都市日常編 花音の日常
まだ朝もやが立ちこめる時間。目覚まし時計のアラームが鳴るきっかり五分前に目を覚ます。時計の針は五時半ちょっと前を指している。ここから今日も花音の一日は始まる。
「ふわあぁ……」
大きくあくびをしながら背筋を伸ばして体をほぐす。隣にいるお気に入りのぬいぐるみに小さな声で「おはよ」と声をかける。そしてベッドを出るとカーテンを開けて昇り始めたお日様の光を部屋いっぱいに入れる。これは花音の朝のルーティンみたいなものである。
寝汗を書いたパジャマを脱いで、着替えると簡素だが女の子らしい部屋を出る。まだシンとしていて誰かが起きている気配はない。
「昨日からお休みだから、夜番もないんだよね」
誰に言うでもなく、自分の記憶の中を確認しながら階段を下りていく。守備隊は遠征などで都市から出ていない限り、当番制で巡回や監視の任務が当てられる。朝から出勤する日勤、夕方から朝まで出勤する夜番。隊舎で待機して、何かあった時や、要請を受けた時に動く待機。そして休み。それが繰り返される。
十一番隊も例外ではなく、日勤ならまだしも夜番であれば起こさないように気を使う。花音が少し騒いだくらいで起きて来るような者はいないのだが……
足音をさせないように台所に行き、お湯をかけてその間に洗面所で顔を洗い、身だしなみを整えていると二階で人が動く気配がして階段を下りて来る足音が聞こえてくる。
「おはよ、ヒナタお姉ちゃん」
鏡を見ながら声をかける。ここでヒナタ以外の人間であった事はこれまでに一度もない。
「花音ちゃんおはよー。早いねぇ」
そう言いながらヒナタお姉ちゃんは私の後ろに立って、おかしなところが無いか見てくれる。私から櫛を取ると髪を漉いてくれるので、お願いして今日の朝ご飯の献立などの話をする。
「それじゃまた後でね」
私の髪型が満足できるものになると、ヒナタお姉ちゃんはいつも30分ほど走ってくる。都市にいる間は、よほど天気が悪くない限り毎日だ。私も何回か一緒にやったけど、着いていけなくて邪魔をしてしまうので私は別の時間に走っている。
それからゆっくり朝ご飯の準備をしているうちにヒナタお姉ちゃんは戻ってくるので、残りを一緒にやって一息ついてから大仕事が待っている。
ヒナタお姉ちゃんはスバルさんとダイゴさんを、わたしはゆずお姉ちゃんとカナタさんを起こしに二階に行く。しばらく一緒に住んでいた、龍さんや翠蓮さんは別の家が準備出来てそっちに引っ越ししちゃった。
落ち着くまで白蓮さんもそっちから通うみたい。
まあ、ここらへんはいいんだけどね。二階で二人を起こしているうちに起きてきちゃうから……
腕まくりをしながら二階への階段を昇る。まずはゆずお姉ちゃんの部屋だ。色々試したけどゆずお姉ちゃんを先に起こすと、カナタさんを一緒に起こしてくれるから先に起こした方が効率がいい。
「ゆずお姉ちゃん!起きて!」
初手から大声を出して、ドアも遠慮なく開ける。遠慮なんてしてると起きてくれないし、平気で二度寝しちゃうから。
すっかり扱いになれた花音の大声が今日も十一番隊隊舎に響く。うわさではその声が聞こえてくると近所の人も起き出してくるとか……
「元気でかわいい声の目覚ましでしょ。重宝してるのよ。聞こえない日は一日なんか物足りなく感じちゃうくらい」
と近所に住む大橋由紀子さん(72)はそう語った。
なんとかみんな起こして朝食を食べる。いつもならここから出勤したりするけどしばらくお休みだからみんなゆっくりしている。
でも私にはお休みなんてないのです!
