107:動き出した陰謀
【三人称】
「ですから、あたくしは何も知りません! 濡れ衣です!」
ここは神殿の地下取調室。この件の調査を請け負ったシルヴェスター神官長に対し、ヴェロニカは金切り声を上げた。
シルヴェスターは冷静に返す。
「いくら貴女がそう主張したところで、証拠はもう上がっている。食料ギルド幹部の証言と、修道院のシスターたちが目撃した寄付品の横流し。もう諦めなさい。反省の態度を示せば、多少の情状酌量がされるだろう」
「……っ!」
ヴェロニカはギリギリと奥歯を噛み締めた。
愛し合ったはずの宰相に切り捨てられ、甘やかされてきた実家に見放された。
誰も味方はおらず、今は罪人として神殿の地下に閉じ込められている。
シルヴェスターは手元の紙束をまとめ、立ち上がった。
「取り調べは終わりだ。貴女の罪は大きい。実刑は免れないだろう」
「そ、そんな……。どんな刑が下されるというのです!」
「さてな。ごく軽ければ僻地の修道院に幽閉。重ければ開拓地や鉱山で重労働刑だろう」
「……!」
重労働刑と聞いてヴェロニカは震え上がった。今まで貴族令嬢、その後は身勝手な修道院長として過ごしてきた彼女にとって、強制労働はとても耐えられそうにない。
シルヴェスターが取調室の扉を開けると、数人の神官たちが入ってきた。ヴェロニカの両脇を固めて地下牢へと連れて行く。
地下牢は粗末なベッドとトイレ用の壺があるだけの、殺風景な部屋だった。窓は明り取りの小さなものが一つ。頑丈な扉は床近くの一部が開くようになっていて、食事はそこから入れられる。
(嫌だ、嫌だ、嫌だ! あたくしはスタンリー侯爵家の娘にして、宰相様と愛し合う仲なのよ! どうして労働刑なんか!)
うろうろと地下牢の中を歩き回る。冷たくて湿った空気の地下は、夏だというのに底冷えがする。
どのくらいそうしていたことだろう。
明り取りの窓の外が、いつしか暗くなった頃のこと。
コトリ。
ふと、扉の下部分が開いた。食事の時間ではないのに。
ヴェロニカが不審に思って近づくと、一通の封書が投げ込まれていた。
「……?」
彼女は封書を開いてみた。
『我が愛するヴェロニカへ。
体は大事ないか? 今回は表立ってかばえずにすまなかった。
が、お前のことはいつも案じている。このままではお前が罪に問われてしまう。だから王都脱出の手筈を整えた。
二日後の真夜中に使いの者を寄越す。その者の言うことを聞いて行動するように。
最後に一つだけ仕事を頼むことになる。お前にしかできない仕事だ。
心配はいらない。全て上手くいくよう取り計らっている』
署名はなかったが、ヴェロニカはすぐに手紙の主に気づいた。
(宰相サイラス様! やはりあたくしのことを見捨てていなかったのだわ!)
彼女は手紙を胸に抱いた。これを見張りに取り上げられないようにしなければ。
懐深くに手紙をしまいこむ。身体検査は既に行われていた。毎日行うようなものではない。だから大丈夫だ。
ヴェロニカは感動で目を潤ませながら、暗い地下室で脱出の日を待つことにした。
◇
【ルシル視点】
夏も後半に差し掛かり、割れ鍋亭と旅するキッチンはますます好調!
