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12-5

カナタが薬を服用するとすぐに、異様なほどの汗をかき始め顔が赤くなっていった。


「うっ!」


そう言って口元を手で覆う。吐き気まで催しているようだが、予想の範疇なのか橘は何も慌てる事もなく、洗面器をカナタの前にそっと置いた。


※※※自主規制※※※



ここしばらくに胃に入れた物をすべて吐き出したカナタは、うっすらと耳に残っている橘の言葉を反芻する。いったい自分はいつ、何を飲まされて朦朧としていたのか……一体自分は今何を飲まされたのだろうか……うっすらと喰代博士の特製と聞こえた気がする。


………………とりあえず、今はその事を全力を持って頭から振り払っておく事にする。考えたらだめだ……


何はともあれ、カナタの頭は驚くほどすっきりとしている。そしてこれまでの自分の異常さを考え、傍聴席に座っている獅童と、その先の長野を睨みつけた。そして周りを見て、ハルカの姿がない事にさらにいら立ちが募る。もし自分と同じような目に合わせていたのなら、もう片方の腕も斬る。


感情を戻したカナタを見て、獅童は驚いて狼狽しているが、長野は面白くなさそうな顔をしただけだった。


「ごほん!ではよろしいか?改めて問う。剣崎隊員はここにいる獅童隊員に対して怨恨を基とする感情を持ち暴力を振るい、武器を使い致傷するに至った。この事に間違いないか」


進行役の者がそう聞いて来て、カナタは正直に当たり前に答えた。


「いいえ、間違いしかないですね。合ってるのは斬ったという部分だけです」


カナタがそう答えると、獅童が立ち上がって何かを言おうとしたが、それはできなかった。いつの間にか獅童の両脇に警備隊員が座っていて、立ち上がろうとした獅童の肩を抑えたのだ。その先を見ると、長野の両脇にも同じように警備隊員がいて、長野は面白くなさそうに肘をついてこっちを見ていた。


「まぁ!大野隊長。素敵ですね仕事のできる方って!」


聞きなれないトーンで聞こえた白蓮の声に、思わずそっちを見てしまったカナタだったが、どうやら長野の所にいる警備隊員は大野隊長という人らしくて、白蓮はその人に対して思うところがあるようだ。


……うん、そこは、まあいいか。


思いっきりスルーする事にして、さっきから視線を感じている方向をみると。ヒナタとゆずが並んで座っていた。ヒナタは、両手で顔を覆い泣いているようだし、ゆずも目に涙を溜めカナタをじっと見つめていた。


ああ、これは後で叱られるやつだな。と、思いながらも全く嫌な気はしない。とりあえずゆずに向かって片手をあげ、わるい。と口の動きで伝える。それにゆずは力一杯首を振る事で返した。そしてまた睨んでくる。


しょうがないなと、苦笑いしたカナタはとりあえず両手を合わせて、すまん!という素振りをして「なんでも」と口を動かす。

これはカナタ的にはお詫びに何でも言う事を聞くから……といったつもりだった。はたして、ゆずもその意図を間違いなく受取り、ようやく涙を拭いて睨むことをやめてくれた。


「よかった。きちんと効いてくれたようですね」


仲間との意思疎通を済ませたカナタに、そう言って近づいてきたのは白衣を着ていつもより数段まともに見える格好をした喰代博士だった。


「詳しい事は後程。ですが、結構危険な状況であったとだけは伝えておきます。手心など与えることのないように」


喰代博士は、カナタが甘い事を言い出さないように、それだけは伝えてくれたようだ。


「さすがにうちの隊員にあんな顔をさせたんです。生易しい事を言うつもりはありませんよ」


そう言ったカナタの顔は真剣で、自分がされた事よりも隊員たちに心配をかけてしまった事に憤っているようだ。


「剣崎隊員!私語は慎みなさい。」


進行役がそう言って、カナタに定位置へもどれと促している。それでもだいぶ時間を取っていたが今までは見逃してくれていたようだ。カナタは軽く一礼して被告席に戻った。


「査問会を続ける。剣崎隊員は獅童隊員に訴えに違いがあると言うのだな?」


「はい。詳細を語っても?」


カナタが確認するように言うと、進行役は頷いて席に着いた。話していいという事だろう。


「まず獅童の傷ですが、あれは獅童が感染者に噛まれたから斬ったものです。獅童は作戦中に右手を噛まれました。感染物質が回るまでに噛まれた部位を切り離せば感染を免れる。これは複数の研究者が言っていることです。それを思い出し、咄嗟に斬りました、他意はありません。もし斬っていなかったら獅童はここにいることもなかったでしょう」


