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神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第6章

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101/110

101:アンコウ鍋

 短い空の旅を終えて銀鉱山に降り立てば、辺りはもう暗くなり始めていた。

 代官バルダスの手勢は全員武装解除され、ロープで縛り上げられている。

 アルフォンスと護衛、クラウス、ギル、バーバラがそれぞれ見張りをしていた。

 労働者たちはバルダスの手勢から離れた場所で、地面に腰を下ろしていた。みんな疲れ切った様子だった。


「おまたせ、みなさん! 美味しい食事を用意してきましたよ!」


 飛竜から飛び降りて手を振ると、アルフォンスたちがまず気づいた。手を振ってくれる。

 労働者たちものろのろと顔を上げた。疲労は濃いが空腹も相当なものだろう。

 私はアンコウ鍋をどーんと出した。途端、あん肝と味噌のいい匂いが漂う。


「なんて良い匂いだ……」


 労働者の一人が足を引きずりながら立ち上がった。ふらふらとしている。


「あぁ、待ってください。今そちらに持っていきますから」


 私は予備のお椀をありったけ倉庫から出して、次々にアンコウ鍋をよそった。

 アルフォンスたちがせっせと運んでくれる。フィンとミアも一生懸命お手伝いしてくれた。ていうか王子様なのに雑用させてごめん。


「こりゃあまた、美味そうなもん作ったな」


 バーバラが感心した顔になった。


「アンコウですよ」


「アンコウ? あのデカくてぶよぶよしたウロコのない魚か? 臭いだろ、あれ」


「それは食べてのお楽しみ」


 私はにやりと笑う。

 労働者たちにあらかた配膳が終わったので、さっそく食べてもらった。

 彼らは食べる力も残っていないようで、ゆっくりとスプーンを口に運んでいる。

 と。

 そのうちの一人が目を見開いた。


「な、なんだこれ……。スープの味が濃厚で、これだけで力が出てくる」


「あん肝をたっぷり使ったスープですからね。栄養たっぷり、スープだから消化もいい。やけどしないよう、慌てずどうぞ」


 私が言うと、彼らはハフハフと食べ始めた。


「このプルプル、とろりとしたのは何だ? 噛めば噛むほど美味いぞ」


「皮ですね。コラーゲンという栄養が豊富です」


「皮!? 普通なら捨てる場所じゃないか。それがこんなに美味いのか」


 また別の人はコリコリと音を立てて噛んでいる。


「このコリコリしたのも美味いな。コリコリ、もっちりして癖になる」


「それはエラですね」


「エラ……。それも普通は食べないよな?」


「はい。アンコウならではです」


 さらに別の人は薄い布状の具材をスプーンですくって、不思議そうにしていた。


「これは何だろう? 食ってみたらプリプリとして美味い。味も濃い」


「そっちは卵です。卵だから、栄養しっかりですよ。おすすめです」


「へぇ、これが卵なのか。ん、確かにプチプチするな。美味い!」


 他には白身を美味しそうに食べる人もいた。


「俺は漁師じゃないから、魚はちょっと苦手だったんだが。この白身はさっぱりしていて美味い! 濃厚なスープによく合っている」


 どうやら労働者は、港町以外からも連れてこられた人がいるようだ。

 監察官を見ると、しっかりと頷いてくれた。バルダスをきちんと追及してくれることだろう。


「ルシル、これは何だろう。とても濃厚でクリーミィだ」


 今度はアルフォンスが口を開いた。彼のスプーンの上には、スープで使う以外に具材として放り込んだあん肝が載せられている。


「それこそがアンコウの本領、あん肝ですよ! 肝臓ね」


「え、肝臓」


 彼は一瞬、ちょっと引いたような顔でスプーンを見た。何だよ、内蔵苦手系? でもさんざん食べていたじゃない。

 隣ではクラウスが平気な顔でぱくぱくと食べている。


