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査問会は守備隊の規約や都市の決まりごとに隊員や議員が違反しているとされた場合、当人の言い分を聞き証拠や結果と照らし合わせるために行われる、一種の裁判である。裁判と違うのは法律に基づいて司法が裁くのではなく、規則にのっとった話し合いで罪の有無や程度が決められる。
査問会が行われるのは、都市守備隊本部の集会場で一般の傍聴も許されている。これは罪を犯した者がどう裁かれ、どういった目に合うのかを周知させる目的もある。
しかし……
「どういうこと?中に入れないって……」
珍しく時間通りに起きてきて、意気揚々と乗り込もうとしたゆず達十一番隊の隊員たちが入り口で止められている。すでに切れそうになっているゆずを抑えて、ダイゴが応対する。
「で、どういうことですか?」
聞かれた警備隊の隊員も困惑を隠せていないが、通達された内容を伝えた。
「今回の査問会は都市の今後を左右しかねない情報を含むので関係者以外の立ち合い及び傍聴を制限させてもらう。との事なのです」
「だから!私たちはこの上ない関係者だと、そう言ってる!」
ヒナタが抑えていなければ飛び掛かっていたかもしれない剣幕に警備隊もたじろぎながらも言った。
「そ、その……私が言ったんじゃないですよ?ゴホン!……え~、関係者であるが十一番隊の隊員は素行を鑑みて査問会の進行を妨げる恐れがあるので入場を許可しない。とあります……」
「ふざけるな!私たちの隊長だぞ!どうしても邪魔するなら入り口を爆破してでも……」
そう言いかけたゆずの口を慌てて塞ぐスバルは警備隊に愛想笑いをしながら、ゆずを入り口から離れた所まで連れて行った。
「ばっかお前、そう言うとこだぞ!素行うんぬんって言われるのは」
「でも!納得できない!」
止めてはいるが、ここにいる全員が納得はしていない。事前に何の通達もなく、当日に会場で門前払いを受けているのだ納得できようはずもない。
「みっともない。そういうふうに騒ぐから品位を落とすとして入場が拒否されるんだよ。我が隊員たちは全員が何の妨げもなく入って来たからね」
得意げな声は上から聞こえてきた。正面玄関の真上、二階に周りから見えるようにベランダのようなものがある。通常は議会で決まった事柄などを集まっている民衆に伝えたりするのに使う所だ。
今そこにはもっとも見たくない者が立っていた。仰々しく過剰なほど斬られた腕に包帯を巻き、首から吊っている。
事あるごとに傷の場所を押さえ、痛みをアピールするのも忘れない。
「獅童……」
スバルが歯を食いしばりながら、憎々し気に見る。そんな視線すら余裕で受け止め、大仰な仕草で話す仕草はまるでミュージカルかなんかの様だ。それでも一部からそんな獅童に黄色い声をあげる集団がいる。
大分本性が暴かれてきているため、数は減っているが未だ熱心なファンがいるのだ。
今も可哀そうだとか、怪我しているのになんて健気な、などと声が飛んでいる。今ゆずを離したら猛犬の如く突っ込んでいくだろう。
「へー全員ですか。という事はハルカさんも来ているという事ですよね。会わせてもらえませんか?」
無表情というより、数段冷たい視線と声でヒナタが問いかけた。獅童はその言葉に一瞬たじろぐ。
「そ、そんな事は入れもしない君たちには関係ないな。ハルカ君はうちの大切な隊員だ。君たちなんかと会わせられるわけがないだろう」
そうは言っているが、焦る様子から出席させてはいないだろう。それどころか……
「君はあのカナタ君の妹だそうだね。あんな兄をもつと大変だろう。どうだい、うちの部隊に来ないかい?そんな二流の部隊にいては腕を腐らせるだけだよ?そこにいる少女も一緒に引き受けてもいい」
あろうことか、ヒナタを勧誘しだした。それどころか後ろに立っている花音にまで声をかけている。
「ふざけるな!誰がお前なんかの部隊に!」
もはやダイゴに羽交い絞めにされているゆずがそれに猛烈に反論する。しかしそれすら鼻で笑った獅童は両手を広げてやれやれといった感じで答える。
「君は誘っていないよ。お断りだ。こんなのがいると苦労するだろう?これまでさぞ怖い思いをしてきたろう、お兄さんの部隊で保護してあげよう」
花音は本能的に気持ち悪いと感じ、ぎゅっとそばにいるスバルの袖を掴んだ。だいぶ慣れてはきたがまだ初めて会う人とはうまく喋れないくらいなのだ、あの獅童と話せるわけがない。
「あー、この子は辛い事があって、慣れない人とうまく話せないんすよ」
スバルが獅童を睨みながら花音をかばう。それに花音もあからさまにホッとしているのだが、そういう所は獅童には見えないらしい。
「それは……可哀そうに。それは君たちがちゃんと守ってあげられなかったから辛い目にあったんじゃないのかい?」
相変わらず大袈裟なポーズを取りながら獅童はそう言った。
