106:【閑話】女性談義
【三人称】
ある夏の日の午後。
割れ鍋亭ではお昼の客の波が引き、雇い人たちとギルが一息ついていた。ついでにクラウスも店を手伝っていたので、休憩のお茶を飲んでいた。
「港町から帰ってきて、まだそんなに経ってないけど。何だかずいぶん前にことのように感じるなぁ」
ギルが感慨深そうに言う。
ルシルが開発した昆布ダシスープ、それからシーフードラーメンは今や王都を席巻している。
暑い中、店でも屋台でも汗をかきながらラーメンをすする光景は、すっかり名物になってしまった。
「色々あったからな」
クラウスは肩をすくめて麦茶を飲んだ。
ルシルの倉庫に保管されていた雪で冷やしたもので、冷たい喉ごしが心地よい。
「港町で仲良くなった女の子たちもいるんだけどなー。今度仕入れに行く時、お土産買っていかないと」
「例の婆さんとバーバラか?」
「それ以外にもいるよ。王都とはまたちょっと違って、健康的で活動的な娘が多くて嬉しかったね」
「……はぁ」
面倒そうに息を吐いたクラウスに、ギルは眉を寄せた。
「なんだい。言いたいことがあれば言ってくれ」
「別に。物好きだと思っただけだ。そんなに女に愛想を振りまいて、どうするんだ?」
「どうするだって? もちろん楽しいからやっているに決まっている。女性はいいぞ。若い娘はいい匂いがするし、少し年上の御婦人は柔らかくて包容力がある。クラウスこそ女性を避けてばかりで、何が楽しくて生きているのやら」
「知るか。勝手にしろ。あと俺は別に女嫌いではない。お前のように誰彼構わず目移りしないだけだ」
「ふぅ~~~ん?」
クラウスは無愛想に言ったが、ギルは途端に意地の悪い笑みを浮かべた。
「そっかー、君は一途なんだね。そんな一途なクラウスくんが思いを寄せるのは、そうだな、例えば料理上手なシスターとか?」
「なっ……!? 馬鹿を言うな、俺は何も!」
「あ、そう? それなら僕がアプローチしても問題ないよね?」
「何だと……」
クラウスの目に殺気が灯った。だがギルは気圧されることはなく、ゲラゲラ笑っている。
「君はからかうと本当に面白いな! まぁ心配しなくても、今すぐ口説くつもりはないよ。抜け駆けしたら君と王子様に殺されちゃうもんね?」
「お前、いい加減に……」
クラウスが言いかけた時、割れ鍋亭に誰かが入ってきた。
ギルはすぐに表情を切り替えて、声を上げる。
「あぁ、すみません。今はお昼休憩中でして」
「いえ、お邪魔してごめんなさい」
「あれ、君は……」
割れ鍋亭の入口に、修道服姿のシスターが立っている。黒い髪にムーンストーンのような瞳をした、十代後半の女性だ。
「ナタリーです。今日はルシルちゃんに、ラーメンの具に良さそうな薬味と薬草を持ってきたのですが」
「ナタリーさん、久しぶり。ルシルは今はいないよ。例の王女様に料理を持っていっている」
ギルが一礼しながら答えると、ナタリーは少し首を傾げた。シスターのヴェールがさらりと揺れる。
「あら、そうでしたか。では食材は置いていきますので、また来ますね」
「ああ、待って。外は暑かっただろう。冷えた麦茶を飲んでいってくれ」
「いえ、でも」
「いいから、いいから」
ギルはナタリーを促して椅子に座らせた。冷たい麦茶をコップに注ぎ、テーブルに置く。
ナタリーはお茶を飲んでにっこりと微笑んだ。
「美味しい。夏の冷たい飲み物は、本当に美味しいですね」
「本来なら氷室を持っているお貴族様しか飲めないからね。ルシルに感謝だ」
それから三人で世間話をしていると、ふとクラウスが言った。
「ナタリーはルシルの幼馴染だったか?」
