16:屋台の夢
割れ鍋亭は、今日も大盛況だった。
お昼の書き入れ時には人の列が長くできて、今、夕暮れにはまたたくさんの人が並んでいる。
「シスター、ケバブ二つ! 持ち帰りで!」
「俺はたこ焼きだ! 三つ、ソースたっぷりで頼む!」
「はぁい! お待ちどうさま!」
嬉しい悲鳴を上げながら、私は次々とお客さんに料理を手渡していった。
たまにナタリーが手伝いに来てくれることもあるけれど、この店は基本、私が一人で切り盛りしている。
ラテは頼りになる発酵マイスターだが、いかんせん猫の姿。接客やお金の受け渡しができるはずもなく、本人もまったくやる気がない。今も食堂の隅で優雅に昼寝をしている。
絶対倉庫のおかげで、その日一日分の料理は前もって作って格納しておける。これがなければ、とても回らないところだった。
「ケバブサンドとたこ焼き、一つずつください」
その日の最後のお客さんは、若い商人だった。
「はい、どうぞ。毎度あり」
注文の品を渡してやると、彼はにっこりと笑う。
「ここの料理は本当に美味しいですね。しかも値段が安い。客としては嬉しいのですが、商売人としては心配になりますよ」
「あ~、それはですね……」
ケバブの肉は、固くて食べられないと評判のロックリザードの肉。この王都近くに多く生息していて、魔物としてはさして強くはない。
数がたくさんいる上に素材として使い道がないので、冒険者ギルドで二束三文の買い取り依頼を出せば、いつでもたっぷり手に入る。
ケバブの要、ヨーグルトは山羊乳から作る。山羊乳も特に値段が高いものではないし、ラテのおかげで手間がかからず極上品質のものがゲットできるのだ。
たこ焼きの陸イカもありふれた食材だし、他のものもそう。
まあ、強いて言えば固い肉を捌くのに腕が痛くなったり、たこ焼きのために小麦をふるいにかけたり、泣きながら魚粉作りをやっているなど、下ごしらえはそこそこ頑張っているくらいかな。
「普通の食材にひと手間かけて、特別な料理にする。それがコツですよ」
最大のひと手間はラテの発酵・熟成パワーだが、それは黙っておこう。
若い商人は目を丸くして頷いた。
「なるほど、付加価値をつけるのですね。勉強になります」
そう言ってお辞儀をすると、幸せそうな顔でケバブサンドを頬張りながら帰っていった。
店じまいをして、本日の売上を数える。なかなかの金額だった。
この店が軌道に乗ったことを実感する。
(この調子なら、本格的な改装も夢じゃない。固定のお店だけじゃなく、できれば屋台もやりたいんだよね)
前世の私はキッチンカーのオーナーだった。
あちこちの町に出かけていって、料理を売り歩く。ついでにその地元で食べ歩きをして、美味しいものを見つけ出す。
何よりも行く先々でいろんな人の笑顔に出会える。
行き先で色々許可を取ったりとか、そういう面倒なことを差し引いても充実した日々だった。
だから今世でも屋台をやりたいと思っている。身軽な屋台一つで、どこへでも旅していける。そんなお店だ。
絶対倉庫があるから、屋台じゃなくても商品を取り出して売ればいいのかもしれない。
でもね、それじゃあちょっと味気ないもの。やっぱり自分だけの屋台を持って、ディスプレイにも工夫を凝らしたいものだ。
ただそうなると、お金の面はともかく、人手が足りない。
この割れ鍋亭と屋台の二足のわらじをやるとなると、誰か雇い入れて店番を頼んだ方がいいのかな。
ナタリーはあくまで施療院のシスターで、好意で手伝ってくれているだけだから。
クラウスは……まぁ、あの人はお客さんだし。さすがにそこまで頼めない。
そんなことを考えながら、明日の料理を仕込む。
ケバブの焼けるいい匂いが漂うと、いつの間にかラテが足元にやって来て、ちゃっかりおこぼれを狙っていた。
必要なだけの料理を作って、絶対倉庫に放り込む。
たこ焼きづくりの腕はもう完全に勘を取り戻して、くるくる、くるくると我ながら見事なものだ。
ソースもあれから工夫して、ブルーベリーなどの果物を多めに取り入れてみた。
これから春になるので、さらに多くの野菜や果物が手に入ると思うと、楽しみだ。
ケバブサンドの野菜も、今までは越冬キャベツやニンジンの千切りがメインだった。
これからはレタスが採れるだろうし、アスパラなんかもある。どう料理してやるか、腕が鳴るね。
「ふぅ。今日はこんなところかな」
私とラテの今の住まいは、この割れ鍋亭。元はこじんまりとした宿屋だったこの建物は、寝泊まりするのにちょうどいい。
なお、お客さんは勝手に居着いてしまったクラウスだけだ。
お店だけで手が回っていないので、宿屋の開業の目処は立っていない。毎日掃除をするくらいである。
いつかラテの発酵パワーでお酒を作って、宿屋のお客に出したいなぁなんて考えている。
『終わったか?』
私が後片付けをしていると、ラテが話しかけてきた。
『今夜は満月だ。ちょっと散歩にでも行かないか?』
「あら、いいね。ロックリザードの肉が固くて、肩こりしてたの。散歩でリフレッシュしよう」
こうして私とラテは連れ立って、夜の王都のお散歩へ出かけた。