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神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第6章

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103/110

103:戻ってきた日常

 明くる日。

 港町シートンマスの埠頭の先には、青く澄み渡った海が広がっていた。


「海が生き返った……」


 埠頭の先端に立って、バーバラが感無量というように呟いた。

 彼女の後ろに続く漁師たちも、みんな涙ぐんでいる。


「よーし、てめえら! 今すぐに船を出すぞ! きっと魚は戻ってきている。今日から漁港シートンマス、完全復活だ!」


「おおーっ!」


 漁師たちは拳を突き上げて、それぞれの船に乗り込む。

 誰もが希望を取り戻し、笑みを浮かべていた。

 バーバラは船に乗る前に、私の元へやって来た。


「ルシルはあのコンブとかいう海草が欲しいんだったな?」


「ええ、あれをメインに、他の海の幸もいっぱい仕入れたいですね」


「任せとけ。使い切れないくらい獲ってきてやるからよ!」


「じゃあ私は、また料理を作って帰りを待っていますね」


「やったぜ! おーい、みんな! ルシルがまた料理を作ってくれるってよ。楽しみだなぁ!」


 バーバラが声を張り上げると、漁師たちも歓声で応えてくれる。

 彼女は自分の漁船に飛び乗った。クラーケンに壊された場所は応急処置が施されて、とりあえず動く状態になっている。


「じゃあな、行ってくるぜ!」


「行ってらっしゃい!」


 遠ざかっていく漁船の群れに手を振る。

 青く輝く夏の海の上を、漁船は滑るように移動していった。





「シスター・ルシル。私は銀鉱山に戻りますね」


 監察官が言った。


「明日になれば、王都から犯罪者を輸送するための人手が到着するでしょう。銀の密採掘、それに水銀毒の流出は重罪です。背後関係を含めて、きっちりと取り調べをしなければ」


 アルフォンスも続ける。


「私も彼女に同行するよ。バルダスの背後に宰相がいるのであれば、その責任を追及しなければならない。食料ギルドの一件のみならず、彼のやり口が残虐なのはよく分かった。あのような人物に国政は任せられない。二度と今回のような悲劇が起こらないよう、王家として対処しなければ」


 フィンが鉱山で見つけた帳簿を差し出す。


「アルフォンスさま。これ、やっぱり『宰相様、サイラス』と書いてあるよ。メモつけておいたから、見てね」


「ありがとう。フィンは賢い子だ」


 アルフォンスは帳簿を受け取って、フィンの頭を撫でた。

 今度はギルが口を開いた。


「王子様、せいぜい気をつけなよ。宰相の権力は君より強いだろ? なりふり構わず攻撃されたら、僕たちまでとばっちりを受けかねない」


「……そうだね」


 彼は表情を引き締めた。


「結果として宰相との権力争いに巻き込んでしまって、申し訳ないと思っている。だが前回の食料ギルドの失態、それに今回のバルダスの犯罪。この二つを武器に、宰相サイラスを追い落とすつもりだ。可能な限り君たちに影響が出ないよう、尽力する。……それにギル」


