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神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第7章

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109/110

109:竜の泉

 竜の泉の周辺には、多くの人が集まっていた。

 神官たちを始め、神殿に来ていた市民たち。騒ぎを聞きつけた野次馬のような人々もいる。

 いつもは澄み渡っている泉は、今は無惨にも汚れきっている。

 プカプカとドングリや腐った野菜くずが浮き、小麦粉が水に溶けて淀んだ色になっていた。


(食材を粗末にしている……!)


 それは私にとって許されないことだ。

 この国はただでさえ貧しい人が多くて、その日食べるものにも困っているのに。

 農法も未熟で、前世のように大量生産はできない。だから今あるものを大事にしないといけないのに!


「竜の泉があんなことに……」


「聖なる竜の怒りを買うぞ。どうしたらいいんだ」


「恐ろしい。神殿の神官たちは何をしているの!」


 群衆がざわめいている。

 この竜の泉は市民たちの信仰を集めている。

 日本人としての感性だけでは分かりにくいが、ルシルの心を介せば理解できる。

 この泉が汚されたというのは、彼らにとってとても恐ろしいことなのだ。

 日本の例を無理に出せば、神社やお寺の御本尊が叩き壊された衝撃を百倍くらいにした感じ。

 罰当たりで何か良くないことが起こる予感を、群衆たちは強く共有している。


 普通の人はこんなことをやらない。ちょっとした犯罪者でもやりたがらない。

 心のタブーにあえて踏み込んだ狂気を感じる。


 その中でヒステリックに喚いている女性が一人いた。

 みすぼらしい服を着て、髪を振り乱している。


「見なさい、あのドングリを! あれはあの汚らわしい屋台のものでしょう。あの屋台の店主は、盗みを働いて修道院を追放されたと聞きました。きっと修道院や神殿を逆恨みして、こんなことをしたに違いありません!」


 はぁ????

 言うに事欠いて何いってんの?

 この私が? 食材を粗末にしたと? そう言いたいの!?


 ブチ切れた私が飛び出そうとしたら、ギルに肩を抑えられた。


「待つんだ、ルシル。あの彼女の言う事、おかしくないか?」


「おかしいですよ! 私が食べ物を粗末にするはずがないでしょ!」


「そうじゃなくて。君が修道院を『盗みで』追放されたのは、誰も知らないはずでは? 君は冤罪を着せられて追放された。冤罪を着せた人間は追求されると嘘がバレるから、黙っていた。そうだろう?」


「あ……」


 確かに。ヴェロニカは私に冤罪を着せたけど、ナタリーは「ルシルちゃんが追放された理由は誰も知らない、聞いても教えてもらえなかった」と言っていた。

 ナタリーやギルたちには話したが、彼らが言いふらしたとは思えない。

 どういうことだろう? 私は改めて騒いでいる女性を見た。

 赤い髪に緑の目の三十代くらいの女性だ。なんか見覚えがあるような……。


「あっ!」


 やっと気づいて私は声を上げた。


「あの人、ヴェロニカ元院長ですよ! 前は厚化粧だったから気づきませんでした。あんな素顔だったのかあ」


「何? あれがヴェロニカ?」


 神官が私の言葉を聞いて、すぐに彼女を取り押さえた。


「ヴェロニカ・スタンリー! お前は地下牢で監禁処分のはずだ。どうやって脱獄した!」


 大声で名前を呼んだので、周りの人が何事かと見ている。

 他に神官が何人かやって来て、暴れる彼女を抑え込んだ。


「ち、違います! あたくしはヴェロニカじゃありません! ただの通りすがりの善良な市民ですわっ!」


「いえ、間違いないですね。声が同じだし」


 私がヴェロニカの前まで行くと、すごい目で睨まれた。


「ルシル……! 生意気な小娘が! 修道院で受けた恩を忘れて、このあたくしに逆らいやがって!」


 語るに落ちるとはこのことである。彼女は自分がヴェロニカであるとほぼ自白した。

 すぐに気づいたようで顔を蒼白にするが、もう遅い。

 しかしヴェロニカはそれでも強がって続けた。


「お前はとうとう落ちるところまで落ちたようね。竜の泉を汚すなど、神をも恐れぬ所業です!」


「やっていません。ていうか、どう見ても怪しいのはあなたでしょ」


「何を! 人に冤罪を着せるつもりなのね、小賢しい!」


「全部ブーメランですけど」


 ヴェロニカはそれからもギャアギャア喚いていたが、私はそれどころではなかった。

 目の前には聖なる泉。そして汚されてしまった食材たち。あれらを何とかして助けないといけない。


「ルシルよ、来たか」


 厳格な声に振り向くと、シルヴェスター神官長と数人の人が歩いてくるところだった。

 彼らは皆、シルヴェスターと同じ服装をしている。ということは、全員が神官長の職位にある人たちだ。


「この者がルシルか」


 そのうちの一人が口を開いた。お世辞にも友好的とは言えない口調だった。


「竜の泉の惨状を見よ。ドングリを扱っているのは、豚の餌を除けば、王都でもお前の店だけだ。お前が泉を汚したのではないか? そうだとしたら、何と恐ろしいことをしたのか」


「違います。ドングリは何日か前に盗まれました。どうせヴェロニカでしょう。私はやっていません」


「どうだか。お前は今までさんざん揉め事を起こしたそうだな。ヴェロニカ元院長に個人的な恨みがあるようだし、報復をしたのでは?」


 もう一人の神官長が言う。この人も敵意がある。

 しかし、さらに違う神官長――この人は女性だ――が反論した。


「ヴェロニカ・スタンリーが脱獄してここにいる以上、犯人はルシルとは限りません。ルシルがやったという証拠はあるのですか?」


「いや、それは」


「であれば今は犯人の特定よりも、早急に泉を清めるのが先決だろう」


 最後の一人が言う。この人もどちらかというと私を信じてくれているようだ。

 ギルがこっそりと耳打ちした。


「五人の神官長のうち、宰相派は二人。あの敵対的な人たちだろうね。残り二人は中立だ」


 そして、もう一人はシルヴェスター。決して不利ではない状況である。

 私は改めて泉を見た。ドングリが浮かんで、風が吹く度に水面に揺れている。腐った野菜くずは異臭を発して、溶け込んだ小麦粉はドロリと水を濁らせていた。


「……私が清めます」


 言えば、皆がこちらを見た。


「私は無実です。でも、食材たちがあんな扱いを受けているのは許せない。私はシスターであると同時に料理人。食べ物は大事にするべきです!」


「……竜の泉をもっと気遣ってくれ。神殿の権威に直結する信仰の対象だ」


 シルヴェスターがボソリと言ったが、聞こえなかったふりをする。私にとっては食材の方が大事なのだ。


 私は泉の前に立った。かがみ込んで水面に手をつける。夏なのにひやりとした感触が走った。

 普通の水とは違う、不思議な魔力を感じる。


(待っていてね、食材たち。今助けてあげる)


 できる、という確信がある。

 軽く目を閉じれば、ドングリや野菜くずが水に揺れているのを感じる。

 深呼吸して、私は目を開けた。


「――倉庫発動。格納!」


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