100:アンコウの吊るし切り
まず私は、漁師たちに手伝ってもらって三本の棒を組み立てて立てた。
「これは何をするんで?」
「まあ見ていてください。かぎ針はありかすか?」
「どうぞ」
大きめのかぎ針を借りてロープに結びつけ、アンコウの大きな口――下あごに引っ掛ける。
そのまま持ち上げようとしたが、重い! さすが大きなアンコウだ。二十キロはあるんじゃないだろうか。
ヨロヨロしながら何とか持ち上げて、組んだ棒に吊り下げた。
「これで捌きます!」
アンコウは大きくてぶよぶよと柔らかい体をした魚である。まな板の上に広げると、捌きにくくて仕方ない。
なのでこうやって吊るして捌く、吊るし切りという技法があるのだ。
アンコウはウロコを持たない魚だ。ぷるぷるの皮はコラーゲンたっぷり。美容効果のある食材として、そのうち売り出してもいいかもしれない。
「さて、まずは皮を剥きます」
私はアンコウのお腹側に回り込んで、首のすぐ下に切れ込みを入れた。
「えいっ!」
思いっきり引っ張れば、皮がずるりと剥ける。茶色っぽい表面に反して、内側は半透明の白色だ。
端の部分を包丁で切りつつ、お腹の皮をすっかりと剥ぎ取った。
次はヒレを切り取る。両側の横ビレと腹ビレだ。私の手のひらの二倍はある大きさだった。
普通の魚のヒレは固くて食べられないが、アンコウのヒレは柔らかい。軟骨なのでそのまま食べられる。
「次がアンコウの本命。あん肝です!」
腹ビレを切り取った穴に手を入れると、薄オレンジ色の大きな内臓がずるりと飛び出してきた。
新鮮なおかげでとてもきれいな色だった。ぷるんぷるんしている。
あん肝は前世じゃ海のフォアグラと言われていて、栄養たっぷり味もばっちりの高級食材として扱われていた。
次に引きずり出したのは、胃。胃には胃液が残っている。
胃液は二日酔いと滋養強壮に効くと前世では言われていた。せっかくだから倉庫に入れておく。
胃はひっくり返してきれいに洗った。
そうして主だった内蔵を抜いた後は、上から下にばっさりと開いていく。
アンコウは柔らかい魚だから、エラも食べられる。まさに捨てるところのない魚なのだ。
「あっ。卵がある」
お腹の中に細長い布のような物が入っていた。よく見れば卵がびっしりとついている。
地球のアンコウの卵は冬の季節なのだが、まあ、異世界不思議アンコウということで気にしないでおこう。
表面を洗って軽く畳んでおく。
皮と内蔵を取り除いたアンコウは、だいぶ寂しい感じになってしまった。でもまだこれからだ。
残っているのは身。白身である。
身も切り取ると、アンコウは頭だけになった。
「まだまだよー」
私は鼻歌を歌いながら、下あごから唇を外した。
次に上あごの頬肉に包丁を入れる。魚の頬肉って美味しいのよね。特にアンコウはあごが強いから、頬の筋肉が発達して美味なのだ。
上あごから頭ごと頬肉を外せば、吊るされているのは上下の歯とあごだけになった。
あんなに大きかったアンコウが、今では輪っかみたいな上下のあごだけになっている。
「ほおぉ……。あのアンコウは捌きにくいわ臭いわで、人気のない魚だったんだが。見事なもんだ」
漁師たちが感心している。
子供たちは歯だけになったアンコウを棒でつついたりしている。
「アンコウは捨てるところがないと言われるくらい、食べ応えのある魚ですよ。臭みも工夫次第で大丈夫」
もう一匹立派なアンコウがあったので、同じ手順でさっさと捌いた。
余談だけど地球のアンコウはオスとメスとで大きさがかなり違うんだよね。メスの方がずっと大きくて、食用はこちらがメイン。
異世界アンコウはどうか分からないが、二匹目のアンコウにもしっかりと卵があった。
「じゃあ次に、お料理の前の下処理をしますね」
倉庫から移動式かまどを取り出して、大きな鍋にお湯を沸かす。
沸騰したお湯にアンコウの身とあん肝以外の内蔵を放り込み、一分程度さっとくぐらせて、冷水に取る。
この湯通しで臭みを取って、冷水で洗って汚れをしっかりと落とすのだ。
特に胃袋は寄生虫の危険が高いので、ちょっとだけ長めに茹でる。
あん肝は血管と薄皮を取り除き、お酒(ラテが米麹で試作した)と塩を振りかけて少し置く。
これでしっかり臭みが抜けてくれる。
アンコウの身、皮、あん肝、ヒレ、エラ、卵に胃袋。七つもの違った部位が私の前でキラキラと輝いている。
どれも美味しそうだ!
ここまでくれば、アンコウ鍋の作り方は難しくない。
まずはスープを作る。あん肝を包丁で軽く叩き、プライパンで炒める。
あん肝はたくさんあるので、今回はスープに使う分以外も取っておく。こちらは同時進行で蒸しておいた。
あん肝に味噌を加えてさらに炒めた。ふんわりといい香りが漂って、周囲の人たちがうっとりとした表情になった。
あん肝と味噌に酒、砂糖、おろし生姜、昆布のダシ汁を加えてのばすように混ぜていく。
しっかり混ざったら、フライパンから鍋に移動させる。これがスープになる。
あとはぶつ切りにしたアンコウの各部位と、野菜をスープに入れて煮込むだけ。
野菜はありきたりの大根や人参、葉物など。ごく普通のものだが、それでいい。
「よし、せっかくだからクラーケンの足も入れておこう」
巨大な足はまだ半分残っている。そのうちの一部を切り取って(クラウスがいないのでちょっと大変だった)、鍋にぶち込んだ。
「はい、できあがり!」
私がお玉を掲げると、漁師や町の人たちから歓声が上がった。
気がつけば辺りはそろそろ夕焼けが始まっている。
「すみませんが、このアンコウ鍋は鉱山で無茶な労働をさせられていた人の分です。町の皆さんの分はまた日を改めて作りますからね!」
「分かったよ。あっちで捕まっていた仲間たちに、しっかり食べさせてやってくれ」
「アンコウ、また捕まえてこよう」
周囲の人々が頷いた。
ふと空を見上げれば、北東の方角に影が見える。影は夕焼け空を横切るように飛んできて、みるみるうちに大きくなった。飛竜だ。
「いい匂いが空まで漂っていましたよ。飛竜がよだれを垂らしそうでした」
飛竜から降りてきた監察官が苦笑している。
私は鍋とかまどを倉庫に格納した。
ついでに明日の分として、木箱に入った魚たちを受け取っておく。代金はいらないと言われたが、監察官がしっかり支払っていた。
「ぼくも飛竜に乗ってみたいなあ……」
フィンが実に実感を込めて言うので、私は頷いた。
「じゃあ、フィンとミアも一緒に行きましょう」
「やった!」
双子は嬉しそうに飛び跳ねている。町の子供たちが羨ましそうにしているが、まあ、今回は特別ということで許してもらおう。
「それでは出発します」
監察官が言う。
私はラテと双子たちを連れて、飛竜に乗り込んだ。フィンは例の帳簿をしっかり持っている。
そうして再びの空の旅が始まった。




