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14:約束

「――という訳なの。私は、院長に嵌められて、修道院を追い出された」


 割れ鍋亭の談話室。私とナタリー、ラテだけがいる空間で、私は全てを打ち明けた。

「シチュー事件」の全貌と、ヴェロニカによる冤罪。それから彼女が修道院の寄付金を横領しているという、私の確信に近い疑念を。


「やっぱり……」


 ナタリーは青ざめながらも、私の話に頷いてくれた。


「私も、ずっとおかしいと思っていました。今の院長様が来てから、あれだけたくさんの寄付をいただいているのに、孤児院の食事は日に日に貧しくなっている。最近では、施療院で使える薬草の質まで落ちているんです」


「そんなことまで?」


 事態は思ったより深刻だった。ヴェロニカはそこまでしてお金をかき集めて、一体何に使っているのだろう。


「ええ。だから、ルシルちゃんが追放された理由が、納得できてしまいました」


 ナタリーの灰色の瞳に、涙が滲む。私は彼女の手を固く握った。


「ナタリー、ヴェロニカは危険よ。もし私と会っていることが知られたら、あなたに危害が及ぶかもしれない。だから無理はしないで」


「いいえ、ルシルちゃん」


 ナタリーは涙を拭って、強く首を横に振った。


「私も一緒に戦います。子供たちの笑顔を奪うようなやり方、許せませんから」


 こうして私と親友は、ヴェロニカの悪事を暴くための秘密の同盟を組んだ。ラテが私たちの間の連絡役を務めることも、すぐに決まった。


『なぜ吾輩が、人間ごときに従わねばならん』


 などと言っていたけど、私には分かる。私たちと力を合わせるのは、彼にとっても満更じゃないって。





 シリアスな話が終わると、私は気持ちを切り替えた。


「くよくよしていても始まらない! まずはもっと店を大きくして、あの子たちをいつでも引き取れるくらい力をつけなきゃ!」


 私は厨房に戻り、腹痛の原因となった「陸イカ」をまな板の上に乗せる。


「まあ、ルシルちゃん。また陸イカを料理するのですか?」


 ナタリーがちょっと呆れている。


「もちろんだよ。面白い食材だからね。……もちろん今度は絶対、きっちり、火を通すけど」


 言いながら私は考える。


(この陸イカ、食感は最高だけど、ただ焼くだけじゃつまらない。もっとこう、みんなでワイワイつまめるような、楽しくて美味しいものにしたい)


 イカ。ぷりぷり。お店や屋台で出して、お手軽につまめるもの。


「そうだ!」


 その瞬間、私の脳裏に前世の記憶が閃いた。

 友人たちと鉄板を囲んで、竹串でくるくると丸い生地をひっくり返した、賑やかで幸せな光景。


「たこ焼きにしよう! イカだけど!」


『たこ焼き?』


 ナタリーとラテが首を傾げている。


 アイディアは閃いた。でもすぐに問題に行き当たる。

 この世界には、たこ焼きが存在しない。つまりたこ焼きを焼くための特殊な形の鉄板――「たこ焼き器」が存在しないのだ。





「シスター、こいつは何に使うんだ? 新兵器の砲弾でも作るのか?」


 王都の鍛冶屋通り。私が紹介されて訪れた工房で、頑固そうな鋳物職人の親方が、私の描いた設計図を見て首をひねっていた。

 半球のくぼみがいくつも並んだ奇妙な鉄板の図面である。無理もない。


「違います!」


 私は熱弁を振るった。


「これは世界一美味しくて楽しい、球体の粉もん料理を作るための『魔法の鉄板』です!」


「はあ? 球体の粉モン……?」


 私はたこ焼きを説明した。具体的に説明を進めれば、呆気にとられていた職人の表情が変わってくる。


「面白い! よっしゃ、やってやろうじゃねえか! シスターの言う『魔法の鉄板』、ワシがカンペキに作ってやる!」





 たこ焼き器が完成するまでの時間を使って、私はたこ焼き粉の配合に挑戦していた。

 たこ焼きといえば、中はふっくら、外はカリッが定番。できるだけふっくらとした食感にするために、また、陸イカとよく合う味付けにするために、材料を吟味した。


 前世のたこ焼き粉には、地味に色々なものが入っていたと思う。

 小麦粉がメインなのは言うまでもないが、その他にでんぷんやかつお節粉末、昆布粉末。ベーキングパウダーもあったっけ。あとは食品添加物でおなじみ、増粘多糖類。


 化学的に作られるような成分は、さすがに手が出ない。ラテの腐敗と発酵の能力も万能ではないのだ。

 では、今の私たちで集められる限りを集めてみよう。


 私とラテは市場に行って、何匹かのお魚の燻製を買ってきた。かつお節というドンピシャなものはないが、この国でも燻製は行われている。

 燻製を削って粉にして、陸イカによく合う種類の魚を探すのである。

 昆布などの海藻も欲しかったが、売ってなかった。まあ、海藻を食べる文化は前世でも日本くらいのもので、かなり特殊だった。この西洋風の国でなくても仕方ない。

 でも昆布は料理に欠かせない大事なダシだ。そのうち海まで遠征して、使えそうな海藻を探したいね。


『ルシルよ。燻製だけではなく、生の魚も買うのだ。今晩の夕食にする』


「だーめ。昨日の残りがまだあるでしょ? あっちを食べちゃわないとね」


『なんとケチ臭い。残り物など、あの客の銀髪……クラウスだったか。あいつにくれてやればいい』


「駄目でしょ! 一応お金払ってくれてるんだから!」


 そんなやり取りをしながら、燻製を買う。

 燻製もベーコンやハムなどを含めるとかなりのバリエーションだ。燻製に使う木のチップで風味が変わるらしく、店主から熱いプレゼンを受けてしまった。みんな、好きな仕事のこととなると熱が入るよね。

 このアステリア王国の人々は食に関心が薄いと思っていたけれど、熱心な人は熱心だ。


「シスター、このサバはナラの木のチップでいぶしたものだ。おすすめだよ!」


「はい、買います。こっちのは?」


「マスだ。脂の乗った時期の切り身をオークの木でいぶしたのさ」


「それも買います!」


「魚ばかりでいいのかい? ベーコンもおすすめなんだが」


「今日はお魚を探していて。お肉はまた別の機会に買いに来ますね」


 こうしてたくさんの魚を買った私たちは、割れ鍋亭へと戻る。

 絶対倉庫から魚の燻製を取り出して、せっせと削った。削ったものは乳鉢でゴリゴリやって粉にして、魚の名前を貼った壺に入れた。


「ラテ~、手伝ってよ。腕が痛いよぉ」


『無理だな。吾輩の肉球の手で削れると思うか?』


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