105:懐かしの割れ鍋亭
翌朝。馬車停まりまで行くと、バーバラを始めとしたたくさんの人々が待ち受けていた。
「あれっ? みなさん、どうしたんですか?」
「ルシルの見送りだよ」
バーバラがにやりと笑う。
「もう帰っちまうなんざ、寂しいが。まぁ仕方ねえよな」
「また来いよ!」
「待ってるからな!」
漁師たちが口々に言う。
「ギルや。あんた、あたしのこと忘れるんじゃあないよ。たまに遊びに来ないと承知しないよ」
見ればアマンダ婆さんが、孫娘の押す車椅子に座って笑っている。
ギルは彼女の手を取って一礼した。
「もちろん。この町には仕入れでまた来ます。その時は王都のお土産を持ってきますよ」
そう言ってウィンクなどしている。相変わらずマメな奴である。
「バーバラさんにもお土産を持ってくるよ。何がいい? そのきれいな赤い髪に似合う髪飾りとか?」
「なっ……! い、いらねえよそんなもん!」
ばちーん。
真っ赤になったバーバラはギルを張り倒した。
クラウスが「やめておけばいいのに……」と微妙な顔で抱き起こしてやっていた。
「と、とにかくだ! あんたらのおかげでこの町は救われた。いくら礼を言っても足りねえ。また来たら、盛大にもてなしてやるからな。約束するぜ!」
「ありがとう! 嬉しいわ」
私は笑って、バーバラや漁師たちと握手する。ごつごつとした働き者の手ばかりだ。
一通りのお別れの挨拶が済んで、私たちは馬車に乗り込む。
「しゅっぱーつ!」
行きと同じように、フィンが御者台の隣で声を上げた。
ガタゴトと車輪を鳴らして馬車が動き出す。
「ルシル、またな!」
バーバラが大声で叫んだ。
「ええ、またね!」
振り返って手を振る。
港町シートンマスの人々は、ずいぶん長いこと馬車を見送ってくれた。
やがて町は遠ざかり、遠くに海が見えるばかりになる。もう潮の香りはしない。
(色んなことがあったけど。思い出がたくさんできた)
代官バルダスの行いは許せなかった。
おかげで海の汚染が進んで、海と川の生き物たちがたくさん命を落とした。
失われた命は戻らない。だがこれから、よりよい世の中を目指すことはできる。
倉庫の中には、たっぷりと仕入れた海の幸が格納されている。
まだ少し残っているクラーケンの足が、今でも魔力のゆらぎを放っていた。
こうして私たちの港町での冒険は、終わりを告げた。
◇
数日の旅路を経て、王都に帰り着いた。
城門はいつもと変わらない様子で、警備兵が出迎えてくれる。
「やあ、シスター。思ったより長旅だったね?」
「ただいまです。ええ、その代わりにしっかり仕入れをしてきましたから」
そんな挨拶を交わした後に、王都の中に入った。
王都も変わった様子はない。真夏の熱気の中、多くの人々が行き交っている。
やがて割れ鍋亭の前に着いた。
私たちが馬車から降りると、御者は一礼して馬車の馬を巡らせ、去っていった。あれはアルフォンスの馬車なので、王城に帰るのだろう。
「ただいま、みんな!」
お店は営業中で、多くのお客が入っていた。
裏口から中に入って声を上げれば、雇い人と孤児院の子たちが一斉に振り向く。
「おかえりなさい、ルシル!」
「ギルと、フィンとミアも!」
「ついでにクラウスさんも」
忙しい時間だからみんな手を止められないけど、口々に歓迎してくれた。
「私たちがいない間はどうだった? 何か面倒は起こらなかった?」
私も厨房に入りながら聞く。
出発してから今日帰ってくるまで、結局三週間以上も店を留守にしてしまった。
「大丈夫です。お店は繁盛していたし、警備兵の兵糧丸もきちんと納品しました」
「ただ、やっぱり旅するキッチンの屋台が出ないと、寂しがるお客が多かったですね。場所柄、ここの店に来るのが難しい人も多くて。ルシルさんがいつ帰ってくるのかと、何度も聞かれましたよ」
雇い人たちが代わる代わる言う。
私は頷いた。
「よっし! じゃあ、旅するキッチンは明日から再開しますね」
今回の仕入れの最大の目玉は、昆布だ。これがあればダシの幅がぐっと広がる。
シーフードラーメンのスープはほぼ完成している。港町と帰って来る道中で工夫したのだ。
あとは麺だけど、これも港町で試作した。
もうちょっと工夫の余地はあるが、とりあえずお店に出せる完成度になっている。
私たちは協力して料理を作り、忙しいお昼の時間を乗り切った。
「みんな! 早速だけど、新作料理を試食してね。まかないよ」
昆布ダシのスープの鍋を倉庫から取り出す。
既に作ってあった麺も出して、大きな鍋で茹でた。麺は手揉みで縮れをつけた、少し太めの麺だ。
茹でたエビと魚の切り身、ハマグリを載せて、完成!
暑い夏の熱気がこもる厨房。みんなで汗をかきながら、ハフハフと食べる。
「おぉ……。スープが黄金色だ。美しい」
雇い人の一人がスプーンにスープをすくってため息をついた。
「この麺というのは、どうやって食べるのかしら?」
雇い人唯一の女性が四苦八苦している。
箸で、と言いたいところだが、この国に箸はない。私はフォークを配った。
「フォークで少しずつすくって、ずずーっと豪快にすすりましょう」
「了解!」
ずずー、ずずーっとあちこちから麺をすする音がする。前世の海外じゃあマナー違反だけど、これはラーメン。すすってナンボである。
「んー! 麺にスープが絡まって、麺のシコシコ感とスープの旨味が同時に味わえる!」
「ダシの味がいい。麺にも、つけあわせのエビにもばっちり合ってる」
「この旨味が、ルシルさんが港町で仕入れてきた味なんですね」
ハフハフ、ズズーッ。汗をかきかき食べ終わる頃には、みんな満足の笑顔になっていた。
「いやぁ最近、暑くて夏バテ気味だったのですが。元気がチャージされたようです」
夏は水分と塩分補給が大事だものね。
明日から早速、ラーメンを屋台で出すことにした。
アステリア王都に麺文化が爆誕した日だった。
+++
これにて港町シートンマス編は終わりになります。閑話を一つ挟みまして、次の章に入ります。
次章は第一部の最後の章。ちょっと短めですが、ヴェロニカとの因縁に完全に決着がつきます。
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