表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第6章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

102/110

102:小さな命の光

 今夜は満月だった。

 東の方角からは、まんまるな大きなお月様が昇り始めている。


 私たちは満天の星空の下を飛竜で飛んでいた。

 見上げれば銀の砂を撒いたような、美しい夜空。

 しかし地上を見れば、毒にまみれた川の流れがある。


『河口に行ってくれ。まずは海の生命を救わねばならん』


 ラテが言ったので、飛竜は高度を下げて河口へと向かった。

 地面近くを飛べば、水銀のヘドロの匂いが鼻を突く。

 河口から少し離れた平地に、二頭の飛竜は着地した。


 私は倉庫からプランクトンたち……クラーケンから預かった青い塊を取り出して、手のひらに載せた。

 青白く光るそれは、ほのかに私たちを照らしてくれた。

 ラテは泥の地面を歩いていく。

 ピンと立てられた尻尾を目印に、私は彼の後をついていった。


 やがてラテは立ち止まった。

 ぶるりと体を震わせると、その体躯がみるみるうちに大きくなる。

 本来の彼の姿、人よりも大きな黒豹の体になって、ラテはじっと川面を見た。

 同時、私の手の中の光が明滅する。ふわりと宙に浮いて、ラテの目の前へと滑っていった。


『途絶えた命は戻らない――』


 ラテが言う。いつもの皮肉な調子は捨てて、真摯に祈るように。


『だが、いつの日か。またこの水場に命が満ちるよう、吾輩は心から願う』


 青のプランクトンたちが瞬いた。


『小さき命よ、力を貸してくれ。おぬしらの持つ力を使い、毒を浄化するのだ。吾輩の力、全て託そう』


 ぶわり、と。青の光が膨張した。

 青い光はどんどん大きくなる。ラテから立ち上る金色のオーラを受けて、青金色の光へと変わる。

 星々と満月の明かりさえ圧倒し、河口は真昼のような明るさに包まれた。


 目を開けているのも大変な光の中、私は確かに見た。

 小さな小さなプランクトンたちが、深海に降り積もる雪のように川面と海へと降りていくのを。

 光の雨のように。あるいは命の発露のように。

 青と金の光をまとって、いくつもいくつも降り注いでいく。

 水面に触れて、チリチリと小さな音を立てる。


 その音を聞いた時、私は理解した。

 プランクトンたちも万能ではない。

 毒を飲み込んで浄化するたび、彼らの小さな命は蒸発するように消えていく。

 私は思わずラテを見た。

 黒豹の姿の彼は、金色の瞳を瞬きもさせずに光を見つめている。


 毒の浄化をさせるということは、彼らに死ねと命じること。

 しかしそうしなければ、もっと大きな被害が出る。

 小さな命の主であるラテは、どれほどの心の痛みを感じていることだろう。


「ラテ……」


 私がそっとラテの首に触れると、彼は静かにかぶりを振った。


『吾輩が命じているわけではない。あやつらが自ら命を差し出しているのだ』


 クラーケンと話をした時、深海の風景が見えた。

 深海が毒に侵されつつある中、プランクトンたちは毒を浄化し続けていた。

 クラーケンはプランクトンを『大事な仲間』と呼んでいた。

 仲間だと思っているのに、それでも私たちに託してくれた。

 毒を撒いたのは人間なのに、同じ人間である私のことを「悪い生き物じゃない」と信じてくれたのだ。


 ふと気がつけば、水銀のヘドロで覆われていた水面が輝いている。青と金の命の色に。

 振り返ると、汚れきっていた川も輝いていた。大地に流れるひとすじの川が、長く長く輝きを放っている。輝く水が海へと注ぎ込んでいる。

 海は見渡す限り、青と金との光に埋め尽くされていた。


 天の星と満月の光の下、地上に満ちる青と金の輝き。

 小さな命が燃える音が、チリチリ、チリチリと響いている。まるで歌声のように。

 水面に、海に、私たちに降り積もる。


 この上なく幻想的で美しく――哀しい光景だった。





 青と金の光の波の中、大きな影が揺らめいている。クラーケンだ。


『ありがとう、ルシル。これで海が助かった』


 彼の無垢な声が頭に響いた。


「でも、クラーケン。毒を撒いたのは人間なのよ。同じ人間である私が憎くないの?」


『人間とか魔物とか、関係ないよ。ワタシはワタシ。ルシルはルシル』


 そう……なのか。

 バルダスみたいな人間がお金儲けのために海を汚した。

 でも、バーバラや漁師たちは心から海を愛して力を尽くした。

 もちろん私もだ。

 ラテも、フィンとミアも、アルフォンスも。クラウスとギルもこの難題の解決に惜しまず力を貸してくれた。

 なら、人間もそう捨てたものではない。そう思っていいだろうか?


 クラーケンが大きな足を持ち上げた。

 きらきらと輝く海水が、光のシャワーのように降り注ぐ。

 それは毒が消えた喜びのようにも、小さな命への追悼のようにも見えた。


『ルシルと、この子たちが助けてくれた。ルシルは友だち。ありがとう……この恩は忘れない』


 青と金の光に包まれながら、伝説の魔獣は深い海の底へ帰っていく。

 揺れる波紋は一時の別れ。

 でもきっと、また会えると思う。

 私を友と呼んでくれた魔獣と、いつかもう一度会える日を願いながら、光り輝く海辺に立ち続けていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