張り切って洗濯と掃除に取り掛かる。朝食の後片付けは今日の当番の人がやってくれている。それが終わるともうお昼近いから必要な人の分お昼ご飯を用意して、私はお買い物に出かける。
「よう、花音ちゃん!お野菜が入ったよ!№2で畑を拡げたらしくて、量もたくさんあるんだ。見ていくかい?」
パニック前と違って、八百屋さんとか魚屋さんみたいに細かく別れてなくて食料品でひとくくりにされて売られている。今日はお野菜がたくさん入ったらしい。
「おじさん、これとこれ。箱で買います。いくらになりますか?」
売られている品物もある程度まとめて置いてある。お金が使えなくなっちゃって配給カードで交換するからだ。最低一枚分になるようにまとめてある。
「それだと五枚だね。花音ちゃんはお得意さんだから、おまけしとくよ。」
そう言うとおじさんはバラで置いてあった野菜を何個か箱に入れてくれる。
「ありがとー!おじさん。じゃあ、はい!」
十一番隊のお財布を預かる身としてはお安く買える事はとてもありがたい。自然と笑顔になって配給カードを渡すと、おじさんも嬉しそうに受け取ってくれる。
「まいどあり!いつもの所にいいんだな?」
そう聞いてきたおじさんに頷いて、頭を下げる。量があるのと私が重い物を運ぶのが大変という事で配達までしてくれるのだ。最初は休み休みしながら持って帰っていたんだけど、見てられなかったんだって。それで、こんな小さな子一人にこんな買い物させるなんて!ってカナタさんに一言いってやるって言い出した事もあったけど、私がお願いして止めてもらった。
これは私の仕事なんだから。
私の事を良く知らない人なんかは心配して声をかけてくれることもある。
「いくら外より安全っていっても……こんな女の子一人で歩かせるなんて。親御さんは何してるんだろうねまったく」
今日も見たことが無いおばさんがそう言って話しかけて来た。悪い人ではなさそうだから、懐に入れた手を出してにっこりと笑いかける。
「私親はいないんです。今は守備隊の人にお世話になってて、私ができるせめてもの事をやってるんです。これでも人通りが多い所しか行かないし、いつも決まったお店しか入りません。それにきっとみんな助けてくれます」
そう言ったが、おばさんは納得いかない顔だ。
「そうは言うけど。今の世の中は危険だから……みんな助けるって、みんな?」
「はい!みんなです!」
笑顔でそう言って周りを見渡す。それにつられておばさんも周りを見て、ようやく気付いたようだ。
さっきの食料品のお店からおじさんが、隣の衣類のお店からお姉さんが。少し先の雑貨屋さんからおばさんがこっちを見ている。中にはもうこっちに向かってきている人もいる。もし、ここで私が悲鳴でも上げたら、みんな飛んで来てくれるだろう。
「ま、まぁ花音ちゃんは良く知ってるし、ここいらでは人気者だからな。何かあったら知らん顔はできんさ」
すでに動いていて、近くまで来ていたおじさんが照れ臭そうに言う。
「もし何かあったら、おばちゃんがひとっ走り守備隊の詰め所まで行って、そこにいる人みんな引っ張ってくるからね!」
雑貨屋のおばさんが少し離れた店先から腕まくりしながら大声でそう言ってくれた。とても元気なおばさんで、店の品物を盗もうとした人に怒鳴りつけて言葉の勢いだけで撃退した噂もある人だから、きっとほんとに詰め所からみんな引っ張ってきちゃうかも……
そんな想像をしてクスクス笑っていると、目の前のおばさんもいつの間にか優しい表情になっていた。
「お嬢ちゃんはみんなから愛されてるんだねぇ。安心したらおばちゃんもファンになっちゃったよ。もしよかったらそこの角で中古だけど文具とか小物とか……まだ数はないけど本なんかも扱ってるから来ておくれ」
おばさんはそう言うと私の頭を撫でて歩いて行った。途中で雑貨屋のおばさんと笑いながらお話しし始めたから、きっと次からあのおばさんも見張りの仲間に入ってくれるだろう。
見張ってくれてた人たちに笑顔で手を振って挨拶すると、安心した顔でお店に戻っていった。
「文具とか小物か……ヒナタお姉ちゃんとか好きそう。今度誘ってみよっと」
そう独り言を言いながら隊舎への道を戻る。物資不足の世の中で、最近ようやく必需品以外の物も売られるようになってきた。それも守備隊の人が物資の回収をずっとやっているからだ。
そして直接ではないけれど、大変な思いをしながら物資回収してくる守備隊の一員であるカナタさん達のお手伝いをすることで、ほんの少しだけど自分も手助けができているかも……そう考えると、ホッとすると同時に嬉しくなってきたりもする。
「さ、帰ったら晩御飯作んないと。カナタさん達お腹すかせてるかなぁ?たくさん買えたからいっぱい食べてくれるといいな」
花音は気づいていないが、そう言いながら隊舎へと戻っていく花音を見守っている目は花音が知っている倍以上はある。こんなご時世で花音くらいの子が一人でで歩いていたらどうしても目に付く。
もしカナタ達十一番隊が住民に嫌われていれば反感を買うのだろうが、カナタ達も好感を持たれているので、花音にとってそれもプラスに働いている。
そのせいか、花音ちゃんを見守ろうネットワークはこの近辺ではかなり強固なつながりを持っているのだ。
「ただいまぁ~!」
元気な声でそう言いながら隊舎の入り口を花音がくぐって、ようやく花音ちゃんを見守ろうネットワークのみんなも安心した表情でいつもの暮らしに戻っていくのだった。
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