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神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第6章

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104/110

104:夜の出会い

「名残惜しいけれど、そろそろ王都に帰らないとね」


 十日目の夜。私は宿屋の食堂で、みんなを集めて話していた。


「割れ鍋亭も心配だからねえ。雇い人たちだけじゃ、なかなか手が回らないだろ」


 ギルが言えば、フィンも頷く。


「ルシルがいないと、旅するキッチンの屋台は出せないから。じょうれんさんたち、きっと待ってるよ」


「シーフードもいいが、いつもの割れ鍋亭の味が恋しくなってきた」


 これはクラウスである。食い気ばかりだな。


「昆布のスープはあれから研究を重ねて、かなりいい感じにできたわ。あとは王都の店で麺を打って、シーフードラーメンデビューといきましょう」


「たのしみ」


 ミアがニコニコしている。

 こうして私たちの最後の滞在の夜が過ぎていった。





 夜、波の音を聞きながら眠っていると、ふと目が覚めた。

 私は普段は朝までぐっすり人間なので、途中で目覚めるのは珍しい。

 しばらくベッドの中で寝返りを打っていたが、目が冴えてしまったので起き上がった。


 同じベッドにフィンとミアが眠っている。ラテは見当たらないが、彼はたまに夜の散歩に行くので気にしないでおく。

 双子を起こさないよう気をつけてベッドを出て、部屋を抜け出した。私も散歩をしてこよう。


 真夜中の港を渡る風は、潮の香り。もうあの甘ったるいヘドロの匂いはしない。

 月光を受けて、海面はきらきらと輝いている。


 ――ふと。

 港の埠頭の先に誰かが立っているのが見えた。

 最初はラテかと思った。見慣れた金色のオーラに包まれていたからだ。


 でも近づいたら違った。

 それは人だった。オーラに見えたのは彼の金色の髪が、月の光を反射していたのだ。

 彼は黙って海の向こう、水平線を眺めている。


「あの……?」


 遠慮がちに声をかけると、彼は振り返った。

 金色の髪に金色の瞳をした、十代前半の少年である。何となく面差しがアルフォンスに似ている、かもしれない。


「こんばんは、シスター。月のきれいな夜だね」


 声変わりをする前の澄んだ声が、夜の潮風に乗って響く。

 姿も声も確かに少年なのに、何か違和感がある。

 不快ではない。ただ何か、大きなものが隠されているような。そんな違和感。


 少年が軽く手招きをしたので、私は少しだけ近づいた。


「僕にとって、この海は――」


 私に語って聞かせるというより、独り言のような口調で彼は言った。


「遥かな旅路であり、遠く向こう側の故郷とをつなぐ、あるいは断絶する壁でもある。戻りたいとは思わないが、たまに懐かしくなるね」


「……え?」


 私は思わず彼を見た。

 この世界は航海技術がさほど発達しておらず、大陸は他に発見されていない。

 私は前世の知識として、海の向こうに大陸がある可能性を知っている。

 けれどもこの国の人々は、そんな考えはそもそも持っていないのに。


「あなたは、海の向こうから来たの?」


 少年は答えない。微笑むだけだ。


 いや、違う。

 私は一つ思い出した。この国の人々は海の向こうの大陸を知っている。――おとぎ話として。

 アステリア王国の建国王エリオットは、遠い国で神々から竜の卵を授かった。その国が海の向こうなのだ。

 エリオットと竜は竜の背に乗ってこの大陸にやって来る。海を越えて。

 そしてさらにさまざまな困難や冒険を乗り越え、アステリア王国を建てたと言われている。およそ五百年前の話だ。


「あなたは――」


 誰?

 そう聞こうとした言葉は、少年によってさえぎられた。


「ラテをお腹いっぱいにしてくれて、ありがとう。あの子はずっと空腹で、一人ぼっちだった。今は温かい人々に囲まれて、幸せに暮らしている。僕はそれが何よりも嬉しい。もう一人のあの子は手遅れかもしれないが、せめてラテだけは、このまま幸せでいてほしいんだ」


 ラテは王都の路地裏で、餓え死に寸前までお腹を減らして行き倒れていた。

 私がケバブサンドをあげたら、すごい勢いで食べたっけ。

 彼はラテの過去を知っているのだろうか?


「何の話をしているの? あなたはラテの知り合い?」


 少年は答えず、また海を見た。


「ラテが出会ったのが、君で良かった。ありがとう、ルシル。異界の魂の持ち主」


「……!?」


 ぶわりと金色の光が弾けた。眩しさに一瞬目をつむる。

 その瞬間、不思議なイメージが私の頭の中に流れ込んだ。

 何かとてつもなく大きな存在がいる。その大きなそれに少年が手をかざすと、まるで分裂するように小さな何かが生まれた。

 少年は大きなそれと小さなそれを愛おしげに撫でると、小さな方を空に放つように掲げる……。


 光が収まる。目を開けると、少年の姿は見当たらない。


「消えた……?」


 呆然としていると、すぐ足元から声がした。


『何を呆けておる』


「わっ! ラ、ラテ!?」


 見ればすぐそこに、先ほどまで少年が立っていた位置にラテがいた。


「ラテ、こんなところで何をやっているの!」


『散歩だが? ついでだから海を見ていた。船はこりごりだが、飛竜の背に乗って海を飛び越えるならいいかもしれぬと思ってな』


「そ、そう……。ところでさっき、ここに男の子がいなかった? 十二歳くらいの」


『知るか。吾輩は静かな夜の海を愛でていたのだ』


 ラテが嘘をついているようには見えない。では、先ほどの少年は一体何だったのか。


「……ラテは私と出会う前、どうやって暮らしていたの? 家族はいないの?」


『今日は妙なことばかり聞くな。家族はおらん。魔獣は親から生まれる種類のものもいるが、吾輩はそうではない。気がついたら成獣の姿で存在していた。恐らく魔力から直接生まれるタイプの魔獣だったのだろう』


 そんなこともあるのか。


『家族はおらんと言ったが……』


 ラテは海を眺める視線を外さずに続けた。


『おぬしやフィンとミアが、今の家族と言えるかもしれんな』


 私は思わず足元のラテを見た。ヒゲがピクピク動いている。あれはきっと、照れ隠しだ。

 私の心にむくむくと喜びが湧き上がってくる。

 やばい、ニヤニヤが抑えられない。


「そうよね! 私もラテのこと、家族だと思っているよ!」


『おい、よせ! くっつくな!』


 ラテを抱き上げて頬ずりしたら、すごく嫌な顔をされた。このツンデレさんめ。


「私が一番のお姉さんで、ラテは弟。フィンも弟、ミアは妹よね」


『ふざけるな。吾輩が兄に決まっておろう』


「でもラテはいつ生まれたか分からないんでしょ? 私の方が年上だよ、きっと。前世分もあるし」


 ラテにはだいぶ前に前世の話をしている。『ふーん』くらいで軽く受け流された。


『前世を持ち出すなら、お姉さんではなくお母さんだろうが。厚かましい』


「あはは、それもそうね」


 潮風が吹く。夏とはいえ、少し風が冷たい。

 風邪を引く前に宿に戻った方がいいだろう。


 私はラテを抱っこしたまま、宿屋への道を戻り始めた。腕の中の黒い毛皮は、とても温かい。


 あの不思議な少年は気にかかるが、ラテの幸せを願ってくれた。だから悪い人ではない。

 もう一度振り返った海は、静かな波を寄せては返していた。


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