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12:陸イカ焼きの恐ろしい罠

【三人称視点】



 その頃、王都アステリアの修道院では、院長ヴェロニカが朝食を前に不機嫌な声を上げていた。

 彼女の皿に並ぶのは、朝から豪華な皿である。分厚いベーコンはしっかりと焼かれて、黄金色のスクランブルエッグに添えられている。焼き立ての白いパンにはたっぷりのバター。皮を剥かれたばかりのリンゴがデザートだった。

 一般の修道女や孤児たちが食べる薄い麦粥とは、天と地ほどの差がある内容だ。


「最近、どうにも食事が不味いわ。料理番の修道女がたるんでいるんじゃないの?」


 銀のフォークを皿に置き、ヴェロニカが忌々しげに呟く。

 側に控える取り巻きの修道女が、追従のつもりで口を開いた。


「申し訳ございません。これも、ルシルがいなくなってしまいましたからですね。あの子は本当に料理上手で、重宝しておりましたのに。残念ですわ」


「ふん、そうだったわね。でも盗みを働くような女は、この修道院に必要ありません。出ていって当然ですわ」


 ヴェロニカはそう吐き捨てながら、オムレツを口に運んだ。火が通り過ぎてごわごわになっている上に、塩加減の足りない味だった。


(あの子の作る、ふわふわのオムレツの方がよほど美味……いえ、いくらかマシだったわね)


 内心でルシルの腕を認めざるを得ない自分に、ヴェロニカはさらに苛立ちを募らせるのだった。





【ルシル視点】



「ケバブ一本じゃ、いつか飽きられる。次なるヒット商品が必要よ!」


 私は『割れ鍋亭』の厨房で、新たな野望に燃えていた。

 ケバブサンドの成功で店は絶好調。でも、ここで満足しているわけにはいかない。

 なんたって私の目標は、B級グルメで王都のみんなの胃袋を掴むことだ。そうして大成功を収めたら、お金もガッポガッポ。

 それを元手に孤児院を買い取って、今度こそあの子たちにお腹いっぱい食べさせるんだから。


『次の目算は立っているのか?』


 厨房のテーブルの上に座って、ラテが言う。くるりと丸められた尻尾がとても可愛らしい。


「それなんだけどね。昨日、市場で面白いものを見つけたの」


 私が絶対倉庫から取り出したのは、カゴに盛られたキノコである。

 どこかキクラゲに似た感じで、透明感があってプルプルしている。形もちょっとイカに似てるかもしれない。


「『陸イカ』っていうキノコなんだって。その名の通りイカに似た食感で、王都じゃ炙って酒の肴にするんだとか」


 私は陸イカをまな板の上に置いた。ぬめりと弾力のある手触りは、本当にイカみたいである。


『……ルシルよ、それは本当に食べられるものなのか? 吾輩の腹が「やめておけ」と警告しているのだが』


 カウンターの隅で毛づくろいをしていたラテが、胡散臭そうな顔で私を見た。

 まあ、猫にとってイカは毒だからね。ラテは魔獣だしこれはキノコだけど。


「大丈夫、大丈夫! 市場の食材コーナーで売られていたもの。火を通せば毒も旨味に変わるのよ、たぶん!」


 私は楽観的に笑って、早速調理に取り掛かった。





「うん、これはイケる。こっちも悪くないわね!」


 最高の「陸イカ焼き」を開発するため、私は様々な調理法を試して、その都度つまみ食いを繰り返した。

 輪切りにして中の空洞部分に香草を詰めてみたり。

 焦がしバターで焼いてみたり。

 小麦粉の衣をつけて、唐揚げにしてみたり。


「んー、これはやっぱり、早めにお醤油とお味噌が欲しいねえ」


 どれもが本当のイカのように美味しい。

 調子に乗った私は、生や半生のレシピにも手を出した。

 そう――市場の主人の「火の通りが甘いと腹を壊す」という忠告をすっかり忘れて。


 そして、半生のものをパクリとやった、その直後。


「ぐっ……!?」


 お腹の中から、ゴブリンが棍棒で殴りつけてくるような、猛烈な痛みが走った。

 ごぎゅるぅぅぅるるるぅ、とひどい音が鳴り響く。


「い、痛い痛い痛い……!」


 脂汗を流しながらトイレに駆け込んで、そこから一歩も動けなくなってしまった。

 あまりの痛みに「神様……仏様……やば、仏様はこの世界にいないや……」と意味不明な祈りを捧げる。

 これが、食い意地の代償……ッ!





 トイレとお友だちになってしまった私の、唯一の希望。

 それは談話室で優雅にくつろいでいるはずの、我が相棒ラテだった。


「ラテ、ラテ、お願いがあるの!」


 私はトイレの扉を必死に叩きながら叫んだ。


『何だ? 吾輩は腐敗の魔獣。腹痛の治療などできぬわ』


 扉のすぐ向こうでラテの声がする。


「人を呼んできて! 修道院の施療院に、ナタリーっていう人がいる。年は私より少し上で、黒い髪に、ムーンストーンみたいなきれいな目をした人だから、すぐ分かると思う。あの人、お腹痛いの治せるんだよぉぉぉ!」


 腹痛の波が襲ってきて、最後の方は悲鳴みたいになってしまった。情けないけど、どうにもできなかった。

 ていうかめちゃくちゃ痛くて死ぬ!


『……なぜ吾輩が人間の使い走りを。しかも自業自得の腹痛ごときで!』


 テレパシーで響くラテの声は、呆れかえっていた。

 でも、私の本気のSOSを見捨てることもできなかったらしい。


『……今回だけだぞ。報酬は魚だ。ヨーグルトソースをたっぷりつけろ』


 悪態をつきながらも、風のように窓から飛び出していく気配がした。





【ラテ視点】



 割れ鍋亭を飛び出した吾輩は、ルシルから念話で受け取った地図を頼りに、修道院とやらに向かった。

 修道院はいつも行く市場とは違う方向にある。だが、偉大な魔獣である吾輩の感覚をもってすれば、迷うことなどありえない。

 道路を素早く横切り、民家の塀の上に飛び乗って風のように走る。

 吾輩の本質は豹に似た巨大な魔獣だが、力を抑えるために変化している猫の姿も便利である。


 やがて行く手の丘の上に、修道院の建物が見えてきた。ルシルの頭にあったイメージと同じだ。間違いない。

 修道院の敷地には、いくつかの建物が併設されていた。

 一番大きな建物が修道院だろう。ルシルと同じシスターの服を着た女たちが行き交っている。

 少し小ぶりな建物は、孤児院だろうか。薄汚れてボロをまとったガキどもが、それでも元気に遊び回っていた。


 一番小さな建物に近づくと、薬草の匂いが鼻をついた。


(施療院とやらは、ここだな)


 入口の扉は開かれていたので、中を覗いてみる。何人かの人間がいるようだ。


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