18:双子たち
「もう大丈夫だからね」
私は子供たちを抱き起こした。六歳か七歳くらいの男の子と女の子である。
「怖かったね。君たち、お名前は?」
「フィン……です」
「……ミア」
男の子はフィン、女の子はミアと名乗った。
「フィンとミアか。おうちは分かる? 私が送ってあげるよ」
ところがフィンは首を振った。
「ぼくたち、おうちはないです。となりの国の戦争で、お父さんとお母さんが死んじゃって、それで……」
フィンはミアと手を握り合わせる。
「この国までつれてこられて、孤児院に入りました。でも、あそこには、帰りたくない」
「孤児院の子だったの?」
私は少し前まで、修道院に併設された孤児院で働いていた。孤児院の子は全員知っているが、この子たちは初対面だ。
「孤児院に来たばかりだったのかしら?」
「うん」
ミアが頷く。
「ちょっとまえにこの国に来て、すぐ孤児院に入ったの。でもあそこは、怖い……!」
「ぼくたち、兄妹なんだ。双子です。さっきの怖いおじさんが、ぼくたちを『ちょうどいい』って言って」
「修道院のえらい人が、『お城の地下にいる、お腹をすかせた竜さん』に会いに行くって言ってて。怖くて逃げたけど、つかまっちゃったの」
(竜……? 何のこと?)
私は孤児院育ちで修道院に何年もいたが、そんな話は聞いたことがない。
修道院の偉い人とは、ヴェロニカのことだろうか。まさか修道院が、人さらいのようなことをしている? そんな馬鹿な。
――でも。
私は思い出してしまった。
逃げていった男たちの、月明かりに照らされた顔。
あの顔に見覚えがある。
(あの顔、どこかで……。そうだ! 修道院に古着や布地を寄付しに来ていた織物商の人!)
商人を装って、修道院と孤児院に出入りしていた?
ヴェロニカや誰かが手引きして入り込み、さらうための子供たちを品定めしていたとしたら?
寄付はそのための隠れ蓑だとしたら。
違うと思いたい。けど、可能性はゼロとは言えない。
となれば、この子たちを孤児院に帰すことはできない。
「フィン、ミア。孤児院以外で、行く場所はないのかな? 親戚の人や、頼れる人は?」
「いないよ」
双子は首を横に振った。
「そっか」
その言葉を聞いて、私は覚悟を決めた。
「なら、私の家に来る? 私ね、お店をやってるの。手伝ってくれると大助かりなんだけどな」
「え……」
フィンは警戒の眼差しで私を見ている。あれだけ怖い目に遭ったばかりだから、当然だろう。
でも、妹のミアが兄の服の裾を引いた。
「嘘じゃないとおもう。この人、美味しそうないいにおいがする」
「あはは、当たり! 私、食べ物屋さんなの」
握手のための手を差し出すと、おずおずと握り返してくれた。
ふとラテを見ると、彼は路地の先――王城のある方向をじっと見つめていた。
◇
私は双子を割れ鍋亭に連れ帰った。
まだ警戒を解いてくれない彼らに、温かいミルクとたこ焼きを振る舞う。たこ焼きのソースは子供でも食べやすいよう工夫した、香辛料が少なめのやつだ。
「美味しい!」
「こんなに美味しいもの、初めて食べた!」
二人は夢中になって食べている。
やがてお腹がいっぱいになると、やっと安心したように笑顔を見せた。
「怖い思いをして、疲れたでしょう。今日はゆっくり休んでね」
フィンとミアに部屋をあてがってやる。幸い割れ鍋亭は元宿屋、部屋はいっぱいあるのだ。
ベッドによく干した藁を敷き詰めて、シーツをかぶせる。
双子をベッドに入れて毛布をかけてやれば、二人ともすぐに寝息を立て始めた。
彼らが寝入ったのを確かめてから、私は食堂に戻った。
窓から満月の明かりが差し込む中、ラテが一人で佇んでいる。
『あの子らは、「竜」と言ったか』
私がやって来たのを見て、彼は言った。
『竜。腐敗の竜……。胸騒ぎがする。何とははっきり言えぬが……』
ラテは何度か言いかけてはやめて、結局首を振った。
「竜は分からないけど、修道院が人さらいに関係している可能性は高いと思う」
私は答える。
「私が孤児院にいた頃は、そんなことはなかった。だからたぶん、ヴェロニカが来てからだわ。あの人は寄付を横領していただけじゃなく、そんなことに手を染めていただなんて」
許せないと思う。
けれど同時に、どうしてそこまでのことをするのか疑問に思う。
このアステリア王国では、公式の奴隷制度はない。人さらいも、人身売買も重犯罪だ。
この問題は、私が思うより根が深いのかもしれない。
深い闇を覗き込んでしまったような感覚に、私は身震いする。
だからといって、降参するつもりはない。
孤児院の子供たちを救い出すという目標は、ますます強固になった。
まずはフィンとミアをしっかり守っていかなければ。
近い内にナタリーに話を聞いて、よく確かめてみよう。
見上げた窓は満月の光を映して、ラテの瞳と同じ金色に輝いていた。
◇
あくる日。
起き出してきたフィンとミアは、意外な才能を発揮し始めた。
「ぼくたちのお父さんとお母さんは、商人だったんだ。だから計算は得意だよ」
フィンはそう言うと帳簿を検算して、計算ミスを教えてくれた。
お店がオープンしてからも、釣り銭の計算を実に素早くやってくれる。
ミアは兄ほど計算が得意ではなかったが、不思議なことを言い出した。
「ルシル。このたこ焼きソース、ブルーベリーが入っているの?」
「えっ!? よく分かったね。うん、新作ソースの隠し味に入れてみたんだ」
「匂いと味が、ブルーベリーだったから。わたし、ブルーベリー、好き」
えええー。フィンもミアも天才かな?
「おうちに泊めてもらう以上は、いっしょうけんめい働きます」
フィンがキリッとした顔でそんなことを言っている。
「そんな……。いいんだよ? 君たちはまだ子供なんだから。お腹いっぱい食べて、いっぱい遊ぶのが仕事なのに」
「ううん」
ミアは首を横に振った。
「お店、おもしろそうだし。美味しいもの、いっぱいあるし。ラテ、かわいいし」
なんていい子たちなんだろう……!
なお、ラテはミアに尻尾をにぎにぎされてとても迷惑そうにしていた。
その日のお店は、双子が手伝ってくれたおかげでいつもよりも回転率が良く、たくさんの商品を売り上げることができたのだった。