17:夜の路地裏
外に出ると、大きな満月が夜空に輝いていた。
王都はここいらでは随一の都会なんだけど、前世の都市のようにはいかない。
夜になれば多くの場所は明かりが落とされて、暗くなる。
大通りから一歩裏路地に入れば、もう闇の中だ。
まだ開いている店が多い通りを選んで、私とラテは歩いていった。
夜風に混じって色んな匂いが漂っている。肉の焼ける香ばしい匂い、お酒の香り。
明かりの漏れる店の扉からは、人々の賑やかな笑い声や、調子外れの歌声なんかが響いていた。
『ん……?』
ふと、ラテが顔を上げた。
満月の光が彼の姿を照らし出して、いつもよりも金の瞳が鋭くなって見えた。
「どうしたの?」
私が尋ねると、彼は横合いの路地に鼻先を向ける。
『その先から、物騒な気配がするな。どうする?』
「どうするって……」
私は路地を覗き込んだ。高い建物に挟まれたそこは真っ暗で、生ゴミの臭いがする。
「私はか弱いシスターだもの。面倒事は、ごめんです」
『か弱いが聞いて呆れる』
そりゃあ根性なら多少あるつもりだけど、戦闘能力がないのは本当だ。
王都の闇の犯罪に巻き込まれるわけにはいかない。
私はそのまま通り過ぎようとして。
「……けて!」
「助けて! だれか!」
その小さな声を聞いてしまった。小さく高い、幼い子供たちの声を。
それが子供の声だと気づいた瞬間、私は走り出していた。
考えも策も何もない。ただ助けなきゃと思っただけだ。
狭い裏路地を走り抜けた先に、彼らはいた。
満月の光が建物のシルエットに切り取られて降り注ぐ中、小さな二人の人影が、大人たちに押さえつけられている。
「静かにしろ、ガキどもが!」
男の一人が押し殺した声で言う。
「お前らは、大事な商品なんだよ。暴れて傷ついたら、価値が下がるだろうが!」
(子供が、商品!?)
あり得ない言葉に、やっと私に冷静さが戻ってきた。
飛び出しかけた足を押さえて、物陰から様子を伺う。足元ではラテが音もなくやって来て、身をかがめていた。
「いいから来い、ガキども!」
「やだ! やだよぉ!」
男たちは三人、子供は二人いる。男二人が泣いている子供たちの口を塞いで、もう一人が無理矢理袋に詰め込もうとしていた。
『どうする、助けるか? それとも「面倒事はごめんです」か?』
ラテが涼しい声で言った。
「もちろん助けるよ。でも私は、腕っぷしに自信がないの。私が囮になってあいつらを引き付けるから、ラテはその隙にあの子たちを連れ出してくれる?」
『好きにしろ』
「冷たいなぁ!」
なんていうやり取りをしている間にも、子供たちは袋をかぶせられそうになっている。
これ以上は本当に危ない。私は物陰から飛び出した。
「あなたたち、その子たちを離しなさい!」
男たちは私を一瞥し、面倒くさそうに舌打ちする。
「邪魔するんじゃねえ。あんたも痛い目を見たいのか、シスター?」
「痛い目を見るのは、あなたたちです! 神様の罰が下りますよ!」
私は足元の小石を拾って、袋を持っていた男に投げつけた。見事に当たり、彼は袋を取り落とす。子供たちが地面に転がった。
「クソ、やりやがったな! おいてめえら、先にあいつを捕まえろ!」
男の一人が、私を突き飛ばそうと手を伸ばす。
その瞬間。私の背後から、大きな黒い影が疾風のように走り出た。
人よりも一回り大きな黒豹が、男たちと私の間に立っていた。
黒豹の体から立ち上るのは、見慣れた金色のオーラ。瞳は満月の月明かりを反射して、黄金色に輝いている。
「ラテ!?」
「グルルルル……」
猫の時とは全く違う、低い威嚇の唸り声が響いた。
「な、何だ、こいつは! なんでこんなのが町の中にいる!」
男たちは動揺の声を上げた。
ラテが男の一人に飛びかかる。巨大な牙を肩口に突き立てれば、鮮血が飛び散った。
「ぎゃああぁぁ!」
噛みつかれた男が悲鳴を上げる。
「に、逃げろー!」
男たちは負傷した仲間を担ぐようにしながら、一目散に逃げていった。
満月の光に照らされて、その姿と顔がはっきりと見えて――私はふと、違和感を覚える。だがすぐには思い出せない。
『ふん。人間の血は、不味いな』
くるりと振り向いたラテは、もういつもの黒猫の姿だ。いかにも不味そうな顔で、ペッペッと血を吐き出している。
「ラテ? 今の姿は……?」
私が恐る恐る尋ねると、彼は得意そうに尻尾をピンと立てた。
『あれが、我輩の魔獣としての本当の姿だ。この猫の姿は、あくまで力を抑えるためのもの。どうだ、恐れ入ったか』
「ははぁ~っ。小さくて可愛いラテちゃんが、でっかくて可愛い豹でびっくりしました」
『おい、可愛いとはなんだ! 「かっこいい」だろう、そこは!』
ぷんすかしているところも可愛い。
私は気になったことを聞いてみた。
「……ところで、あの悪党ども、大丈夫? 後で全身が腐り落ちたりしない?」
『せんわ! あんなゲスどもに吾輩の崇高な力を使ってたまるか。もったいない』
「それなら良かった」
子供に手出しするような悪党に同情はしないが、ラテの正体がバレては困る。
「それよりあの子たちを助けなきゃ!」
『それよりとは何だ、それよりとは!』
私は振り返って、地面に倒れていた子供たちに向き直った。
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