「……は?」
さすがにそれにはカチンときたスバルが、振り返って獅童を睨む。
「そうだろう、君たちがきちんと守ってさえいれば辛い事なんかに遭う筈がないだろう」
「スバル君!」
ダイゴが小声でスバルを制しようとするが、スバルには聞こえていないようだ。ダイゴは今や猛獣のように暴れているゆずを抑えるのに一杯でスバルを止める事ができない。
しかもさらに煽るつもりなのか獅童はベランダから飛び降り、十一番隊の前に立った。
その行動にもキャー!という声がどこからか聞こえる。その声に気を良くしているのか、獅童の口と態度は絶好調になる。
そんな獅童にスバルがこぶしを握り締め一歩踏み出した時、その肩にやさしく触れたものがいる。
「これも作戦ですよ。ここで問題を起こさせ、それも中に入れない理由の一つとする気でしょう。」
スバルを止め、柔らかく言ったのは翠蓮だった。隣には白蓮も立っている。
翠蓮に止められ、いくらかは冷静になったスバルは、獅童を睨みつけると振り返り、みんなに言った。
「こんな奴を相手にしていても何にもならない。一度都市本部に行って本当に入れないか聞いてみよう。」
怒りが収まったわけではないが、翠蓮のおかげで僅かに冷静になれたスバルはそう提案した。それにダイゴはホッとした表情になる。ところが……
「ほう……あなた方は彼らが保護した生存者ですか?見ない顔ですが。どうです?あなた方も我々の部隊で改めて保護しましょう。我々は正規の部隊です。彼らといるより安心かと。あなた方のようにお美しいと色々と大変でしょう」
やって来た翠蓮達にも声をかけ始めたではないか。
「あらぁ、私たちのことですかぁ?ウフフ。それはそれはご丁寧に。姉さん聞きましたぁ?お美しいですって。」
白蓮は一見まんざらでもないように見えるが、その視線は冷え切っている。
それに気づかないのか、気づいた上であえていっているのか。分からないが、獅童はさらに続けた。
「そうですよ。こんな半端な部隊と一緒にいると、よからぬ事を考えて手を出そうとする輩もいるでしょう。その点我々の部隊は正規の部隊ですので抑止力も高い。安心して下さい。」
そう言ってニコっとほほ笑む。無駄にイケメンな笑みを浮かべて、白蓮に向かって手を差し伸べた。それは中世の騎士が守護すべき王女をエスコートする場面のようだ。
「あらあらぁ。困っちゃいますね~。でも結構ですぅ~。」
口調は柔らかいが、はっきりとした意思を感じさせて拒否する。もう視線で人を殺せるのではないかというレベルで見ている。
周りにいる、それを向けられていないスバル達がぞくっと寒気が走るくらいなのだが、獅童はまったく堪えていないのか、しつこく話しかけて来る。しかもその話の中でナチュラルにカナタの事を落として話すので、周囲のイライラは増すばかりだ。
「さあ、行きましょうか。そこの子供も、お兄さんといれば辛い目に遭う事もない。カナタ君とは違うからね。」
その言葉にどこかで何かがキレた音がした気がする。それまでは黙って聞いていた翠蓮が見かねて何か言おうとしたが、それより早く動いたものがいた。
バキッ!!と、意外に大きい音がした。
後に見ていた者が言うには、まるで猛獣が獲物に飛び掛かるようにしなやかで鋭い動きだったそうだ。ゆずが、抑えていたダイゴを振り切って獅童の鼻を殴ったのだ。
ジャンプして、グーで。
「おまっ!な、何て事をするんだ!」
鼻を抑えながら、涙目になって獅童はくぐもった声で文句を言っている。それを激情に駆られたゆずの言葉がかき消した。
「何も知らないくせに、分かったように……言うな!私も花音もカナタ君と、一緒なら怖い事はない!」
こちらは怒りのために両目に涙を溜め、そう言いながら獅童を睨みつけている。
「きみはっ!こんな奴らと一緒にいるからこうなるんだ!」
他の者を指さしながら、獅童がわめいていると様子を見ていたのだろうか、部下らしき男が走って来た。
「このガキが!何てことしやがる!」
そう言いながら、ゆずに向かって拳を振り上げた。
「あらぁ、こんな子にいきなり暴力とはぁ……正規の部隊といってもたかが知れてるみたいですねぇ。」
「ぐうっ!」
振り上げたこぶしは使う事ができなかった。目にも止まらない早さで、男に肉薄した白蓮の短刀が浅く男の首筋を切った。
さらにもう一本。獅童の鼻先にも突き付けられている。どちらもそれに反応すらできなかった。
「お、お前……こんな事……僕にこんな事をしてただ済むと……ぐはっ!」
その言葉も最後まで続けることはできなかった。片手で器用に短刀をくるりと回転させ柄の部分で鼻を突いた。白蓮もいらっとしてたのか、割と強めに……
「ただで済まないのはこちらのほうですねぇ。ここまで人をイライラさせる事ができるのは大したものです。褒めてはいませんが」
シンとなってしまったからか、白蓮の言葉がやけに響いた。