「うむ、美味い。体に力がみなぎる味だ。内臓は上手に処理しなければ臭いものだが、さすがルシルだな」


 彼は冒険者だから、狩った魔物を捌いて食べたこともあるらしい。

 下処理しないで内臓は食べられないわ。味的にも衛生的にも。


「そうでしょ! これはラテ特製の『日本酒』と塩を振りかけて、さらに蒸したものなの。お酒の成分で臭みを飛ばして、さらに煮る前に蒸すことで型崩れを防いでいるのよ」


「なるほど」


 私とクラウスが話していると、横からギルが口を挟んできた。


「ルシル、こっちのコリコリしたのは何だい?」


「あぁ、それは胃袋ね」


「胃袋……」


 ギルは怯んだが、すぐに涼し気な表情を取り繕った。


「ま、まあ、ルシルにかかれば内蔵もご馳走に早変わりだ。分かっているさ」


「うん。胃袋は寄生虫がいるんだけど、しっかり湯がいたから平気」


「……」


 ギルはまじまじと胃袋を見つめて、次に目をつぶって口に放り込んだ。


「美味しい、本当に美味しいよ。胃袋とか虫とか聞かなければ良かった!」


 だから熱湯消毒で死滅しているって。熱湯で死なない異世界寄生虫がいたら困ると思って、念のためラテにも見てもらったけど、大丈夫だと言っていたし。

 これだから都会っ子どもは。


「肝臓も美味しい。肝臓とはこんなに美味しいものだったのか……。エレオノーラに食べさせてやりたい、いや、あの子には刺激が強すぎるだろうか」


 アルフォンスもなんかしみじみしている。

 エレオノーラはああ見えて根性がある子だし、最近はすっかり食いしん坊だから、肝臓でも平気で食べるんじゃないかな。


 あん肝はナタリーに食べさせてあげたいなぁ。彼女はいつも施療院で働き詰めだから、栄養のあるものを食べてもらいたい。

 それにナタリーは薬師でもある。魔物や動物の肝臓は薬になる。

 だから怖がらずに食べると思う。なんか女子の方が逞しいな。


 バーバラは内臓をちっとも気にせずに、あれもこれもと食べていた。


「あたしとしては、エラやらヒレやらが食えるのが驚きだぜ。あのアンコウはでかい割にぶよぶよで捌きにくくて、しかも臭いだろ。人気がなかったんだが、こんなに美味いなら名物にできるな」


「この味になるのは、お酒と味噌のおかげですけどね。麦酒エールや他の調味料で代用できるかもしれませんね」


 港町シートンマスの名物に、アンコウ鍋が加わるかもしれない。なかなか楽しみである。


 そうして小一時間もすると、みんな満腹になって満足のため息をついた。

 辺りはもう完全に夜だ。

 今日は満月。夜空には大きな月が登りつつある。


「暗くなってしまったわね。川と海の浄化は明日の方がいいかしら」


 私の言葉に、ラテは首を振る。


『いや、少しでも早く行うべきだ。飛竜は夜目が効く。夜の飛行も問題ない。今から行くぞ』


 ラテの言を受けて、アルフォンスが言った。


「監察官、飛竜を借りられるだろうか。重要な仕事があるんだ」


「はい、もちろんです」


 監察官が頷く。

 一頭の飛竜には三人から四人が乗れる。操縦者が一人必要なので、残りは最大三人程度。


「誰が行きましょうか? ラテは外せないとして」


 私たちが相談していると、労働者の代表が近づいてきた。


「どこかに出かけるんですかい? シスターのアンコウ鍋で元気が出たから、バルダスの見張りくらいなら俺らがやりますが」


 私は捕縛されたバルダスたちを見た。しっかり縛り上げられている上に、戦闘と尋問で痛めつけられたのでぐったりしている。問題なさそうだ。

 アルフォンスが言う。


「では頼む。飛竜を二頭出して、皆で浄化をしに行こう」


 私とラテ、フィンとミア。アルフォンス、クラウス、ギル、それにバーバラ。

 飛竜が二頭いればギリギリ乗れる人数だ。ギリギリだったので、護衛の人には見張りを頼んだ。

 私たちはそれぞれ飛竜に乗り込んだ。


 目指すは川、そして海。

 水銀で汚染されてしまった水の浄化が、始まる。


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