「うん?」


「『王子様』は、もうやめてくれないかな。私は君を友だと思っている。もちろんクラウスもだ」


 急に名前を出されて、クラウスは一瞬キョドった。


「……俺もか?」


 アルフォンスは微笑んだ。いつものキラキラ王子様スマイルに似ているようでいて、もう少し柔らかな笑みだった。


「ああ、そうだ。私たちはルシルの店を中心に結びつく仲間じゃないか。私は私の力で店を守る。君たちもそれぞれに力を尽くしてほしい」


「もちろんだよ。だって僕は、ルシルの割れ鍋亭の店員、兼、共同経営者だからね。仲間を守るのは当然のことだ」


 ギルが髪をかき上げる。いつものキザな動作だが、今日は普通にかっこよく見えた。

 クラウスも頷いた。


「俺にとってあの店は、居場所だ。他に行く先はない。家を守るのは当たり前だろう」


「それを聞いて安心した。君たちがいれば、ルシルに危険はない。私たちは仲間であり、まぁ、ライバルでもあるね」


 アルフォンスの言葉にギルとクラウスは顔を見合わせる。私の方をちらりと見た後、三人でちょっと苦笑いしていた。

 何だろうか。

 いやそれよりも、私は男性同士の友情の瞬間に立ち会って軽く感動していた。

 ミアに小声で話しかける。


「ねえ、ミア。いいもの見ちゃったね。やっぱり友情はいいわぁ」


 しかしミアはジト目で私を見上げた。


「……かんそう、それだけなの? はぁ。三人とも、おきのどくって、お母さんなら言うよ」


 ええー!? なにそれ。


「フィン、フィンはどう思った?」


「大人の男の人って、カッコいいと思った!」


 フィンは無邪気に目を輝かせている。

 良かった。私の感想は別に間違っていないらしい。


「フィンはおこちゃまだから」


 ミアがやれやれと肩をすくめている。


 アルフォンスはフィンから受け取った帳簿をしっかり荷物にしまい込むと、監察官と一緒に飛竜に乗り込んだ。


「では、私は一度銀鉱山に寄った後、一足先に王都へ戻る。みんなはしっかり仕入れをして、海の幸を楽しんでいってくれ」


「はい! 新しいお料理ができたら、アルフォンスにも持って行くから。エレオノーラにもよろしくね!」


「うん。ありがとう」


 飛竜が羽ばたいて、空へと舞い上がった。

 みんなで手を振る。

 飛竜の姿が夏空の向こうに見えなくなるまで見送った。





 それからの私たちは、港町シートンマスのシーフードを堪能しつつ、新しい食材の発掘をした。

 毒が消えた海には豊富な魚が戻ってきている。

 市場も活気を取り戻し、様々な魚が並べられていた。


 途中で王都から特使が派遣されてきて、臨時の代官が立てられることになった。

 話を聞く限りでは、第二王子アルフォンスの派閥の役人であるらしい。

 彼ならばきっと、公正な町の運営をやってくれることだろう。


 また、バーバラの船で昆布の漁場の調査をしたところ、思ったよりもたくさん生えていると判明した。

 この分であれば、この先もずっと良質な昆布を獲り続けられるだろう。

 港町の漁師と商人と連携して、定期的に昆布を王都まで納品してもらうことになった。


 鉱山で強制労働をさせられていた人々も帰ってきて、家族と再会を喜んだ。

 彼らは長期間水銀に晒されていたから、念のため例のプランクトン入りの料理を食べてもらった。

 ラテによるとこのプランクトンは、人間が食べても毒はないとのこと。むしろ善玉菌的な働きをするらしい。


『他の生命が生きるために食べるのであれば、奴らも文句はなかろうよ』


 とは、ラテの談である。

 まあ、全ての食べ物は何かしらの命だものね……。


 こうして一週間ほどを港町で過ごした。

 町の人たちとすっかり仲良くなって、市場へ出ていくと「こんにちは、シスター!」と挨拶してくれる。

 私も料理を振る舞い、シーフードをたっぷり味わった。

 改めて作ったアンコウ鍋は大好評で、町の食堂の料理人やおかみさんがレシピを知りたがる。日本酒はラテのオリジナルだけど、代替できるものがないか一緒に考えた。

 この分なら近い将来、港町シートンマスの名物料理にアンコウ鍋が加わりそうだ。


 他はシーフードラーメンのスープを研究したり、麺を試作したり。

 特に麺は工夫のしがいがある。かん水を再現するために、海草を燃やした灰を配合してみるなどした。


 フィンとミアは町の子供たちと一緒に、きれいになった海で遊んでいた。

 とても楽しそうで、毎日海岸で拾った貝がらを私にくれたり、泳ぎが上達したのを教えてくれた。


 こうしてのんびりと過ごしていると、日常が戻ってきたのだと実感できる。

 クラーケンもあの深い海の底で、今頃静かに暮らしているのだろうか。

 彼とプランクトンの力がなければ、毒の浄化はできなかった。感謝以外にない。


 大きな大きな「友だち」に思いを馳せて、私はそっと微笑んだ。


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