101:アンコウ鍋
短い空の旅を終えて銀鉱山に降り立てば、辺りはもう暗くなり始めていた。
代官バルダスの手勢は全員武装解除され、ロープで縛り上げられている。
アルフォンスと護衛、クラウス、ギル、バーバラがそれぞれ見張りをしていた。
労働者たちはバルダスの手勢から離れた場所で、地面に腰を下ろしていた。みんな疲れ切った様子だった。
「おまたせ、みなさん! 美味しい食事を用意してきましたよ!」
飛竜から飛び降りて手を振ると、アルフォンスたちがまず気づいた。手を振ってくれる。
労働者たちものろのろと顔を上げた。疲労は濃いが空腹も相当なものだろう。
私はアンコウ鍋をどーんと出した。途端、あん肝と味噌のいい匂いが漂う。
「なんて良い匂いだ……」
労働者の一人が足を引きずりながら立ち上がった。ふらふらとしている。
「あぁ、待ってください。今そちらに持っていきますから」
私は予備のお椀をありったけ倉庫から出して、次々にアンコウ鍋をよそった。
アルフォンスたちがせっせと運んでくれる。フィンとミアも一生懸命お手伝いしてくれた。ていうか王子様なのに雑用させてごめん。
「こりゃあまた、美味そうなもん作ったな」
バーバラが感心した顔になった。
「アンコウですよ」
「アンコウ? あのデカくてぶよぶよしたウロコのない魚か? 臭いだろ、あれ」
「それは食べてのお楽しみ」
私はにやりと笑う。
労働者たちにあらかた配膳が終わったので、さっそく食べてもらった。
彼らは食べる力も残っていないようで、ゆっくりとスプーンを口に運んでいる。
と。
そのうちの一人が目を見開いた。
「な、なんだこれ……。スープの味が濃厚で、これだけで力が出てくる」
「あん肝をたっぷり使ったスープですからね。栄養たっぷり、スープだから消化もいい。やけどしないよう、慌てずどうぞ」
私が言うと、彼らはハフハフと食べ始めた。
「このプルプル、とろりとしたのは何だ? 噛めば噛むほど美味いぞ」
「皮ですね。コラーゲンという栄養が豊富です」
「皮!? 普通なら捨てる場所じゃないか。それがこんなに美味いのか」
また別の人はコリコリと音を立てて噛んでいる。
「このコリコリしたのも美味いな。コリコリ、もっちりして癖になる」
「それはエラですね」
「エラ……。それも普通は食べないよな?」
「はい。アンコウならではです」
さらに別の人は薄い布状の具材をスプーンですくって、不思議そうにしていた。
「これは何だろう? 食ってみたらプリプリとして美味い。味も濃い」
「そっちは卵です。卵だから、栄養しっかりですよ。おすすめです」
「へぇ、これが卵なのか。ん、確かにプチプチするな。美味い!」
他には白身を美味しそうに食べる人もいた。
「俺は漁師じゃないから、魚はちょっと苦手だったんだが。この白身はさっぱりしていて美味い! 濃厚なスープによく合っている」
どうやら労働者は、港町以外からも連れてこられた人がいるようだ。
監察官を見ると、しっかりと頷いてくれた。バルダスをきちんと追及してくれることだろう。
「ルシル、これは何だろう。とても濃厚でクリーミィだ」
今度はアルフォンスが口を開いた。彼のスプーンの上には、スープで使う以外に具材として放り込んだあん肝が載せられている。
「それこそがアンコウの本領、あん肝ですよ! 肝臓ね」
「え、肝臓」
彼は一瞬、ちょっと引いたような顔でスプーンを見た。何だよ、内蔵苦手系? でもさんざん食べていたじゃない。
隣ではクラウスが平気な顔でぱくぱくと食べている。
「うむ、美味い。体に力がみなぎる味だ。内臓は上手に処理しなければ臭いものだが、さすがルシルだな」
彼は冒険者だから、狩った魔物を捌いて食べたこともあるらしい。