「ええ、そうです。私とルシルちゃんは同じ孤児院の出身で、同じシスターの道を選んだ仲間ですよ」
「ルシルはどんな子供だったの? やっぱり今みたいな元気な食いしん坊だった?」
と、ギル。ナタリーは少し苦笑した。
「食いしん坊はそうですね。昔から道端の草を食べてしまったり、毒のある木の実でも平気で口に入れて、目が離せませんでした。わたくしの小治癒の能力は、子供の頃はほとんどルシルちゃん専用でした」
「あ~」
容易に想像できて、ギルとクラウスは笑った。
「でも、性格は少し違います。今は明るく前向きですけど、子供の頃は――いいえ、修道院を出るまではもっと引っ込み思案でした。大人しくてあまり強くものを言えず、ヴェロニカに冤罪を着せられた時も、きっと言い返せなかったのだと思います」
「意外だな。今のルシルであれば、黙っているはずがないが」
クラウスが言うと、ナタリーも頷いた。
「わたくしも久しぶりに会った時、驚きましたの。ずいぶん明るくなった、と」
「世間で揉まれて強くなったとか?」
「どうでしょう……。でも、すぐに気づいたのです。性格は少し変わったけれど、ルシルちゃんの本質は何も変わらないと。食いしん坊で美味しいものが大好きで、食べるのも食べさせるのも大好き。困っている人を放っておけない、優しい子です」
ナタリーは微笑んでいる。
性格が変わったのはルシルが前世の記憶を思い出したからなのだが、彼らはそれを知る由もない。
クラウスとギルはそれぞれに頷いた。
「そうだね。たまに突拍子もないことをするけれど、彼女は優しい人だ。王都でも港町でも、困っている人を見捨てなかった。料理の腕前以上に人を惹きつけるところだよ」
「俺も彼女に救われた。恩返しをしなければ」
「ん? クラウスはそんな理由でルシルの後をついて回っているわけ? S級冒険者の君がタダ働きしている以上、もう恩は返し終わったんじゃない?」
ギルがニヤニヤしながら言えば、クラウスは眉をしかめた。
「タダ働きではない。まかない飯をもらっている」
「そんな、犬猫の餌付けじゃあるまいし!」
ゲラゲラ笑うギルを、クラウスはぎろりと睨んだ。
「そういうお前は何なんだ。新しい商売をしたいんじゃなかったのか? いつまでこの店にいるつもりだ」
「え、ずっといるつもりだけど? 今のこの割れ鍋亭の料理が、新しい商売そのものだ。ここで働くのは実に楽しい。ルシルの発想にはいつも驚かされる。商売の面で足りない所があれば、僕が補う。いい関係だろう」
ギルはウィンクをしてみせた。
「ルシルも一人の女性として魅力的だしね。亜麻色の髪に、神秘的な紫の瞳。十分に可愛らしく美人だ」
「……お前、筋肉女や老婆まで見境がなさすぎるだろうが」
クラウスは低い声を出したが、ギルはちっとも気にしていない。
「だって僕のストライクゾーンは、十五歳から六十歳だから。十七歳のルシルはど真ん中だよ。もちろん十九歳のナタリーさんもね?」
「広すぎるだろ!!」
クラウスは思わず叫んだ。
「え、でも、十四歳はさすがに子供だと思うし」
「そうじゃない! 港町の老婆はどうするんだ。彼女は百歳だろうが!」
「まあ、彼女に関しては礼儀を含んでいたのは否定しないよ。でも長生きしている人は、やはり魅力的だった」
「意味不明すぎる……」
クラウスは頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
「お二人とも、仲がいいのですね」
ナタリーがくすくす笑っている。
クラウスは突っ伏しながら「仲良くない」と呟き、ギルは「けっこう仲良しだね!」と笑った。
王都の夏の日の午後は、そんな感じで和やかに過ぎていった。