進行役はカナタが発言したことをノートに書き、終わると立ち上がって獅童の方を向いて話しかけた。


「獅童隊員。今の剣崎隊員の発言に対して言いたいことはあるか。」


進行役がそう言い終わるか終わらないうちに獅童は立ち上がっていた。そしていつものように大仰なポーズを取って話し始めた。


「言いたいことだって?言いたいことしかないね。まず僕が感染者に噛まれたという事だが……まったくありえないね。作り話にしてももう少しリアリティが欲しいね。一応聞くが証拠でもあるのかい?僕が噛まれたって」


驚くほど違和感なく獅童はそう言い放った。大噓つきもここまでくると本当の事を言っているように見えるから不思議だ。


しかし証拠というが、証拠と言えるようなものは何もない。一緒にいた者なら証言してくれるだろうがみな十一番隊の者か、行動を共にしていた者ばかりだ。証言しても証拠としてはみなされないだろう。もし、獅童が感染でもしてくれていたら、それだけで鉄壁の証拠になりうるのだが……未だ元気という事は感染は免れたらしい。それなら獅童の体から感染物質がみつかることもないだろう。 


「残念ながら、証拠は……」


「証拠はここにあります」


ないと言おうとしたカナタを、喰代博士がさえぎった。そして見覚えのあるボックスを取り出した。それは、この前の遠征の時にマザーの体の一部を入れて、大事に大事に喰代博士が抱えていたボックスだ。

ここに至って、そんなものを持ち出してどうするつもりなのだろうかと,カナタはいぶかしがったが、喰代博士は強気に微笑んでボックスを開けて中身を取り出した。


そこから取り出したのは、手だった。保存処理された人間の手。それを見た誰もが首を傾げた。それが何の証拠だと言うのだろうかとその表情が雄弁に語っている。ある一部の人たちを除けば……


ガタリと音を立てて、獅童が立ち上がっている。どうやら立ち上がる際に勢いが良すぎて椅子を倒してしまったらしい。さすがの長野も苦虫を嚙みつぶしたような表情を隠せていない。

それを見た喰代博士が満足げな笑みを深める。


「君は上司に何か言われなかったのね?」


表情はそのままで長野が聞いてきた。喰代博士に対してだ。


「ええ、言われましたよ。余計な揉め事に首を突っ込むなと。もし関与するのであれば謹慎くらいで済むと思うなよと脅されもしましたね。」


事も無げに喰代博士は言った。研究所の方にも長野の手はまわっていたらしい。

しかし、それでは喰代博士に迷惑が……とカナタが考えていると次の言葉がそれを解決させた。


「研究所まで届くなんてずいぶん長い手をお持ちで。でもあのハゲ……失礼。主任の桐田は研究員たちからずいぶんと嫌われていましてねぇ。ほとんどの研究員が私についてくれました。」


「桐田め……口ほどにもない奴だ。しかし、その手が長い私に表立って歯向かえばどうなるかは容易に想像がつくと思うが?今後君の研究は……」


だが、長野の言葉は最後まで言う事が出来なかった。


「問題ないね。喰代君は功績が認められて本人の希望による出向をアタシが認めた。十分な功績をあげた物には報いないとねぇ」


長野の言葉を遮ったのは松柴だった。しかし長野は反論する。


「十分な功績だと?一科学者風情が何の功績があるというんだ。職権の乱用は己の椅子を危うくしますぞ!」


松柴を睨み、そう言うがどこ吹く風である。それどころか、余裕を持って言い返した。


「それはこれからのお楽しみさね。さ、まずはその手だ。その手はなんだい?剣崎隊員」


松柴はあえてカナタを指名して答えを求めた。もちろん松柴はそれが何であるか、誰の物なのか十分に理解しているのだが、あえてカナタに説明させてくれるようだ。



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