15:たこ焼き完成
ラテは時々削り節を味見するだけで、あとは知らん顔だ。まったくいいご身分だな!
今度、ナタリーに頼んで薬研を借りようかな。薬草を砕く道具だ。乳鉢より粉にするのが早そう。
でも、お魚をゴリゴリ粉にしたら魚臭くなって、薬草用には使えなくなるだろう。
きっとナタリーに怒られる。
「ルシルちゃん! 薬研は薬草用の道具なんです。こんなにお魚臭かったら、お薬が全部お魚味になっちゃうじゃないですか!」
と言われるのが目に見えるね。
そうして苦労して手に入れた魚粉を、それぞれ少しずつ小麦粉に混ぜる。
小麦粉は目の細かいざるで振るって、ふっくらするようにしておいた。
さらにでんぷんを入れる。これは、ジャガイモが売っているので買ってきて作った。
じゃがいもをすりおろして水にさらし、沈殿させて取り出したのだ。
手間はかかるけれど、そんなに難しい工程ではない。おかげで手元には白いじゃがいものでんぷんが出来上がっている。
ちなみにアステリア王国は中世ヨーロッパ風でそんなに技術が発展しているふうではないけど、ジャガイモやトマトといった新大陸産の食べ物が普通に存在している。
まあここは地球じゃないので、深く考えても仕方ない。料理人としてはありがたい限りだ。
魚粉の種類やでんぷんの量を調節しながら、陸イカを入れて普通の鉄板でミニお好み焼きみたいのを作り、試食を繰り返した。
味付けはとりあえず塩を振っただけ。
『うむ。なかなか美味い』
「こっちの方が、味が合うかな?」
何度か試行錯誤して、これだ! という組み合わせを見つける。
『これで完成か?』
ラテは満足そうだが、私は首を振った。
「いいや、まだだね。たこ焼きにはソースが必須だから」
私は倉庫から果物と野菜を取り出す。
リンゴ、プルーン、トマトとニンジン。玉ねぎにレモン。セロリ。あとは生姜。他にはセージやローリエ、唐辛子なんかのスパイス。
私はそれらをざっくりと切って、鍋に入れた。
ぐつぐつと煮込んで材料が十分に柔らかくなったら、ざるで濾す。
濾した液体を鍋に戻し、さらに煮詰めてとろみがつけば、ソースの完成!
「ラテ。これを熟成させられるかな?」
『熟成?』
「うん。発酵は微生物の力を使うよね。熟成は微生物パワーは最小限に、食品が持っている酵素の働きによるものなの。酵素がタンパク質を分解して、旨味成分のアミノ酸を作り出す仕組み」
『ううむ……お前はいつも難しいことを言うな』
ちなみに、ラテにはもう前世の話をした。科学が発達して自然の不思議をずいぶんと解き明かした世界だと説明すると、ラテは目をまんまるにして驚いていたっけ。
でも、案外すんなりと受け入れてくれた。腐敗を司る彼は、細菌や微生物の存在を本能で感じることができる。私の言うことが正しいと実感したみたいだ。
『やってみる』
ラテはソースが入った鍋に向き直った。
しばらく苦戦しているようだったが、やがて発酵の時よりも少し色の薄い淡い金色のオーラが立ち上って、ソースに吸い込まれていった。
「んっ! しっかり熟成されてる。まろやか!」
おたまで味見をすれば、少しとろみが増したソースはとっても風味豊かだ。
『今のでだいたい、十日程度の熟成になる』
「へええ。ソースは三ヶ月くらい熟成させてもいんだよね。やってみて」
私は鍋のソースを一部、壺に取り分けた。
『おぬし、人使い……いや、魔獣使いが荒すぎるぞ』
ラテは文句を言ったが、それでも壺に向かって力を使ってくれた。うちの相棒はツンデレなのである。
「おお……コクがあって芳醇な味」
味見をしてみて、私は何度も頷いた。
私の絶対倉庫は時間経過がない。倉庫内のものはいつまでも新鮮な一方で、発酵や熟成など時間が必要なものが弱点になっていた。
それをラテがすっかり解決してくれる!
「私たち、最高の相棒だよね!」
『フン』
私がラテの前足を握ると、彼はぷいっと横を向いた。でも、ヒゲがぴくぴくして嬉しそうな様子を隠しきれていないのが、かわいかった。
◇
数日後。鍛冶屋の親方からたこ焼き器が届けられたので、私は試食会を開くことにした。
メンバーは私とラテ、ナタリー、そしていつの間にか食堂の隅に座っていたクラウスだ。
まずは卵を溶いてたこ焼き粉を混ぜる。たこ焼き器を熱して油を引いた。
陸イカは生焼けだと危ないので、あらかじめ別の鉄板でしっかりと火を通している。
「見ててね、ここからが腕の見せ所よ!」
熱した鉄板に作った特製の生地を流し込む。
小さく刻んだ陸イカと薬味代わりの香草を散らして、天かすも入れた。木串でくるくると球体に返していく。その光景に、ナタリーは「まあ!」と目を丸くし、ラテは『ほう……』と興味深そうに身を乗り出した。
「ラテ。ヒゲが焦げちゃうから、あまり前に出ないでね」
普通に話しかけてから、はっとしてクラウスを見た。ラテが特別な魔獣であるのは、秘密だ。だってこれだけすごい力だもの、誰かが悪用を考えてもおかしくない。
だがクラウスは、猫に話しかける変な女(私)を別に気にしていないようだった。
私がいつも変なことをやっているからか、それとも単にクラウスがどうでもいい性格なのか。
……どうでもいい性格に違いない、うん。
自己解決したので、たこ焼きづくりを進める。
くるりとたこ焼きを返していく。
外側は焼けて内側の生地がまだ柔らかいうちに返せば、生地が流れてきれいな球体になる。その後もくるくる返し続けて、はみ出た部分は中に入れ込めば、ほら、まんまる。ちょっと足りない部分は生地を継ぎ足していこう。
たこ焼きづくりは久しぶりだったけど、慣れたものだ。前世のキッチンカーでも取り扱っていた時期があるし、友だちとたこパもやった。あの使い込んだたこ焼き器が、キッチンカーの事故と一緒に崖下に転がり落ちたと思うともったいなくてならない。
まあ、言っても仕方ないか。
最後に刷毛で薄く油を塗って、表面をカリッとさせる。
こんがりと焼き上がった熱々のたこ焼きに、ラテが熟成させた特製ソースをかけた。
ソースの香ばしい匂いが厨房いっぱいに広がる。
「さあ、召し上がれ!」
皆が初めて見る「たこ焼き」を、恐る恐る口に運ぶ。
そして全員の目が驚きに見開かれた。
「「「美味しい!!」」」
皆の声がハモる。
外はカリッ、中は熱々でトロリ。陸イカのプリプリした食感が最高のアクセントになって、ソースのフルーティな濃厚さが後を引く。
『おかわりだ、ルシル!』
「ルシルちゃん! これ、いくつでもいただけてしまいますわ!」
ラテとナタリーが夢中でたこ焼きを頬張っている。
ふと見ると食堂の隅のクラウスも、無言で食べ続けている。二本目の串をこちらに伸ばしていた。
私は湯気の立つ「たこ焼き」を一つ串に刺して、誇らしげに掲げる。
(よし、ケバブサンドに加えて、たこ焼きが完成したわ! これで割れ鍋亭は最強ね!)
皆の幸せそうな笑顔に、私は未来への確かな手応えを感じるのだった。
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