下処理しないで内臓は食べられないわ。味的にも衛生的にも。
「そうでしょ! これはラテ特製の『日本酒』と塩を振りかけて、さらに蒸したものなの。お酒の成分で臭みを飛ばして、さらに煮る前に蒸すことで型崩れを防いでいるのよ」
「なるほど」
私とクラウスが話していると、横からギルが口を挟んできた。
「ルシル、こっちのコリコリしたのは何だい?」
「あぁ、それは胃袋ね」
「胃袋……」
ギルは怯んだが、すぐに涼し気な表情を取り繕った。
「ま、まあ、ルシルにかかれば内蔵もご馳走に早変わりだ。分かっているさ」
「うん。胃袋は寄生虫がいるんだけど、しっかり湯がいたから平気」
「……」
ギルはまじまじと胃袋を見つめて、次に目をつぶって口に放り込んだ。
「美味しい、本当に美味しいよ。胃袋とか虫とか聞かなければ良かった!」
だから熱湯消毒で死滅しているって。熱湯で死なない異世界寄生虫がいたら困ると思って、念のためラテにも見てもらったけど、大丈夫だと言っていたし。
これだから都会っ子どもは。
「肝臓も美味しい。肝臓とはこんなに美味しいものだったのか……。エレオノーラに食べさせてやりたい、いや、あの子には刺激が強すぎるだろうか」
アルフォンスもなんかしみじみしている。
エレオノーラはああ見えて根性がある子だし、最近はすっかり食いしん坊だから、肝臓でも平気で食べるんじゃないかな。
あん肝はナタリーに食べさせてあげたいなぁ。彼女はいつも施療院で働き詰めだから、栄養のあるものを食べてもらいたい。
それにナタリーは薬師でもある。魔物や動物の肝臓は薬になる。
だから怖がらずに食べると思う。なんか女子の方が逞しいな。
バーバラは内臓をちっとも気にせずに、あれもこれもと食べていた。
「あたしとしては、エラやらヒレやらが食えるのが驚きだぜ。あのアンコウはでかい割にぶよぶよで捌きにくくて、しかも臭いだろ。人気がなかったんだが、こんなに美味いなら名物にできるな」
「この味になるのは、お酒と味噌のおかげですけどね。麦酒や他の調味料で代用できるかもしれませんね」
港町シートンマスの名物に、アンコウ鍋が加わるかもしれない。なかなか楽しみである。
そうして小一時間もすると、みんな満腹になって満足のため息をついた。
辺りはもう完全に夜だ。
今日は満月。夜空には大きな月が登りつつある。
「暗くなってしまったわね。川と海の浄化は明日の方がいいかしら」
私の言葉に、ラテは首を振る。
『いや、少しでも早く行うべきだ。飛竜は夜目が効く。夜の飛行も問題ない。今から行くぞ』
ラテの言を受けて、アルフォンスが言った。
「監察官、飛竜を借りられるだろうか。重要な仕事があるんだ」
「はい、もちろんです」
監察官が頷く。
一頭の飛竜には三人から四人が乗れる。操縦者が一人必要なので、残りは最大三人程度。
「誰が行きましょうか? ラテは外せないとして」
私たちが相談していると、労働者の代表が近づいてきた。
「どこかに出かけるんですかい? シスターのアンコウ鍋で元気が出たから、バルダスの見張りくらいなら俺らがやりますが」
私は捕縛されたバルダスたちを見た。しっかり縛り上げられている上に、戦闘と尋問で痛めつけられたのでぐったりしている。問題なさそうだ。
アルフォンスが言う。
「では頼む。飛竜を二頭出して、皆で浄化をしに行こう」
私とラテ、フィンとミア。アルフォンス、クラウス、ギル、それにバーバラ。
飛竜が二頭いればギリギリ乗れる人数だ。ギリギリだったので、護衛の人には見張りを頼んだ。
私たちはそれぞれ飛竜に乗り込んだ。
目指すは川、そして海。
水銀で汚染されてしまった水の浄化が、始まる。