シーフードラーメンは、今やすっかり王都の名物となった。割れ鍋亭の食堂でも、屋台で出向いた広場でも、みんなハフハフずずっと食べている。
替え玉システムを導入したので、たくさん食べたい肉体労働の男性の需要もしっかり掴んだ。
「あー、食った食った! 替え玉だと腹いっぱい食えるのに割安で、助かってるよ」
「俺は気分を変えたい時は、ケバブサンドとラーメンのセットだな」
「私はそこまで食べないから、ガレットがいいわね。味噌味にハマっちゃって」
屋台を出した広場で、お客さんたちの楽しそうな声が聞こえてくる。
私の絶対倉庫のおかげで、手狭な屋台であっても色んな種類の料理が出せる。時間停止があるからいつでも出来立てだ。
本日の営業も好評のうちに終わり、私は割れ鍋亭へと帰った。
「ただいまー。お店の方はどうかな?」
「おかえりー。今日もいい感じですよ」
雇い人たちが答えてくれる。
私はまかない飯の準備に取り掛かった。
今日のまかないはガレットの醤油味肉のリメイクだ。油を多めにフライパンに引き、揚げ焼きにする。本当の揚げ物よりも手間が少なく、ボリュームが出る。
さらにラーメンスープもリメイク。野菜をたくさん入れて味を整え、野菜たっぷりのスープにした。
「いただきます!」
「いただきまーす!」
「うん、美味しい!」
全員で集まって食堂のテーブルを囲む。私とラテ、フィンとミア。ギルとクラウス。五人の雇い人と、孤児院から引き取った二人の子。
子供たちは最近すっかりお手伝いが板について、何なら一人前に近いパフォーマンスを発揮している。
孤児院の子たちは少し体が弱かったのに、今は元気いっぱいだ。
「ルシルのごはんが美味しいから。毎日食べていたら、元気になったんだよ」
そんな嬉しいことを言ってくれる。
「本当は、孤児院に残っている子やシスターたちにもっと差し入れをしたいんだけどね。忙しいのと予算があるのとで、あんまりできていないや」
私がちょっとしょんぼりして言うと、ギルが笑った。
「差し入れは週一回だろ? 十分だよ。しかも多めに渡しているから、次の日も食べられる。実質、週二回だ」
「まあそうだけど」
「もっと増やすなら、いっそ孤児院の子たちにお手伝いをしてもらうのがいいかもね。兵糧丸なら子供でも作れるし、秋になればまたドングリ集めをしたい。給料をちゃんと出せば、大人になった時の自立資金になる」
「あんまり子供を働かせたくないんだけどなぁ」
私が渋ると、フィンとミアが声を上げた。
「はたらくの、楽しいよ?」
「やりがい、あるよ?」
うーん。まあ、この国では児童労働はごく当たり前でもある。前世とは常識も社会の仕組みも違うのだ。
ブラック労働にならないよう気をつけて、お給料をきちんと出せば問題ないかな?
「分かった。ナタリーに相談してみるね」
今の修道院は院長がいない。取りまとめる立場として、ナタリーが代行をしている。
元々施療院の仕事で忙しいのに、最近は本当にバタバタしているようだ。
こうして話はまとまって、私たちは楽しい夕食のひとときを過ごした。
◇
翌朝。私が食堂まで行くと、雇い人たちが集まって難しい顔をしていた。
「おはよう、みんな。どうしたの?」
「あ、ルシルさん。実は中庭で干していたドングリが盗まれてしまって」
ドングリはアク抜きした後、天日干しにして粉にしている。最初こそ魔法の力で乾燥させたが、毎回頼むのも大変なので普段は天日干しなのだ。
割れ鍋亭の中庭で、むしろの上で並べていたのだが……。
「どのくらい盗まれたんですか?」
「一袋分ですね」
それなら当面の営業に影響する量ではない。が、やはり盗みは問題だ。
「誰も犯人を見ていないですよね?」
「はい。夜中だったので気づかず」
「とりあえず、憲兵に通報しておきましょうか」
「そうですね」
なんでわざわざドングリを盗んだのやら。どこかのライバル飲食店がガレットを真似したかったのだろうか。
「ま、いいか。それじゃあみなさん、今日も頑張りましょうね!」
「はーい!」
――この時の私は気づいていなかった。
この小さな窃盗事件が、後の事件の発端であることに。




