
冷たい!
雪が顔に吹き付けて、私は現実に引き戻された。
辺りは雪の積もる暗い路地。そうだった。私は修道院を追放されて、空腹のあまりここで力尽きようとしている。
温かいシチューの記憶と、凍えるような絶望の現実。
その落差が私の心の最後の糸を、ぷっつりと断ち切った。
(食べたい……!)
死ぬのはもうどうでもいい。
でもあのシチューを、もう一度。ううん違う、それだけじゃない。ケバブサンドを、熱々のラーメンを、ソースの香りがたまらないたこ焼きを! 肉汁たっぷりのハンバーガーにカレーライス。お好み焼き、もんじゃ焼き、カツ丼~!!
私の頭の中を、見たこともない――そしてどこか懐かしい料理の数々が駆け抜けていく。
(美味しいもの、食べたい! みんなにも食べさせてあげたい!)
死の淵で爆発したのは、食への純粋で強烈な渇望だった。
その瞬間、頭の中で何かが弾けた。
エンジンの騒音と鉄板の熱。ハンドルを握る感触。仕入れの原価計算。客との軽口。そして何よりも、「美味しい一皿で人を笑顔にする」という自信と喜び。
今ではない記憶、ここではない風景が奔流となって私の精神を飲み込む。
――思い出した。
修道院育ちの気弱な少女「ルシル」の中に、莫大な違う世界の記憶が流れ込んでくる。
そう、私は前世で経営者かつ料理人だった。
私の城は一台のキッチンカー。日本中と世界中のB級グルメを食べ歩いて、取り入れた美味しさを売り歩いていた。
行く先々の町で、お客さんを笑顔にする。それが何よりの喜びで、食べ歩きが大好きだった私。
雨の日の山道、飛び出した狸を避けようとハンドルを切ったら、運の悪いことにスリップして横転。崖下に真っ逆さまに落ちて……それ以降の記憶がない。死んだのだと思う。
次の思い出は、小さなルシルが孤児院で過ごしている姿だった。
私は前世の記憶と、大人としての人格をはっきりと取り戻した。
正確に言えば、修道女見習いのルシルと日本の二十一世紀に生きていた女性が混じり合って、新しい人格を作ったのだ。
「こんなところで死んでたまるか!」
二つの人生分の強い意志が、心の底からの叫びとなる。
その叫びに呼応するように、私の奥底で何かがドクンと脈打った。
『能力「小倉庫」 は 「絶対倉庫」に進化しました』
頭に直接響くようなその感覚に、私は目を見開いた。
『絶対倉庫』? なんだそれ?
私が元々持っていた小倉庫の能力なら、知ってる。カバン一つ分くらいの小さい亜空間に接続して、物を出し入れする能力だ。
荷物を省けるといえばそうだが、容量が小さいので使い勝手は良くなかった。ありふれた能力で珍しくもない。
この世界は不思議に満ちあふれていて、こうした個人特有の能力や魔法があったりするのである。
私は試しに、路地裏に転がる小石に意識を向けた。
(――格納!)
思った瞬間、小石が目の前からフッと消える。いくつでも、いくつでも。意識の中にある見えない倉庫に、無限に吸い込まれていく感覚がある。
(すごい……!)
次に手のひらに積もった雪を格納し、少ししてから取り出してみる。
それは全く溶けることなく、冷たい結晶の形のまま私の手に戻ってきた。
(時間が……止まってる?)
そうだとしたら、これって……。
食材が腐らない! 料理も出来立て熱々のまま保存できるってこと!?
前世のB級グルメの知識と経営ノウハウ。
そして、この最強の能力。
二つのピースが組み合わさった瞬間、私の頭の中に完璧なプランが閃光のように駆け巡った。
私は、追放の証である硬い黒パンを拾い上げる。そして、ニヤリと笑いながら『絶対倉庫』に放り込んだ。
「保存食ゲット、と。まずはここからね」
私はもう、無力で気弱な見習い修道女ではない。
ゆっくりと立ち上がる。相変わらずお腹はぺこぺこで、ぐうぐう鳴っていたけれど。それでも構わず、力強く立った。
降りしきる雪を仰ぎ見て、高らかに宣言する。
「見てなさい、院長。いいえ、ヴェロニカ! 私はこんなことで終わらない。最高の屋台で、王都の胃袋、ぜーんぶ掴んでやるんだから!」
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