19:新しい家族
フィンとミアが割れ鍋亭の住人になってから、何日かが過ぎた。
お店はこれまで以上に活気に満ちている。
今日も店じまいした後の食堂で、二人の元気な声が響いていた。
「ルシル、今日の売上の計算、終わったよ!」
「ルシル。このソース、もうちょっとだけ果物の甘みがあった方が、お肉の味に合うと思う」
二人は小さな子供とは思えない有能さを発揮して、私を助けてくれた。
フィンの計算能力は、帳簿の管理と釣り銭の素早いやり取りに大きな力を発揮している。
私は前世から数字があんまり得意じゃなくて、でも個人事業主だから仕方なくやっていた。税理士に丸投げするほどの売上はなかったから。
この世界に生まれ変わってからも帳簿付けはやってたが、電卓も表計算アプリもない。筆算でちまちま書いていた手間を、フィンはまるっと引き受けてくれた。私よりよほど速くて正確である。
ミアの味覚と嗅覚はとても鋭くて、細やかな味付けをしてくれている。
私は美味しいものが大好きな食いしん坊だが、味覚はまあ人並みというか、やや大雑把というか……。あまり繊細なところは分からなくて、割と感覚的に味付けしていた。前世の味と材料を一生懸命思い出してレシピ再現していたわけだ。
それをミアは細かいところまで見抜いて、しっかりと提案してくれる。教えられたレシピを再現するだけではなく、自分で考えて最適なものを教えてくれるのだ。
「ねえ、二人とも。そんなに働き詰めで大丈夫? 私、なんだか心が痛いんだけど……」
いい年こいた私が無能の阿呆みたいで心が痛い。
いや違う、年端もいかぬ子供たちをこき使っているようで心配だ。
ところがフィンとミアは満面の笑顔で答えた。
「へいき! いっぱい計算できて、楽しい!」
「おいしいもの、いっぱいあって、うれしい。あと、ラテかわいい」
なんと。こんな小さい頃から働き者で、将来が心配……いや楽しみ……?
私が複雑な顔をしていると、フィンが帳簿を片手にトコトコとやってきた。
「ルシルの絶対倉庫はすごいね。だってはいきが出ないもんね」
「はいき? ああ、廃棄ね。うん、確かに。うちのお店はフードロスがゼロだわ」
倉庫に入れておけば、中のものは腐らない。半永久的に鮮度を保つ。
たとえ当日売れ残っても、翌日以降に繰り越せるわけだ。究極のエコかつお財布に優しすぎる仕様である。
「仕入れのお金も、安い材料だけだよね。売上がほとんどもうけになってる」
「それは工夫をしたからね。ラテもいるし」
私の言葉に反応して、床に寝そべっていたラテが尻尾を振った。
双子たちにはラテの能力と正体を話してある。あの満月の夜に魔獣の姿を見たし、一緒にお店をやる以上は隠せないもの。
「死んじゃったお父さんがね、言ってたよ。商人はどれだけ安く仕入れをして、どれだけ無駄を省けるかで将来が決まるって。ルシルはすごいよ!」
「えへへ、それほどでも~」
私は謙遜しながら、この子たちの親がもういないという事実に胸がぎゅっとなった。
二人を抱き寄せて、抱きしめる。
「ルシル?」
「私が二人のこと、ちゃんと育ててあげるからね。いつか大人になって、しっかり生きていけるようになるまで」
この子たちの能力は下手な大人を凌ぐが、それでも子供であることに代わりはない。この前のように人さらいに遭うこともある。自分の身を守れる力が身につくまで、私がしっかりしないといけない。
「……ん」
ミアが小さく頷いて、私の肩に頭をこすりつけた。フィンも私の背中に手を回してくれる。
私は新しい家族を得た幸せを噛みしめていた。
でも同時に、夢がふつふつと再燃してくるのを感じる。
(この子たちの能力を、この小さな店だけで終わらせるのは惜しい。広い世界を見せてあげたい。色んな可能性の中から、生きる道を選び取ってほしい。そのためにも、自由に移動できる屋台があれば……!)
異世界キッチンカー。夢の一つが、しっかりと形を持った瞬間だった。
◇
「と、いうわけでね。私、この子たちを引き取ることにしたの」
私はナタリーを呼んで、これまでのいきさつを話した。
「まあまあ、ルシルちゃん! 行き場をなくした子たちを引き取るのは、素晴らしい行いですわ。フィン君とミアちゃん、どうぞよろしくね」
「はい、よろしくおねがいします!」
「よろしく……おねがいです」
フィンとミアが元気に挨拶をする。
少し雑談をした後、フィンとミアはお店番に戻っていった。
「ルシルちゃん。あの子たちを引き取ったのは、とても良いことだと思います。でも……」
ナタリーが声を落としたので、私は頷いた。
「孤児院の子たちが、人さらいにさらわれているなんて。そんなことはないと信じたいけれど、フィンとミアを危険な目にあわせられないから、私の手元に置くことにしたの」
「そうですね……」
ナタリーは少し考えてから、悲しそうに首を振った。
「その織物商の人たちは、今でも修道院と孤児院に出入りしています。確か、ヴェロニカ院長様の紹介だったはずです」
「やっぱり!」
「それから、もう一つ。ヴェロニカ院長様が来てからの数年で、施療院の予算もずいぶん少なくなってしまいました。重病の子の手当が前よりもできなくなってしまったのです。施療院で手の施しようがなくなった子は、神殿に送られます」
「うん。神殿は治癒の能力を持っていたり、医学や薬学の知識を持つシスターや神官がいるんだよね?」
ナタリーは貴重な「小治癒」の能力を持っている。たとえ小でも治癒の能力は珍しく、施療院や神殿で欠かせない人材だ。
神殿に行けば小だけでなく中治癒の能力者が複数人、さらには大治癒持ちの聖女様がいる。
ナタリーは頷いた。
「はい、そうです。でも最近、どうにも納得ができないことがあって。そこまでの重病ではないにもかかわらず、院長様の指示で神殿に送られる子がたまにいるのです」
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